記憶
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
泣きながら呻く幼い子供の声が聞こえる。
あれはかつての私だ。
「パパ、ママ!やめてよ!!!」
両親と思われる男性と女性に殴られ、蹴られている私と彼等との間に少年が割って入ってそれを止めようとしている様子だった。
あぁ、あれはきっと遠だ。
いつもああやってまだ小さな身体を張って、自分を守ろうとしてくれていたのだっけ。
「遠、危ないじゃない!良い子だから、あっちに行っていなさい」
「そうしたらしーちゃんに痛くするんでしょ!だからやめてくれるまで行かない」
「だってこの子、遠と違って何も出来ない悪い子なのよ、だからこれはこの子の為よ」
"しつけ"として毎日のように私は両親から暴力を受けていた。
優秀だった遠のみをパパとママは愛していて、私の姿を見ると怖い顔をして手を上げた。これは仕方の無い事なのだ。
私が何も出来ない悪い子だから......
当時の私の記憶や感情が頭の中に流れ込んでくる。
「しーちゃん、見ない方が良いよ」
気づけば目の前にいつもの遠の姿があった。彼は過去の出来事を冷めた瞳で静かに見つめている。
「遠は、ずっと知ってたの?」
「知ってたよ。この後に僕はパパとママに殺されちゃったよねぇ」
軽く言ってのけて、話を流そうとする。どうしてもこの先を私に見せたくないようだ。
「私ね、見たいな」
見届けたいと言ったら不謹慎だろうか、
彼のあった最後とその時の記憶を。
不謹慎だろう。けれど、どうしても見たい理由が私にはできた。
「何で?こんなもの、覚えてなくていいんだよ。覚えていて欲しくないよ」
「それじゃ、遠がどこにもいなくなっちゃうじゃない。そんなの嫌だ!」
お互いの胸の上にある青いネックレスが淡い輝きを放つ。
これは昔、遠が私にくれた誕生日プレゼント。何も与えられなかった私にとって唯一の宝物だった。
2つで1つのネックレス。どこに行っても2人が繋がっている証で、今は遠の存在の証そのもの。
「仕方ないなぁ、でも嬉しいや。ありがとう」
子供の一際甲高い叫び声がした。
幼い私が引き摺られていつもの部屋に連れていかれる。
「いやだ!やめてぇっ」
壁に投げつけられて呻く私を見下ろす父と母の手には金属の棒が握られていた。
それがためらいなく振り下ろされる────
「やめろ!!」
2本の鉄の棒が、飛び出した少年の頭に鈍い音をたてて直撃した。
ドサッと覆いかぶさってくる身体。
手がぬるっとした赤い液体に濡れていく。
「遠!?」
「おい、やばいぞなんてことだ!」
動かなくなってしまった身体から、急速に体温が失われていく。
「──────────!!!」
両親の慌てた声に、幼い私の叫び声が重なった。
その後は警察や救急隊員が部屋を何度も行き来して両親はその人達に連れていかれ、
冷たくなった兄と、私が数人の大人に囲まれて......記憶は途絶えた。
そして私は、次に目を覚ました時には記憶を失っており、ネックレスと共に養子に出され今のお父さんとお母さんに引き取られた。
それが事の顛末だった。
「結局、僕はしーちゃんの事守ってやれなかったし、1人にしちゃった。格好悪いよね」
だから見せたくなかったのだと青年は泣きそうな笑顔で微笑んだ。
「違う!私が遠を殺したも同然じゃない
なんで私を庇ったの!」
声を荒らげると一瞬だけ驚いた様に瞳を見開いてから、彼は首を横に振った。
「僕を殺したのはしーちゃんじゃあないよ。
それに気づいたら身体が飛び出してたんだ」
「なんで、なんで......」
「家族だからに決まってるじゃない」
優しく穏やかな声が、胸の中にじんわりと溶け込んだ。
溢れ出た涙が頬を伝っていく。
あぁ、そういう事だったんだ......
「美味しいもの、2人で食べたかった」
「うん」
「沢山、遊びたかった」
「うん」
「もっと、もっと一緒に生きたかったっ」
細長い指に涙が拭われて、消えた。
確かに感じる温かな体温にまた、涙が溢れて止まらない。
「僕もだよ」
柔らかな光が私達を照らし出す。
身体が軽くなって、上に引っ張られていく気がした。
繋いだ手が、愛しい体温が離れていく。
神様、どうかどうかこのままで。
願いも虚しく、私は深い眠りから目を覚ましたのだった。




