黄金の夜⑤
~エピローグ~
「「「わーっはっはっはっは!!」」」
男たちの笑い声と共に、本日五杯目となる乾杯の音が宿屋【止まり木】の一階料理屋に響き渡った。
テーブル、カウンターは全て満員御礼。男たちは酒や料理を食べながら楽しそうに騒いでいる。止まり木の料理屋が復活したのは四回目の満月の晩の翌日のことである。数か月ぶりに再開した溜まり場には、吉報を聞きつけた店主レインチェル顔なじみの常連客のほとんどが顔を見せていた。皆口々に良かった良かった、と口々に言いながら酒を酌み交わしている。
「いやー、やっぱレインの店で飲む酒は格別だぜー!」
「ほんとほんと!」
二人の酔っ払いが口元から酒を零しながら大声で言った。その声を聞いてか、店の奥から出てきたのはレインチェル。痛めた右足を引きずりながら、両手で料理を運んできた。ふー、と大きなため息をつきながら料理をカウンターへと下ろす。
「……ほんと調子いいねあんたら。狼に食われればよかったのに」
「ちょっと酷くないか!?」
店主の辛辣な言葉に貫かれながらも、酔っ払いは話を続ける。
「いや、まぁしかし、本当にいたんだな、狼男なんて化け物が! 何でも『腕の立つ騎士様』がやっつけたらしいじゃないか!」
満月の晩の翌日の昼。首都にある中央広場で自警団長が新しいお触れを出したのだ。内容は、『夜間外出禁止令の解除』。その公布に、恐怖と不安に慄いていた国中の人間が沸き立った。「これが騎士様の手により討伐された狼男の首である!」と団長が大きく叫ぶと、壇上へ眉間に風穴の開いた狼男の生首が置かれた。
民衆は口々に「本当にいたのか…」と、半信半疑であった情報が真実であったことを少しずつ呑み込むと、再び現れた平和な生活へと戻っていったのであった。
「ところでよ、レイン! お前狼男に襲われていたところを騎士様に助けられたって聞いたけど本当かよ!」
「あ? ……あぁ、本当だよ」
これがその時転んで怪我した傷さ、とレインチェルは包帯の巻かれた右足を強調した。
「そうか! で、どんな奴だったんだ騎士ってのは!」
「……どう、って。何が」
「やっぱあれか! あんな化け物を倒しちまう奴だ、熊みたいな大男だったんだろう!?」
「いいや、違うね! 月夜の晩に化け物退治なんてロマンチスト、きっと美形の色男だぜ!」
いつしかその論議は、いや、違うこうだ。それも違う、こうだ、と店内全ての客に伝達していき、大きな物議を醸しだすこととなる。その様を、レインチェルは黙って見つめていた。
「なぁ、どうだったんだよレイン!」
「どうせそいつに惚れちまったんだろう!?」
「……」
一瞬間を置いたのち、レインチェルはチラリ、と天井に目を向けながら口を開く。
「えっとねー……」
その先あるのは三階の客室。自分を救ってくれた小さくて可愛らしい『騎士様』二人が泊まる部屋。昼の時間帯になっても一向に降りてくる気配がないことから、余程疲れが溜まったと見える。オルゴールの優しい音色に包まれながら、ローズマリアは眠りこけ、ヌワラエリヤが優しく見守っている光景が容易に想像できる。
クスリ、とレインチェルは誰にも気づかれぬ位小さく笑いながら、興味津々の酔っ払い二人に向き直った。
「……内緒♡」
―――黄金の夜 fin.