34話 奪われた簒奪者
希望溢れる宝の箱には、とびきりの絶望が眠っていた。アシュラミミックは、赤い宝箱をヤドカリのように背負いながら、四本の腕を揺らしている。
「あいつは、盗賊の間でも危険とされているモンスターだよ。冒険者から奪った装備で次の冒険者を仕留める。出会ったら最後、敵を仕留めるまで追いかけてくる」
敵の性質をクレアが説明してくれる。やっかいな敵のようだ。
それなら、どんな攻撃手段か分からない敵にやることは一つ。先制攻撃で一気に仕留める。俺は左腕を伸ばし、右手で腕輪の召喚ウィンドウを操作した。
「召喚!」
【SR】トールハンマー
見慣れた武器が、光とともに召喚された。この巨大なハンマーには、強烈な衝撃波を生み出す力がある。
この武器は結構出やすいのだろうか、それとも、ガチャの排出率が偏ってる可能性もあるな。
「クレア、下がってろ! トールハンマーを使う!」
クレアが飛びのいたのを見ると、俺はトールハンマーを振り下ろした。
前方には光の衝撃波が走る。直進したそれは、そのままアシュラミミックを飲み込んだ。トールハンマーの一撃は部屋の一部を破壊し、砂埃が舞っている。
アシュラミミックは消滅し、危機は去った……かのように思えた。
「あ、あれって……!」
砂埃の向こう、敵の影は健在だった。その手にはキラキラと光る物体が二つ。
アシュラミミックが構えていたもの。逆三角形の金と銀の二つの盾は、トールハンマーの衝撃を受け止めていた。消滅どころか、四本の腕は全て無事だ。
心なしか、アシュラミミックの体がカタカタと震え、嘲笑っているかのようにも見える。その時、宝箱の中の目玉のようなものがチラッと見えた。
それよりも、SR武器が防がれた?
「逃げるぞ!」
SR武器のトールハンマーが効かなかったら、SSR武器を出すしかない。だが、最高レアはそんなに簡単に出るものではない。
「に、逃げるの⁉ もっと凄い武器はないの!」
「SSR武器の提供確率は、『1%』なんだ!」
俺は焦りのあまり、素っ頓狂なことを言ってしまう。
「テイキョウカクリツってなんなのさ⁉」
許せクレア。武器も二つあれば、盾も二つで鉄壁の防御力。ガチャ運に頼るにはリスキーすぎる状況に、逃げの一手を選択せざるを得ないのだ。
目線を合わせ、俺達は同時に宝箱部屋を飛び出した。急いで扉を閉めて、その場を離れる。直後、部屋の壁にスパッと亀裂が入ったかと思うと、壁が斜めにずれて崩れていく。
崩れた壁の向こうからアシュラミミックが飛び出してきた。そのまま、遺跡の入り口の方角に陣取っている。
「そんなのアリなの!」
まさか、遺跡の壁まで切り裂いてくるとは思いもよらなかった。この遺跡で出会った擬態の達人は、攻撃力さえも凄まじい。
「奥へ走るぞ! どっかに逃げ道があるかもしれない!」
遺跡の通路を走る。一つ目の角を曲がると、アシュラミミックのシルバーソードが壁を突き刺した。二つ目の角を曲がると、ゴールドソードが後方の空を切る。命からがら、地下へ続く階段を見つけた俺達は、その中へ駆け込んだ。
逃げた先の地下一階は一階と似たつくりだが、広い空間になっている。
「奴をやり過ごせる場所を!」
見渡すと、部屋のいたるところに瓦礫の山ができているのに気づく。
「あの瓦礫に隠れよう!」
俺とクレアは、部屋の隅にある大きな瓦礫の裏に隠れることにした。
アシュラミミックの足音が、降りてきた階段の向こうから響いてくる。音の反響からして、このフロアにたどり着いたようだ。大丈夫、俺達の姿は見えていないはず――じっと息をひそめる。
俺はいつでも逃げれるように、クレアに指で加速靴の準備をするように促す。クレアはそれを見て頷いた。
しばらくして気づくと、アシュラミミックの足音が消えている。
「やっと、やりすごしたか……」
そう、油断した瞬間だった。突然、隠れている瓦礫の上部が消滅した。いや、消滅したのではない。斬撃によって切り取られたのだ。
「ちくしょう! もうバレてる!」
「加速!」
次の一撃が真ん中に来る前に、クレアは魔法靴を発動させ、俺を掴んで瓦礫の影を飛び出した。俺達のいた場所は、綺麗に一刀両断されていた。背筋に寒気が通り抜ける。
アシュラミミックは振り向くと、パキパキという音を鳴らしながら、俺達に近づいていく。俺達は、部屋の隅に追い込まれ、にじりにじりと距離を詰められていく。
腕輪は再起動しているが、SR以下が出た場合、奴にダメージを与えられるかは怪しい。万事休すか。俺は悔しさを漏らした。
「あの盾さえ無ければ……!」
ぴくり、とクレアが俺の言葉に反応した。
「盾が無かったら倒せるの?」
「ああ、さっき奴の本体が見えた。宝箱の中だ。つまり中に攻撃が届けばいける」
「それなら、ボクの出番だね」
クレアの目には決意の色が浮かんでいる、いったい何をしようと言うのだろう。
「……盗んでみる、ソウタは奴の目を引き付けて!」
言うが早いか、クレアは加速で飛び出していった。まさか、盾を盗む気なのか。
注意を引けとは、無茶を言ってくれる。だが、無茶をしようとしているのはクレアも同じだ。俺はその期待に、応えてやる。すぐに腕輪を起動した。
【R】ショーテル
盾をかわし攻撃することを目的に作られている、大きく弓なりにわん曲している両刃の剣。それが二本一組で現れた。
俺はそれを両手に構える。奴の腕が四本なら、こちらは二本。数では負けている。そして、おそらく武器の切れ味も向こうの方が上だろう。
動きを見極めていると、奴は枯れ木の右腕からしなるようにシルバーソードを振り下ろしてきた。俺は、ショーテルの片方で受け流そうとする。しかし、手ごたえがない。
「なっ、マジか……」
剣先を見ると、ショーテルは簡単に切断されてしまっていた。これでは長期戦は無理そうだ。
間髪入れず、銀の盾の一撃が飛んでくる。後ろに跳躍することで、寸前で避けることができた。あの質量で殴られたら、痛いでは済まないだろう。
膠着状態に陥っていると、目の端に緑の少女が映る。クレアは、部屋の隅で気配を消しているようだ。
隙を作ると言ったって、簡単なことじゃない。こういう時、目くらましでもあれば……その時、ハッとひらめく。この遺跡の明るさの原因に。
隙を許さず、アシュラミミックは次の攻撃を繰り出してくる。左腕のゴールドソードを、今度は薙ぎ払ってきた。
「うおっ!」
その一撃で、もう片方のショーテルも折れてしまった。
俺は思いつきを実行するため、全速力で逃げ出し、壁の近くに張り付く。俺が目指していたのは、壁の苔。苔をこそげ落とすと、急いでかき集める。
俺の思いつき、それはこの苔で閃光玉を作ること。
そう、ルクス苔は魔力によって発光する苔。つまり、それ自身にもいくらかの魔力が蓄えられているはずだ。それを圧縮すれば、光は強くなる可能性がある。
俺は苔のボールを作った。ルクス苔の魔力は、圧縮されたことにより光を放っている。
「イチかバチかだ!」
投球のフォームで、アシュラミミックの宝箱の隙間に向かって、ボールを投げつけた。
放物線を描いたボールは、フタの下にすぽっと入り込んだ。ルクス苔のボールは、アシュラミミックの眼前で光を放つ。自然由来の目くらましによって、奴の身体がすくむ。
「今だ、クレア!」
「加速!」
クレアは、奴の近くを高速で走り去っていく。
その両手には、金と銀の盾が握られていた。
「よくやった!」
防御力の源である盾は奪い、奴は無防備になった。今度は、こちらのターンだ。
閃光玉を食らったアシュラミミックは、混乱したまま体勢を整えようとする。俺はしがみつき、それを許さない。
「く、た、ば、れえええぇぇっ!!」
俺は折れた二本のショーテルを、思い切り宝箱に突き刺す。「ギギギ」という悲鳴が、宝箱の奥から響く。
「――はぁっ!」
トドメとばかりに無茶苦茶に力を入れる。奴の手足がバタバタともがいたかと思うと、やがて静かになった。赤い簒奪者は、元の物言わぬ宝箱へと戻った。
「や、やった……!」
「よっしゃあ!」
近づいてきたクレアが歓喜の声を挙げる。俺とクレアはハイタッチを交わす。俺達は激闘の末、アシュラミミックに勝利することができた。




