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33話 疑うべき形態

 好奇心は猫を殺すと誰かが言った。では、この扉の先には何が待っているのだろう。


 慎重に扉を開けると、かび臭いにおいが鼻をくすぐってくる。その長方形の部屋には左手の壁に本棚があり、右手には古ぼけた椅子がいくつも置いてあった。


 古びた書庫は、隙間に蜘蛛の巣が張りめぐらされている。先人の知識が詰め込まれた本は、その本来の目的を忘れたかのように眠っている。


「何かの書庫、みたいだね」


 クレアが上を向き、並んでいる本の背表紙をぽかーんと見つめている。すると俺はあることに気づいた。


「本の数が少なくないか?」


 本棚に並べられた本は、所々不自然に隙間が空いている。自然に倒れたり、揺れで落ちたりにしては、ある部分の本がごっそりと抜け落ちていて、まるで誰かが持ち去ったような跡がある。


 俺とクレアは、とりあえず目についた本を読むことにする。その中でリゼの病気にも関わりそうな本を見つけた。この本は比較的新しい書物のようだ。


「んと、この本は『病と医学』ってタイトルだね。ちょっと読んでみる」


 えーと、と書物を開いたクレアと一緒に視線を落とす。


『山間部に棲みつく小さな虫からもたらされるゴウシ病は、現在治療法が見つかっている』


「これってさ、リゼさんがかかってる病気だよね」


「ピリファイ草のことも書かれてるな」


 とはいえ、解決法ならばもう入手している。クレアがページをパラパラとめくる中、ある記述が目に留まった。


『不治の病』


『ルド地方のレインスト病には、未だ特効薬が存在していない』


「レインスト病? 聞いたことがない病気だね」


 まだ続きが書いてある。


『この病気に■■ったものは、ルド地方に湧く■■成分を■■することにより症状を■■できる。しかしいずれにせよ、大人に■■■■息■■るだろう』


 このページは部分部分が滲んでいる。


「あれ、文字がかすんで見えないや」


「保存状態の悪い書庫だな」


 しかし、なぜこんな所に珍しい病気についての本があるのだろうか。


 他にも魔物についての本、精霊・神の伝説や宗教関係の本まで揃っているようだ。


「もう一冊ぐらい読んでいくか。えっと、『良い魔物と悪い魔物』。これなんかどうだ」


『世界に様々な人間がいるように、魔物にも善悪がある。それは人間基準のものだが、全てを公平に見ることができるのは神くらいのものだ。』


 前説は皮肉から始まった。この作者、ひねくれているな。ページを飛ばし飛ばし読んでいると、スノーフシードについての記述を見つけた。


『ルド地方に生息するスノーフシードは、小さな幸運と不運を授けてくれる。このように、良いか悪いか一概に判断できない魔物も存在する』


 その記述の後に気になる表記を見つけた。


『しかし、同じ幸運と不運を届けてくれる存在でも、決して触れてはならない存在がいる』


 直後から最後まで、ページが破られている。


「ここにある本は不良品が多いな、返品するか?」


 「え?」としらけた反応を返された。クレアに冗談の意味は通じなかったようだ。


「本を調べるのはこれぐらいでいいだろ。今度はあっちの部屋に行ってみよう」


 通路に戻り、反対側の部屋に入ろうと、ドアノブに手をかける。


 入口からそっと覗いてみると、右の部屋と同じくらいの広さだが、宝箱が一つあるだけの空間だった。下には銅色のタイルが規則的に並んでいる。


 何の警戒もなく歩き、タイルを踏みしめる。足元でカチッという音がしたかと思ったその時、クレアが叫んだ。


「危ない! 加速(アクセル)!」


 起動の呪文が聞こえたかと思うと、もの凄い速度でクレアが背中に体当たりしてきた。速度を乗せたタックルに、俺はもんどりうって倒れる。地面に倒れ込んだ俺は、腰を抑えつつ抗議する。


「いっつつつ……おいクレア、いきなり何すんだ!」

 

「むしろ感謝してほしいぐらいだよ」


 クレアはため息をつくと、親指で壁を指している。その先には細長い棒のようなものが刺さっていた。


 木でできた棒の部分に、鉄で作られた先端……あれは矢だ。つまり、さっきのタックルが無ければ俺の串刺しが完成していた。


「た、助かった……」


 クレアの素早い判断に感謝せねばなるまい。今度は罠がないことを確認した後、奥の方へ歩いていく。


 部屋の奥にあるのは、ベースが赤いカマボコのような形をしている、装飾が金のいかにも立派そうな宝箱だ。


 すると、気づく。宝箱のそばに何かがある。そこには、白い骨のようなものが転がっていた。悪い想像に心臓の鼓動が速度を上げていく。


「あ、あれって人骨じゃないか……?」


 頭部と思われるしゃれこうべは、完全に白骨化していて目も鼻も窪んでいる。胴体は肋骨が見えていて、衣服は朽ちている。


 骸骨は、宝箱近くに壁にもたれかかるようにして死んでいた。不思議なことに、その両手には何も装備していない。遺跡に魔物がいるということを知らなかったのだろうか。


「なんで死んだんだろうな、この人」


 矢で死んだにしては、入り口から離れたところにいる。魔物に襲われたなら、武器を構えているはずだ。クレアも分からないという顔をしている。


 ……考えていても仕方がない。とっとと宝箱を開けておさらばしよう。


「この人には悪いけど、このお宝は俺達が頂いていこう」


「へっへ~、お宝だ! ん~、罠はなさそうだけど、なんか重さが変だなぁ」


 揺らしたり叩いたりしていたクレアが宝箱を調べ終えると、俺は宝箱の鍵を開けた。


 中は暗く、目を凝らしていると、宝箱の中から「パキパキ」と音がする。そして、何かの物体が蠢いているように見える。何か、いる。


 驚いて反射的に後ずさると、みるみるうちに宝箱から手と足が生えていく。枯れ木のようなそれは、どんどん伸びていき、長い手足となった。


 一匹の魔物が姿を現した。宝箱から生えている四本の細長い手、それぞれに剣と盾が装備されている。シルバーソードと銀の盾は、おそらく死体のものなのだろう。


「わ、わわ! ミミックだ!」


 クレアも驚いている。ミミックというと、宝箱などに擬態して冒険者を罠に嵌めるあのモンスターか! 大きなハズレを引いてしまった!


「ミミックでもアシュラミミックじゃんこれ! 大ハズレだよ!」


 結構やばい敵らしい。俺は腕輪を起動する。


 アシュラミミックは二本の右手にシルバーソードと銀の盾。二本の左手にゴールドソードと金の盾を構えている。こちらを敵と認識し、襲い掛かってくるつもりなのだろう。攻撃と防御を兼ね備えた構えに、俺は背中に汗がつたうのを感じた。

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