32話 いざ封印されし遺跡へ
俺は、どう返答すべきか決めかねた。その間にシャーロットは、俺の後ろに駆け寄り、ソファの背もたれに手をかける。
「ねえ、ソウタさん。この村にはどれくらい滞在するのかしら。今度、旅の話を聞かせてくれません?」
娘の好奇心からの言葉を、商人が遮った。
「お客様は忙しい身だ。私が依頼したのだって、遊びではないんだぞ」
「あら、いいじゃない。わたくしだって外の世界を知りたいわ」
この村から出れない原因の病気。温泉で盗み聞きしてしまった少女の秘密を思いだした。
「構わない……と言いたい所だけど、一刻も早く帰らなきゃいけない理由があってな」
「残念。依頼って言ってましたけど、どこかへ行かれるの?」
遺跡のことを話すと、シャーロットは目を大きく見開く。それは、驚愕と共に、少し恐怖の色が感じられる。
「お父様、正気? あの遺跡は……」
何か言いかけたシャーロットを、商人は手で制する。
「お前は黙ってなさい」
やはり何か隠している。しかし、山を越えていくにも、除雪を待つにも長すぎる。虎穴に入らずんば虎子を得ず。俺はしばらく考えたが、ついに決断する。商人に向けて右手を差し出した。
「分かった、その依頼受けるよ。俺の名前はソウタ、一応冒険者ってことになる」
「私の名はジークハルト、改めてよろしく頼むよ」
商人ジークハルトの右手は少しごつごつしている。利き手にはペンだこができている。固い握手を交わした後、俺達は屋敷から遺跡へ向かうことにした。
俺達が去った後、屋敷に残されたシャーロットは、所在なさげにソファの背もたれを撫で付けながら、首をかしげる。
「どうしてお父様は、あの方たちを遺跡に向かわせたのかしら……」
そして、何かに気づいたかのようにハッと顔を上げた。
「もしかして、お父様は……」
その呟きに気づいた者は、誰もいなかった。
「遺跡を案内しよう」
そう言われ案内されたのは商人の屋敷の裏。ちょうど村の入り口の反対側にある細い林道を進むと、やがて開けた場所に出る。
白い景色の中、くすんだ灰色の遺跡が、姿を現している。遺跡の上には雪が積もって、どこか寂しい雰囲気だ。幅5メートルぐらいの、遺跡の正面と思われる側面には、不思議なことに入り口が見当たらない。
「どこから入るの?」
クレアは、同じ疑問をジークハルトに投げかける。
「魔物が出てくると困るから、普段は封印されているのだよ。中に入るには、この宝石をくぼみに嵌める」
ジークハルトは、懐からルビー色の丸い宝石を取り出したかと思うと、中心にある小さなくぼみに宝石を嵌めこむ。すると、壁の一部がもやもやと歪み、急に大きな半円の入口が現れた。
「おー! おったかっら、おったかっら!」
元盗賊の血が騒ぐのだろうか、クレアは目を輝かせ、手をワキワキとさせている。
「それじゃ、報告を楽しみにしているよ」
すると、懐に宝石を戻し、ジークハルトは去っていった。
遺跡の中は、外よりは若干暗いものの、探索するのに問題ないぐらいには明るい。壁の色は時代を経て劣化していて、触ると表面がザラザラしている。感触が近いのは漆喰だろうか。
入り口から直進した通路は左右に古びた扉がある。この遺跡は人工的な建築物らしい。
天井や壁には緑色の苔がむしていて、その苔自体が明るみを帯びているように見える。これはなんだろう。
「ルクス苔だね。空気中の魔力を取り込む性質があって、その魔力によって発光する苔」
異世界には火を吹くニワトリ、触手を持ったクマなど不思議な動物が存在するのは知っているが、植物まで不思議な性質を持っているのには驚かされる。
「それと気を付けてソウタ。こういう遺跡は罠もあるはずだよ」
周囲の探索の際は、元盗賊のクレアの力が役立つことだろう。
「罠といえば、この依頼も何かきな臭い。クレア、何が起こっても対処できるようにしておけよ」
遺跡の奥からは、生物の威嚇の声のような、不快な音が聞こえてくる。気温とは別の理由で、サァーとした寒気が身体を通り抜ける。
「加速の魔法靴は使えるな?」
「雪もないし、大丈夫だよ」
やはり聞いた通り、魔物が棲みついている。俺もガチャをいつでも使えるように、腕輪の準備をしておいたほうが良さそうだ。
依頼されたのは遺跡の調査、ということは遺跡の隅々を調べなければいけない。入口から直進すると、2つの扉で挟まれた通路に進む。
「右と左、どっちからにするか」
「うーん、右にしておいた方が無難かな」
俺はクレアに理由を聞いてみる。するとクレアは、扉の下方を指さして言った。
「この扉のドアノブはあっちのドアノブよりほこりが薄いから、誰かが入ったことがある。扉のへりの苔も不自然に分かれてるしね。開け閉めできるってことは、一回入って出たってことさ」
なるほど。俺は慎重に右の扉を開けた。




