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31話 閉ざされた表と裏

 食堂の窓から外を見ると、村の入り口近くの斜面にモワモワとした白い何かが立ち込めているのが見える。それが山から流れ落ちた雪だと気づくのに、秒もかからなかった。降りてきた雪の塊は、地面と衝突して舞い上がり、周辺の林を包み込む。そのまま勢いが止まることなく、村の近くにもなだれ込んでくる。


 雪の勢いはルド村の入口の道を完全に埋めてしまう。俺は自然が為す驚異の光景を呆然と見ていた。


 吹雪が止んで、雲が去った後、俺とクレアは食堂から出ると、雪崩の現場へ向かった。


「まいったな、これじゃ通れねぇぞ」


 高い壁のようになった雪を見て、村人の一人が頭をかいている。


「他の道はないのか?」


「ないわけじゃねぇが、山を越えてだいぶ遠回りになる。除雪を待った方が賢明だな」


「急いでるんだ、なんとかできないか」


「ばか言うんじゃねぇ。こんなでけぇ雪の壁、村の男衆を集めたって一週間かからあ」


 一週間。これ以上の足止めは、リゼの容態が心配だ。何か別の方法はないのか。


 村人と話していると、突然後ろから声をかけられた。


「こんにちは、旅人さん」


 そこにいたのは、男爵のようなヒゲをたくわえたダンディなおじ様、といった風の中年男性だ。


「君たちはどこから来たのかね?」


「セントラの方からだ」


 正確にはジーハ村からなのだが、その方がわかりやすいだろう。


「道を急いでると見える、雪崩で帰れなくなってしまったのだろう」


 おじ様は雪の壁と俺達を見比べて言う。


「私に良い提案があるのだが、私の家に来ないか?」


 このおじ様には、何かこの状況を解決する方法があるのだろうか。俺は頷くと、先導するおじ様についていく。今は藁にも縋りたい思いだ。自然と歩みが早くなる。


 そして、置いてけぼりをくらっていたクレアがこそっと呟いた。


「なーんか怪しいおじさんだなぁ~」



 俺達は、北北東に位置する村で一番大きな屋敷に案内された。赤いじゅうたんの敷かれた客室に案内され、おじ様は暖炉のそばのソファに腰掛ける。「どうぞ」とおじ様は別のソファを勧めてくる。


「君たちは何故この村に?」


 俺はこれまでのいきさつと、リゼがゴウシ病にかかり、ピリファイ草を取りに来て村で休息していたことを伝える。おじ様は「ははあ」と合点がいったようだ。


「それは災難だったね、この時期は天候が荒れやすい。入口近くの山は普段雪崩対策をしているんだが、巡回が怠けていたんだろう」


 暖炉の火がごうごうと燃えている。おじ様は切り出した。


「ここルドの、村の裏には封印された遺跡がある。中は魔物が巣くっている、古くからある遺跡だ」


 ここからが本題だ、とばかりにおじ様は居ずまいを正す。俺の隣にいるクレアもつられて、姿勢を正していた。


「遺跡の奥深くには、願いを叶えてくれる不思議なものがあるという」


 それが物体なのか、何かの神的な存在なのか、確認した者はいない。


 ただその言い伝えが、このルド村に伝承されている。そう言い終わるとおじ様は表情を和らげ、口の端を上げた。


「私は商人だが、考古学も嗜んでいてね、純粋にあの遺跡に興味があるんだ。そこで、君にはその遺跡の調査を頼みたい」


「俺に?」


「そうだ、君はそれで願いを叶えてその彼女のもとへ飛んで行ってもいいし、彼女のゴウシ病を治してもいい。良い提案だろう?」


 柔和な表情のダンディなおじ様……商人の提案に、俺は訝しんだ。


「調査だけでいいのか? 願いを叶えるなんてシロモノ、誰だって欲しいと思うが」


「それは君への報酬にしよう、私が欲しいのはロマンさ。嫌みじゃないんだが、金で買えるものなら買えてしまう身でね」


 ロマンを求める、という彼の言葉に嘘はないようだが、その表情は何かを隠しているようにも思えた。


「なんで俺に頼むんだ、村の奴ではダメなのか?」


「その腕輪、マジックアイテムだろう。私は商人だからわかるよ、しかも相当戦い慣れている顔だ」


 さすが商人、マジックアイテムのことにも詳しい。商人はもっともらしく話してはいるが、俺に得がありすぎる話のような気がする。しかし、他に方法もない。


 商人が暖炉の火へ薪をくべると、彼の瞳の奥は炎を反射している。その時、廊下に人影が映った。


「お父様、誰かいらしてるの?」


 廊下の奥から出てきたのは、なんとルド雪林で出会った茶髪のお嬢様だった。


「シャーロット。今お客様と大事な話をしてるんだ、部屋に戻りなさい」


「お父様はいつも子供扱い。わたくしはもう15、立派な大人ですのに」


 ロングスカートをひらめかせ、廊下を歩いてくるシャーロット。彼女はこの商人の娘だったのか。


「あっ、温泉の女の子!」


 クレアが少女を指を指す、シャーロットも「あっ」という顔をする。

 

「悪いね、私の娘だ。彼女は特別の身でね……」


 商人は何かを言いかけて、口をつぐむ。俺はなぜか、温泉でのシャーロットの「病気」という単語が脳裏をよぎった。近づいてきたシャーロットがこちらに気づき、声をかける。


「あら、林で会ったお兄さんじゃない、確かソウタさんだったかしら。何もない村だけど、ゆっくりしていってちょうだい」


「あの時は助かったよ」


「なんだ、娘が世話になっていたのか?」


「世話をしたのは、どちらかというとわたくしですけどね」


 病気の娘と、旨すぎる提案をしてきた商人の父親。この依頼には、何か裏があるような気がする。

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