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27話 未知の領域

 ルド雪林の雪のドレスを着た木々は、思い思いに立っているように見えて、お互いの領域を守るように、平等に日光の恵みを受けんとするかのように並んでいた。時折、木々から雪が降り落ちるのも、寒さに身を震わせているかのような錯覚を覚えた。


 俺達は、足跡もない白い雪の道を進んでいく。日はまだ高く、左腕の召喚腕輪は光を反射してキラリと光っている。

 

 雪に足をとられ、若干歩きづらい。リゼの苦しんでいる姿を思いだすと、はやる気持ちと進まない距離がじれったく感じる。


「それで、どこに向かってるのさ?」


 歩きながら腕を摩擦して少しでも温まろうとしていたクレアは、景色の変わらない道にしびれを切らしたのか、ふいに聞いてくる。


「リゼを診ている医師の話だと、治療に必要な薬草は雪林の奥深くに生えているらしい」


「奥深くって……またおおざっぱだなあ、目印とかないわけ?」


 翠玉色の短髪を指先でくるくると巻いて遊んでいるクレアは、呆れたようにそう言った。


「ないとは言ってないだろ、薬草の近くには花が咲いてるんだとさ」


「花?」


 そう、花だ。青く、花びらが小さな小舟のような形をしている花。それは、この厳しい寒さの中でも咲く花だという。青い花ならば、雪の中でも見つけやすいだろう。


 ピリファイ草は、その花の近くに生えるのだ。


「ふーん。それなら楽勝だね」


 両手を息で温めながら、クレアは子供っぽい横顔で歩く先を見ている。純白の空からの贈り物のじゅうたん。雪を白銀と、誰が言い始めたのだろうか。


 確かにその光景は、人間に踏み荒らされていない真っ白な雪が、目がくらむほど輝いて、それだけでとても価値のあるようなものに思えた。


 雪深い道をサクサクと、道なき道を踏みしめていくと、林の中でうごめく何かの気配を感じ、足を止める。


「気をつけろ、何かいる」


 クレアも気づいていたようで、身構える。俺は腕輪(ガチャ)の準備をしておく。すると、ふわりふわりと空中に、何かの植物の種のような物体が飛び出してきた。


「モンスターか?」


 大きめの植物の種には、ゴマのような2つの黄色い目がついている。敵意を持つにはあまりにもかわいらしいその姿に、俺は拍子抜けしてしまった。


 クレアは、その植物を包み込むように手を添えると、植物は触れたとたんにボールのように跳ねていった。


「スノーフシードだ、初めて見た」


「スノーフシード?」


「見た者に幸運と不運を与える植物、噂でしか聞いたことなかったけどね」


 幸運を与える精霊や妖精などのおとぎ話は聞いたことがあるが、不運も運んでくれるとは喜んでいいのか悩むところだ。スノーフシードは、気づくとどこかに消えてしまっていた。


「あ、あれ! 何かがある!」


 クレアが指さした方を見ると、確かに青い点のようなものが白い背景に点々としていた。先ほどまでは見えなかった青い点。それは、花のようにも見える。


 二人で駆け寄って見ると、それは木の足元に寄り添うように咲いていた。そして、ここに青い花があるということは、その近くに生えている小さなヨモギのような草が、ピリファイ草なのだろう。


 早速摘んで行こうと手を伸ばす、しかし、その時だった。揺れるような衝撃が地面を伝わった。


「おいクレア、揺らすなって」


「ボクがそんなことするわけないだろ」


 クレアが抗議しながら顔を向けると、その表情が固まる。


「じゃあ何だよこの揺れは、大型モンスターでもいるのか?」


「まっさかぁ」


 俺もクレアも、危機感がなかったのではない。目の前の現実から少し現実逃避をしていた。二人でひきつった笑いをしながら、横目で見ている林の先、そこには。


 2メートルは超えているであろう、大きなクマが立っていた。 


 しかも、背中から蛇のような複数の触手が生えている。触手クマは、白い息を吐きながら、こちらを凝視している。領域を荒らされて怒っているのだろうか。茶色い薄汚れた毛は逆立っていた。


「逃げるか」


「無理だよ、雪で足がとられるし、あいつめっちゃこっち見てるし」


「あの加速する魔法靴は?」


「これだけ積もった雪じゃ意味ないよ、せいぜい攻撃に使えるぐらいだね」


 その言葉で腹を括ることに決めた俺は、腕輪(ガチャ)を構える。クレアも覚悟を決めたようだ。触手クマは、木をブルドーザーのようにメキメキと折りながら俺達に近づいてくる。


「こんな所でクマの昼飯になるのはごめんだな」


「あーもう! 運んできた不運がでかすぎるよ!」


 敵意を感じ取ったのか、触手クマは、大きく息を吸ってから雄たけびを上げた。


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