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26話 盗賊少女とふたり

長らくお待たせしました。第2章の開幕です。

更新は不定期の予定です。

 人間の好奇心は、あるものを発見し、あるものを発明し、人類の発達を促した。


 木々が生い茂る森の中や、生命の起源の水の中、燃え盛る火の山でさえも。そして、氷で覆われた大地でさえも、開拓してきた。


 もし、好奇心がなかったら人間は文明を持たなかったのだろう。しかし、行き過ぎた好奇心は身を滅ぼす。その先に人間を甘い言葉で誘う存在がいるからだ。


 きっと悪魔が囁いている、「もっと知りたくはないか」と。



「さぶっ!」


 俺はルド雪林の気候を舐めていた。



 ドラゴンを討伐した後。


 セントラ城の祝勝会もそこそこにジーハ村に立ち寄った俺は、リゼと世界を巡る冒険を誓い合った……はずなのだが。

 

 隣にいるのは盗賊少女のクレア一人。そしてここは雪の積もる白銀の世界。あたり一面雪と、雪に覆われた林が点在している。


 クレアは普段着の上に茶色の毛皮のベストを着ているものの、下が青緑色の短パンなのでだいぶ寒そうだ。手をこすり合わせ、ふとももをすり合わせている。吐く息が白いのは、俺もクレアも同じだ。


 なぜこんな場所にクレアと二人でいるのか……話は2日ほど前にさかのぼる。



■□■□■□■□■□■□■□■□


「これからも、一緒に冒険しましょうね、ソウタ様!」


 リゼとそう誓い、ジーハ村で宿を取った次の朝。リゼは突然の高熱に襲われた。


 長旅の疲れから風邪を引いたのかと思ったが、そんな単純な話ではなかったらしい。


 リゼの父親の連絡を受けてツギー村からやってきた医師によると、ただの風邪ではなく、セントラの風土病である「ゴウシ病」にかかっているとのことだった。


「ゴウシ病」は高熱のほかに、思考が定まらず、日常生活にも影響が出るほどの衰弱が主な症状だった。そして、最悪の場合、そのまま死に至る。


 俺はリゼと共に行った場所を思い出して医師に伝えると、旅の途中で罹患した可能性が高いと言われた。


 俺はリゼの実家で、リゼの父親と医師と共にベッドを囲んでいる。


 リゼはベッドの中で苦しそうな呼吸を繰り返している。

  

「リゼ……けっこう無理してたもんな」


「ゴウシ病か、厄介な病気にかかっちまったな」


「すみません。俺が連れまわしたせいで」


「いや、旅はリゼの望みでもあった。お前さんが謝ることはねぇさ、しかしゴウシ病は珍しい病気で治療法も限られてる」


 限られているということは、無いわけではないということだ。俺は親父さんの言葉を待った。


「前に俺の遠い親戚がかかったことがある。なあ先生?」


「ええ、ええ。その時も私が治したのです、覚えていますよ」


 少しシワの多い、年齢のいった男性医師はしわがれた声で答えた。


「じゃあ、リゼも治るんだろ?」


「ええ、いえ。治すためにはある薬が必要なのです」


 珍しい病気には、普通の薬では効果がないのだろう。医師は少し咳払いすると、眼鏡の下から俺と親父さんに目を配らせ、こう言った。


「ピリファイ薬。ええ、それがこの病気を治す唯一の薬です。薬自体は私が調合しましょう。しかし、薬の材料はとても貴重なもので……」


 リゼのためなら、治療代に糸目をつけるつもりなどなかった。ドラゴンの報奨金もある。俺は金のことなら心配いらないと切り出すと、医師が返してきたのは意外な言葉だった。


「いえ、お金の問題ではないのです。その材料というのは、とても危険な場所に生えていますので」


 医師の話によると、セントラから北東、ルド雪林と呼ばれる場所にその材料は生息していて、危険なモンスターも同時に棲息しているとのことだ。


「それなら俺が取りに行く」


 俺は苦しんでいるリゼの手を取ると、その手を握りしめる。


「待ってろ、リゼ。俺が治してやるからな」


「ソウタ、さま……」


 立ち上がる気力もないらしく、目線がぼやけている。俺は、力強くうなずく。


「ごめんなさい……わたし……」


 呼吸が荒い、熱っぽい瞳には、俺が映されている。


「必要なのは、薬の名前と同じ、ピリファイ草という名前の薬草です。特徴と絵を紙に書いておきます」


 紙を受け取り、世話を親父さんに任せて家を出ると、村を後にした。

 

 そして俺の、リゼの病気を治すための旅が始まった。


 クレアと会ったのはルド雪林に向かう途中、セントラの城下町でのことだった。

 

「あーーっ! やっと見つけた!」


 噴水の交差点で後ろから弾むような若い声に呼びかけられ、振り向いたかと思うと、盗賊チックな格好の少女がいた。


「クレアじゃないか、なんでここに……」


「なんでじゃないよ!」


 クレアは少し不機嫌そうだった。


「『めちゃくちゃ甘やかしてやる』とか約束しておきながら、ずっと放置していたのはどこのどいつなのさ!」


 俺が聞きたかったのは、牢屋に入っていたのではないかということだったのだが、クレアは大層お怒りだった。


「す、すまん……いずれ迎えに行くつもりだったんだが」


「いずれと今度は待ってても来ないってね! アオイさんに文句を言って出してもらったんだ!」


 アオイが折れるとは、よほどうるさく要求したのだろう。アオイを少し不憫に思いつつ、クレアがここにいる理由は合点がいった。それにしても、ブオーンに騙されていた時とは大違いに元気そうだ。自分の中で割り切りをつけることができたのだろうか。


「ソウタこそ、まだセントラにいたんだ? あのドラゴンを退治したって風の噂では聞いたけどさ、眉唾だったけど、あの腕輪があればなくもないかなって思ったんだ」


 俺は一度ジーハ村に戻ったこと、ジーハ村でリゼが病床に臥していることを簡潔に伝えると、クレアは驚いたようだ。


「それじゃあさ、ボクも連れてってよ。リゼさん……には一度会ったことあるし、ソウタの大切な人なら助けてあげたいなあって」


 両手をぶらぶらとさせながら、クレアはごまかすように照れ笑いをした。


「それにさ! ボクに優しくするって約束、忘れてないよね! 優しくされるなら一緒にいなきゃだめだよね! それに……」


 まるで一緒に遊びに行く理由を探している子供のような、両指先をもじもじとくっつけながら言うその姿に、俺はおかしくなって。


「そうだな、一緒に来てくれたら心強いな。なんせ、これから行くところは危険なモンスターもいる。一人じゃ危ないかもな」


 俺がわざと理由を作りやすいような返答をすると、クレアは目をつぶり頷き「やっぱりね!」と元気よく答えた。


 ブオーンのアジトから帰ってきた頃はおとなしかったクレア。牢屋に入っている間、彼女なりに整理をつけ、元気を取り戻したこの少女は、その小さな体に見合わぬ強さを持っていた。きっとこの元気な性格が、彼女の本来の性格に近いのだろう。


 それが、自分の中の気持ちの食い違いを押し殺し、『甘えていい』俺にある意味依存するような形だったとしても。俺は、クレアの救いになってやりたかった。


「それで、どこに行くの?」


「ここから北東のルド雪林だよ」


「えーっ!? 寒いじゃん」


 とは言うものの、クレアの顔には行かないという選択肢は現れていない。


 これが、俺とクレアが合流したいきさつだった。



 そして俺は今、自然の厳しさに打ちひしがれている。


「さぶっ!」


「だから寒いって言ったじゃん!」

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