元不良教師とメディア
――平成○○年、四月十日、とあるテレビ局のスタジオにて――
とあるテレビ局のスタジオ、そこでニュース番組の収録が行われていた。司会は元役者で、数年前に出演したバラエティ番組でその毒舌ぶりが話題を呼んだことにより今では人気タレントとなった、四十過ぎの坂本という男である。
坂本は流れる編集VTRを、司会席の前に立って真剣な面持ちで見つめていた。
そしてVTRが終わり、カメラがスタジオに戻った。
「さて、このように最近では若者の凶悪犯罪がたびたび起こっているわけですが……」
坂本が口を開く。
VTRの内容は、数日前に起こった引きこもりの高校生による、親殺しについてであった。
「井口さん、どうして最近はこのような事件が増えていると思いますか?」
坂本は、自身の一番近くに座っていたコメンテーターに話を求めた。
井口と呼ばれたそのコメンテーターは、髪を金髪に染め体つきも非常にたくましい二十代後半の男だった。
「そうですねー、やっぱり最近はね、何か嫌なことがあってもそれをため込んでしまう子が多いのではないかと思うんですよね。そしてそれが溜まって溜まって、限界を超えて大爆発してしまう」
この井口と言う男は定時制の高校教師である。
彼は数年前にメディアからドキュメンタリー形式の取材を受け、それ以降たびたびこのような場に呼ばれている。ちなみに放送されたそのドキュメンタリーのタイトルは『荒れた生徒たちと向き合う元不良教師』というものであった。
井口は自身でかつてはかなりの不良だったと認めており、しかしその経験のおかげで今は素行の悪い生徒達とも向き合える、とのことらしい。ドキュメンタリーの中で生徒にぶつかってゆく井口を、ナレーションは『痛みの分かる男』と評していた。
「こういうため込んでしまう子たちの方が、不良とかよりもよっぽど怖いと私は思いますね。しかしこのようになってしまう原因は、やっぱり親や周りが勉強ばかりさせるからだと思いますよ。私は若い時は少しくらいやんちゃな方が良いと思います。私も昔はやんちゃでしたが、今はこうやって高校教師をやれているわけですから」
「なるほど」
坂本は井口の言葉に頷いてみせた。
その瞬間、爆風の発生と共にスタジオが炎に包まれた。
――同年、四月十三日、別のテレビ局のスタジオにて――
とあるテレビ局のスタジオ、そこでニュース番組の収録が行われていた。司会は人気芸人で、数年前から小説を書いたり映画をとったりもしている、五十過ぎの中本という男である。
中本は流れている編集VTRを、司会席の前に立って真剣な面持ちで見つめていた。
そしてVTRが終わり、カメラがスタジオに戻った。
「さて皆さまも記憶に新しいと思いますが、三日前のスタジオ爆破事件、とても痛ましい事件でした……」
中本が口を開く。
VTRの内容は、三日前に起こった某テレビ局のスタジオ爆破事件についてであった。この事件により、そのスタジオにいた司会やコメンテーター、そしてプロデューサーやカメラマンまでもが全員帰らぬ人となっていた。
「逮捕された被疑者は井口さんと高校時代の学友だったようで、その時の恨みからこのような凶行に及んだといわれているそうですが……だからといってこのように関係のない人を巻き込むなんて最低ですよね、佐川さん」
中本は、自身の一番近くに座っていたコメンテーターに話を求めた。
佐川と呼ばれたそのコメンテーターは、若いモデルのような二十代の女であった。
「そうですね。はっきり言って人として最低の行為だと思います」
この佐川と言う女は自称恋愛評論家であった。
彼女は数年前に美人過ぎる評論家として人気になり、それからたびたびテレビに出ている。
「さっき、映像でも出ていましたが、被疑者は家族のかたの証言によれば人を銃で撃ち殺したりするゲームにはまっていたそうですね。やっぱりそういうものの精神に与える悪い影響って大きいのではないかと思います」
「そうですね、規制なども考えた方がいいのではと思ってしまいます」
中本は佐川に対してそう返した。
――同年、四月二十日、とある留置所の面会室にて――
「ねぇ、どこの番組の記者の人か知らないですけど、なんで私がどんなネットゲームにはまってたかばっかりそんなに気にするんですか? ……もしかして本気で、現実とゲームの区別がつかなくなってあんな事件を起こしたって思ってるんですか?
え? なんであんなことをしたかって? ……そんなのあいつが、井口が憎かったからに決まっているじゃないですか。私は高校時代、あいつにいじめられていたんですよ。暴力を毎日振るわれ、金も巻き上げられた。そのせいで自殺することさえ考えました……。
だからと言って他の人を巻き込むのはおかしい? ……そうかもしれませんね。確かに完全に無関係な人を巻き込むのは、おかしいと思います。
……でもね、私にとってみればあなた達メディアの人間は、無関係じゃないんですよ。
私は、高校時代に井口にいじめられ自殺まで考えました。でもそれから何とか立ち直って頑張って勉強して、それから就職して、ずっと慎ましやかながらも生きていたんですよ。
……でもそんな時、数年前のある日にテレビで井口を見かけてしまいました。
確か、ドキュメンタリーだったと思います。私はそこで奴が、高校教師になっていることを初めて知りました。記者さんは覚えていませんか? 私は忘れもしませんよ、ナレーションの人が井口のことを『痛みの分かる男』と言っていたんですよ?
……私は愕然としました。高校時代に私をいじめて、自殺寸前にまでおいこんだ井口が『痛みの分かる男』として好意的に映されている。まるで私の心をめった刺しにされているような気分でした。
それでも、その時はなんとか忘れようとしたんですよ。井口のことはもう忘れようとした。でもね、それから時々テレビで、コメンテーターとして井口の姿を見るようになったんです。
私は耐えられなかった。テレビを見るのを一切やめても、今も井口がのうのうとテレビに出ているかと思うと、苦しくて苦しくて苦しくて、涙がでた。まるで井口が過去にしたことをすべて世間が許したように見えて、私の受けた屈辱が取るに足らないことだと言い捨てられたような気がして。
……ねぇ、記者さん。更生さえすれば、過去の罪はすべてなかったことになるのですか? メディアにとって、過去に傷つけられた人のことなんて、どうでもいいんでしょ?
そんなことはない? ならどうして、メディアは井口をもてはやしたのですか? 過去の被害者がそれによって傷つくとは思わなかったのですか?
……確かに、私を過去にいじめたのは井口です。ですが、傷つけられた私の痛みを些細なことと切り捨て、井口をもてはやしたのはあなたたちメディアだ。だから私は、あなた達を許さない。
……あれ? 記者さん、もうお帰りですか? ……無駄な取材でしたね。どうせあなた方は今話したことなんて、私がメディアをどれほど憎んでいるかなんて、欠片も放送しないのでしょう?」