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異界の水龍

古めかしく、大半が崩れている廃墟の光景が視界の奥まで続いている。そんな中を、魔物特有のけたたましい叫び声が、少しも止むことなく階層中に響き渡っていた。そして、その中央からは風を切るナイフの音――。


『エラド遺跡』28層。グライス達は、骨だけの体を持つ『スケルトン』を中心とする、アンデットの軍団に囲まれていた。


「グライス、完全に囲まれてる!全部で100はいるぞ!」

「28層でこれか、すげぇな!『聖なる雨、ホーリーレイ!』」


胸ポケットの中にいるレミンからの凄まじい報告を聞き、魔法を紡ぎながら叫ぶグライス。紡がれた聖属性魔法はグライスの頭上で弾け、アンデット達に襲い掛かった。光の雨に貫かれ、バラバラとなって倒れ伏すアンデット達。――しかし、次の瞬間には倒れたアンデットは元の形を取り戻し、再度グライスに襲い掛かっていた。


「おおう、スケルトンプリーストか!」


その原因は、グライスからずっと離れた場所にいる複数体の『スケルトンプリースト』。アンデットの上位種だ。骨だけの体に黒いローブを纏い、しきりに杖を振っている。本体の戦闘能力は低いが、倒れたアンデットを復活させる魔法を使う、囲まれた際は最悪の敵だ。その危険度はB2。


本来なら、まだ出るはずのない敵である。こんな事態を引き起こした原因は、周りのアンデットに守られて、ケタケタ笑いながら遠くの方からグライスを見つめていた。グライスも見つめ返してやり、ニヤッと笑う。


「初めまして、スケルトンリーダー…!」


『スケルトンリーダー』。アンデットの親玉とでも言うべき、超希少な魔物である。骨だけなのは他のアンデットと変わりないが、他の個体と比べると二回り以上も体が大きく、悪趣味なドクロの旗を掲げている。高い知能で様々な種類のアンデットを統率、そしてステータスの底上げをし、冒険者パーティーを壊滅させていく暴君だ。その希少性と高い戦闘能力のため、討伐報告がほとんど上がっていない魔物である。危険度は文句なしのA1。


スケルトンリーダーは意地悪く眼窩を光らせると、旗を大きく振った。途端に周りのアンデット達が奇声を上げ始め、一斉にグライスへと押し掛ける!


「物量攻めか、品がねぇな!」


グライスは手のナイフを握り直し、迫りくるアンデットを怒涛の勢いで切り伏せていく!


「ウッッラァ!!!」

「ガッッッ!?」


前後左右、果ては上。四方八方から迫りくる魔物を、グライスは次々と切り伏せていく。リーダーの能力によって統率がとられ、ステータスが底上げされているとはいえ、グライスはSSランクの冒険者。この程度の苦境では少しも揺るがない。

そして華麗な剣舞を舞う中――グライスは、詠唱を開始した。


(われ)欲するは守りの力。邪を退ける力。全てを超える聖なる力!』


詠唱途中でも、グライスの動きには全く曇りがない。歌い、舞うかの如く敵を切り伏せ、魔法を紡いでいく。高位冒険者の証たる平行詠唱を、グライスは完璧に使いこなしていた。


『守り給え、光の加護。包み給え、光の籠。現れ邪を祓え――!』


そしてグライスは左手を胸に当て、詠唱を結んだ。


『ホーリースフィア!』


――瞬間、グライスの体を、光り輝くバリアが覆った。


「グガァァァ!!」


グライスの背後から飛びかかり、牙をたてようとする一体のスケルトン。しかし――


「…グィア!!??」


そのスケルトンの攻撃がグライスに届くことはなかった。スケルトンは一瞬グライスのバリアに触れただけで、チリ一つ残さず、無様な声を上げながら消滅した。周りのアンデット達はその様子を見て一斉にどよめき、一歩退いた。


最上位聖属性魔法、『ホーリースフィア』。防御系魔法の最高峰である。大概の敵の攻撃を無効化し、触れることすら叶わないという代物だ。まともな手段でこの魔法を破るのは、アンデットには厳しい。


本来は高位魔法師が複数人集まり、何十分もかけて唱える魔法。それをグライスは一人で、かつ数秒で唱えて見せた。そんなグライスを囲み、アンデット達は茫然としている。


「初めて戦う魔物だったが、こんな程度か。この魔法は隙も大きいんだけどな。A1は評価高すぎるかな」


グライスは光のバリアの中心でふぅっと一息つく。――そして、再度詠唱を始めた。


『異界、清き湖の守護者。絶対なる力は全てを飲み込む』


ここで、他のアンデットと同じように、茫然とグライスを眺めていたスケルトンリーダーがようやく動いた。次に何が起こるのかを理解したらしく、慌てた様子で仲間を置いて一目散に反対方向へと逃げ出す。しかし、時既に遅し――


『天駆ける水龍、我の名の下、その力を誇示するため――』


グライスの目の前に巨大な魔方陣が浮かび上がり、膨大な魔力が溢れ出す。そして――


『――顕現せよ』


――魔方陣から、大量の水が吹き上がった。


「ガッッッ!??」


水はまるで意思を持つかのように自在に変形、流動し、アンデット達に襲い掛かった。あるアンデットは槍のように尖った水に貫かれ、またあるアンデットは業物の刀のような切れ味を持つ水に切り裂かれていく。スケルトンリーダーも他のアンデットと同様に、なすすべもなく水に呑まれていった。――そして最後には全てが洗い流された風景と、二人分の人影が残るのみだった。


「あーあ、またドロップアイテム回収できないな。お前のせいで金貨50枚は損してるぞ、ミズチ」

「呼んでおいてその態度はなんだ、大馬鹿者。この程度で苦戦する方が悪い」


その片方であるグライスは、この風景を生み出した張本人に声を掛けた。ミズチと呼ばれたその女は、横目でグライスを見ながら機嫌悪そうに答える。


ミズチは、まさしく絶世の美女だった。深い青の短い髪をしていて、黒地に白いラインが入っているコートは彼女の体に張り付き、その抜群のプロポーションを写している。切れ長の美しい目は髪と同じ深い青に染まっていて、長いまつ毛がそれをより一層引き立てていた。蠱惑的な薄い唇は煽情的に濡れていて、思わず吸い込まれそうだ。しかし、全てが美しい彼女の中で何よりも先に目につくのは、額にある、一本の白い角だ。その角は長さが10㎝くらいで、なにやらポワポワと光っていた。


ミズチは自身の真っ黒な手袋をぐいっと引き上げると、今までグライスの胸ポケットに隠れていたレミンをつまみ上げた。自分を見下ろしているミズチに対し、レミンはキーキーと喚く。


「ほれ、さっさと進むぞ。案内しろ、ヤモリ」

「それが魔物にものを頼む態度かァ?『お願いしますレミン様』って言いやがれ!」

「調子に乗るなよ三下」

「アッハイすいません…」


そんな漫才のようなやり取りを繰り広げながら歩を進める二人(匹?)に、グライスはため息をつきながら付いていくのだった。



『エラド遺跡』32層。当初の予定通りに歩を進めたグライスはかなり広いスペースを見つけると、野営をするためにポーチからいろいろと荷物を取り出し始めた。


「おい、グライス」

「分かってるよ。好きにしろって」


そわそわしながら何か言おうとしたミズチに対し、聞き終わる前にOKを出すグライス。それを聞いて目を輝かせたミズチは、グライスのいる場所と正反対の位置に手を差し出し、魔力を練り始めた。


「––よっ」


ミズチがそんな軽い掛け声を出したと思うと––今まで何もなかった空間から、膨大な量の水が溢れ始めた。その水は変幻自在に形を変え、轟音を立てながら地面を穿っていく。しかしそれを、グライスとレミンは意にも介さない。


それから20秒後。さっきまで何もなかった空間には、広さ30m×30m程度の、広大なプールが出来上がっていた。それを見ながらミズチは満足そうに息を吐く。そんな様子を、グライスは無感動に眺めていた。


「毎度毎度よくやるな。それ今、冒険者から度々見つかってはいろいろと騒がれてるぞ。新種の魔物の出現だーとかなんとか」

「何か問題でも?」

「いや?全然」


そんなやり取りをグライスとしつつ、ミズチは服を着たまま水の中に入っていった。にも関わらず、水の抵抗などまるで感じさせず、ミズチは体すら動かさずにスイスイと泳いでいく。


「あのーミズチ、俺も入っていい?」

「別に構わん。感謝しろ三下ヤモリ」

「一言多いンだよこの腐れ水龍…いや、なんでもないです!」


ポケットの中からひょっこり顔を出し、ミズチに伺うレミン。許可が出ると、勢いよくポケットから飛び出して水に飛び込んだ。荷物をまとめ終わったグライスは、ポーチから携帯食を取り出しつつミズチに注意する。


「おいミズチ、遊ぶのはやることやってからにしてくれ」

「分かっている」


そう言いつつ前に手をかざすミズチ。魔力が練られ始め、陸の一ヵ所に魔力が集中し、光り始めた。


氷人形(アイスドール)


技名と同時に光が霧散。その中から、氷でできた、顔の無い人型の人形が計5体現れた。その身長180㎝程度の氷人形は、外見からは想像もつかないような速さで動き始め、方々へ散っていった。


「これで文句ないだろう。明日の朝まではここら一帯は安全だ」

「あぁ、サンキュ」


仕事を終え、またスイスイと泳いでいくミズチ。グライスは干からびた人参のような携帯食を食べながら、地図を広げて明日からの予定を立てていた。


「ミズチ、分かってると思うが、今回はレコードを目指す。帰りのことも考えると、明日までに43層には行きたい。…強行軍だが大丈夫だな?」

「私はお前と契約したのだ。是非もないさ。…それに、お前と私が居て、不可能なことなどあると思うか?」

「嬉しいことを言うじゃないか」


自信満々にそう答えるミズチに、満足そうに笑うグライス。そこには主従の関係というより、長年連れ添った戦友との間にあるような絆があった。


携帯食を食い尽くしたグライスは広げていた地図をしまい、優雅に泳いでいるミズチを眺める。ミズチは陸にいるときは、どこか触れがたいような神々しい美しさをしているが、水に浸かっているときは生き生きとしていて、また違った美しさをしている。そんなグライスの視線にミズチは気づいた。


「どうした?入りたければ勝手に入れ」

「ん、いや、そういうわけじゃないんだが…まあいいか、入らせてもらうよ」


ミズチの言葉に甘え、グライスは防具を脱ぎ捨てて入水の準備をする。


下着を残して裸になったグライスの体は程よく鍛えられ、引き締まっていた。肩から足先に至るまで、無駄な脂肪はもちろん、無駄な筋肉というものも全くない。右わき腹には30㎝にも及ぶ、大きな、大きな古傷があり、グライスの壮絶な戦歴を示していた。


グライスはゆっくりと水に入ると、そのまま頭まで浸かった。今日一日分の汗を流し、大きなため息を一つ吐く。


「はぁ〜…ダンジョンで汗を流せるって贅沢だよなぁ…」

「そう言う癖に、後半には『温かい風呂に入りたい!』などと抜かすではないか」

「水風呂もいいんだけど、やっぱり温かいのが一番なんだよ…そうだ、ミズチは次にどのダンジョンに行きたい?」


出し抜けにそんなことを聞くグライスに、ミズチは少し考えてから答えた。


「ん?そうだな、行きたいのは『海上都市シーデア』だが……そろそろ大規模攻略組が召集されるだろう?そんなゆっくりしてる時間もないぞ。弟子もできたことだし、早めに本部入りして弟子に稽古でもつけてやったらどうだ?」

「もうそんなに時間が経ったのか…。そうだな、今回はそうするか。…にしても珍しいな。人間嫌いのお前がフェリンを気にかけるなんて」

「ふっ、ただの気まぐれだよ」


ミズチはそう言うと、ニヤッと笑って泳いでいく。自分の口癖を真似られたことに気づき、グライスは一瞬顔をしかめたが、笑い返して、再び顔を水に沈めた。


レミンはというと、泳ぎ疲れて陸で死んだように寝ていた。










7部目です。読んでいただければ嬉しいです。

感想などいただけると、作者は本当に喜びます。

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