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大師匠

『エラド遺跡』4層。グライスはダンジョンに潜ってから、約一時間でここまで進んでいた。今のグライスは初めてフェリンと出会ったときと同じで、全身を覆う革の服の上に、ガントレット、レッグガード、胸当てという出で立ちだ。それぞれ魔物の素材製のもので、軽く、鉄よりも硬いという優れものだ。


5層へと続く道へ走りながら、グライスは肩に乗っているヤモリのような召喚獣、レミンに話しかけた。


「なぁ、今回の探索の後はどこのダンジョンに行きたい?」

「ん?そうだなァ…やっぱり『シキ城』とかがキレイだから行きてェなァ」

「シキは遠いから却下」

「そう言うと思ったよ」


レミンはため息を一つ吐き、続けた。


「つーか、それは目の前の探索を片付けてから考えることだろうよォ。無駄口叩いてないでさっさと進むぞ」

「話してないと暇なんだよ」

「ほれ、暇じャないぞ。この先3つ目の右路地から4体のダークキース」


レミンの報告を聞いたグライスは、ゆったりと下げていた手を腰のナイフに添えた。すぐに3つ目の路地から、羽を広げて飛んでいる真っ黒な魔物、『ダークキース』が4体現れた。個々の力は大したことはないのだが、いつも集団で襲ってくるという厄介な性質を持つ魔物だ。その危険度はE1に指定されている。


ダークキース達はグライスに気づくと、奇声をあげながら一直線に突撃してきた!


「レミン!」


グライスの声でレミンが肩を離れる。そしてグライスの腰からナイフが抜かれた。


「ふっ!」


一太刀で2匹のダークキースを両断、返しの刃の側面でもう一匹を叩く。勢いよく吹き飛んだダークキースは、そのまま残りの1匹にぶつかり、仲良く壁にぶつかって潰れた。死骸はすぐに霧散し、後には一つの『ダークキースの羽』が残った。そのドロップアイテムとレミンを回収し、再度5層へと向かう。


「今日は32層を目標に進むぞ」

「32?やけに飛ばすなァ」


32層というと、ここのダンジョンだと危険度B3の魔物がちらほらと現われる地点。グライスの相手ではないが、それでもそこそこ力を入れなければいけない場所だ。強行軍は危険を伴うので、いつもは24層で初日は終了する。


「今回は最高到達層を更新させるぞ。目指せ53層!」

「マジか!そりャあ楽しみだなァ。ここのレコードってそんな低かったっけか?」

「ここにはまだ攻略組は入ってないからな。いずれここの攻略にも乗り出すだろうけど、しばらくは無いだろうなぁ。アンデット系ばっかりだから人気がないんだ。俺は好きなんだけどなぁ」

「俺はアンデットは探知しにくいから嫌いだなァ」


そんな取り留めのないことを話し、時折現れる魔物を蹴散らしながら進むグライス達。


地上ではようやく日が昇り、町には活気が溢れてきていた。



「こ、この場所で間違いないよね…?」


ジョロウの町、住宅街から少し奥へ入った場所。丁度日が当たらない位置の少し肌寒い場所に、フェリンは来ていた。


「うぅ、町の端から端まで歩かされた…」


そう呟きながらフェリンは目的地を見つめた。


そこには、一軒の家が建っていた。大きさは周りの家々と同じくらいで、外観にも特別変わった印象はない。何というか、the 家 って感じだ。


フェリンは玄関まで進み、深呼吸を一つすると、木製のドアを二回ノックした。


「すみませーん!どなたかいらっしゃいますか?」


そう声を掛け、反応を待つ。10秒ぐらいして、眠そうな低い男の声が帰ってきた。


「うるせぇぞぉ…俺の朝は昼から始まるんだよバカヤロー…」

「何をバカみたいなことを……。グライスさんからの紹介で参りました!お会いできませんか!?」


フェリンは呆れつつ、再度声を掛けた。奥から、「グライス…?」という寝ぼけたような声が聞こえてくる。


次の瞬間、ドタドタッと走る音が辺りに響き、勢いよくドアが開け放たれた。


「グライスだと!?」

「むぎゅっッ!?」


開けられたドアはフェリンを吹き飛ばし、そのまま静止した。フェリンはカエルが潰れたような声を出して、一回転して地面に倒れた。


「む、すまん。大丈夫か?」

「だ、大丈夫じゃないです…」


軽く謝った男は倒れたフェリンに手を伸ばした。フェリンはドアにぶつけた鼻先をさすりながらその手を取り、立ち上がった。


出てきたのは、顔に深いシワを刻んだ強面の男だった。寝巻き姿のままで、寝ぐせもそのままだ。薄い白髪頭をボリボリと掻きながら、フェリンの全身を見渡している。


男はそれを終え再び目線を戻すと、フェリンを家の中へと招き入れた。


「ま、とりあえず話を聞こうか。俺はブライという」

「フェリンといいます。お邪魔します」



家の中へ招き入れられ、引かれた椅子に座ってからフェリンは用件を話し始めた。家の中には必要最低限の家具しかなく、居間は一般的な広さのはずなのだが、とても広く感じられた。

フェリンがグライスの弟子だと知ると、ブライは驚いた。


「弟子ぃ!?あのグライスに!?」

「は、はい!あっそうだ、手紙を預かってます!」


急に大きな声を出したブライに萎縮しつつも、フェリンはポーチに入れておいた手紙を取り出し、ブライに差し出した。ブライはそれを読みつつ、フェリンに質問した。


「グライスは元気か?」

「あっはい、今も元気そうに冒険者業を続けています」

「そうか…」

「…あの、ブライさんとグライスさんってどういうご関係なんですか?」


フェリンは気になっていたが今まで聞けなかったことを質問した。それを聞き、ブライは手紙から視線を上げた。


「なんだ、そんなことも聞いてないのか。アイツは俺の元弟子だよ」

「で、弟子!?ってことは師匠の師匠!?」

「そんな驚くことか?ある程度予測できるだろうに」


そう言いつつ、ブライはまた視線を手紙へ戻す。すぐさまフェリンについて「頭が弱い」という文を見つけて、思わず吹き出してしまった。怪訝な表情になるフェリンに「わ、悪い」とまだ少し笑いつつ謝って、言葉を続けた。


「まぁ弟子と言っても、すぐに追い抜かれちまったがな。5年前に俺の元を離れて冒険者になって、そして2年で数えるほどしかいないSSランクの冒険者になった。…アイツは天才だよ」


そう言ってブライは、誇らしげとも、自嘲とも取れるように笑った。手紙を読み終えたブライは、机に手紙を静かに置いた。


「つまりは嬢ちゃんを10日ぐらい預かって、その間に剣術の基本を教えてろってことだな?まぁどうせ暇だ。可愛い弟子の頼みを聞いてやろうじゃないか」

「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」

「んじゃ、早速始めるか…ついてきな」


そう言うとブライは立ち上がり、居間の奥へと進んでいった。奥へと突き当たると、ブライは床にある扉を開け、そのまま入っていった。フェリンは困惑しつつも、黙ってついて行く。


(…物置き?一体何を…?)


しかし、そこに広がっていた光景はフェリンにとって意外なものだった。


「うわっ…広っ!この家の広さの五倍はあるじゃないですか…!」


そこには、広大な空間が広がっていた。辺りには明かりがともされており、地下だというのにかなり明るい。壁際には様々な武器が飾られており、短剣、長剣、ランス、果ては銃器などと、なんでもござれだ。


「なんですか、これ!?」

「闘技場。引退してからというもの、どうにも体が鈍っちまってな。運動する場所が欲しかったんだが、どうにも凝っちまって、いつのまにかこんな大規模になってた。グライスともここでよく手合わせしたよ」


懐かしそうにそう言うブライは、壁際の武器へと近づくとフェリンへと向き直った。


「さて嬢ちゃん、何の武器がいい?何でもいいぜ」

「じ、じゃあ、短剣でお願いします!」


フェリンの返事を聞き、ブライは武器の中から木の短剣を二本取り出して、一本をフェリンへ投げ、もう一本を自身の右手で取って構えた。


「好きなように斬りかかってこい。なんなら真剣でもいいぜ」

「い、いきなり試合ですか!?…分かりました!胸をお借りします!」


そう言うと、フェリンは木剣を構え、静止した。両者ともにピクリとも動かない一瞬。

――次の瞬間、フェリンがブライに突進した!


「せや!!」


気合いの声と共に繰り出される突き。それをブライはひょいと回避した。


「ふっ!!」


しかし攻撃はそこでは終わらず、突いた剣をフェリンは払い、斬り下ろし、また突いていく。しかしその猛攻をいとも容易くブライはひょいひょいと回避していく。


「……はぁ?」


そのうちに、ブライが憎々しげに呟いた。


「くっ…せいっ!!」


だんだんと疲れてきているフェリンは、再度剣を斬り下ろす。


ここで、今まで回避に徹してきたブライが動いた。


ブライは斬り下ろしを右斜め前方に回避すると、そのままの勢いでフェリンに突進した。勢いよくぶつかられたフェリンはよろめき、数歩後ろへと下がる。


「きゃッ…え!?」


体制を崩したまま視線を戻したフェリンは困惑した。ブライが、いない。


次の瞬間、世界が回った。


「えっ――」


間抜けな声を上げながらフェリンは頭を地面に強く打ち、悶絶した。


「――むぐぅぅぅ!!!」

「…おい、立てるか?」


いつのまにかフェリンの背後に回り込み、そのまま足を払ったブライが、痛みで転げ回ってるフェリンに声を掛ける。


「…冒険者の敵は人ではなく、魔物だ。だから綺麗な剣術を覚えろなんて言わねぇよ。…しかし、お前のはそれ以前の問題だ」


そう言うと、ブライは憎々しげに続ける。


「手紙にはお前のステータスの情報も書いてあった。だから近接戦には元から期待してなかったよ。…しかし、あまりにも酷すぎる。才能なんて一欠片もありはしない。恐らくお前が剣術を修めることは一生ない。…一番扱いやすい短剣でダメなら、他の武器でも同じだろう」


更にブライは続ける。


「魔法師としての才能は知らない。もしかしたら、魔法に関してだけは世界一の才能を持っているかもしれない。…だが、魔法以外使えない魔法師なんて二流もいいとこだ。グライスが育てる器ではない。さっさとグライスの元を去れ。…お前はエリに似ているだけだ」


そこまで言うと、ブライは少し後悔したような表情になった。エリという名前を出したくなかったらしい。


頭をさすりながら立ち上がるフェリンは、傷ついた表情になりながらもブライの顔を見つめ、そして再度剣を構えた。


「…そのエリって人は知らないけど、私に才能が無いことは知ってます。…だけど、その程度のことで諦めるわけにはいかないんです!」

「その程度、ね……まぁいい。お前が諦めるまで付き合ってやるさ」


ブライも再度剣を構え、フェリンへ向き直る。


今度は、ブライが先に動いた!


ブライは一瞬で間合いを詰め、剣を斬り下ろす。フェリンは咄嗟に剣で防ごうとした――が、ブライの斬り下ろしはいつのまにか横薙ぎに切り替えられていた。


(な!?フェイント!!)


すぐさま飛んでくる剣撃を避けきれず、フェリンは剣を弾かれてしまう。剣はカーンッと木特有の音を出して宙を高く舞い、地面に落ちた。ブライは更に間合いを詰め、今度こそ本当に上段に剣を構えた。


「終いだ――しばらく眠れ」


そして必殺の剣がフェリンに振り下ろされた――


「!?」


――が、剣がフェリンに直撃することはなかった。フェリンの体が青白い膜で覆われ、ブライの攻撃を防いでいた。フェリンは不敵に笑う。


「ふふッ!まだッ!!」

「――それが例のスキル――」


思わず動揺するブライ。その隙で生まれたコンマ数秒を、フェリンは見逃さなかった。


「えいッ!!」

「うぉっ!?」


動揺しているブライに、フェリンはスキルごと突進した。ブライは思わずよろめき、後ろへ下がる。


「オイ…なんだ…これ!?」


ブライは興奮気味に叫ぶ。そして視線を正面に戻すとーー予想通りフェリンの姿は無かった。そして、世界が回る――

ダーン!!と気持ちのいい音が鳴り、ブライは地面に叩きつけられた。頭上では、フェリンが得意げに笑顔を浮かべていた。


「えへっ、剣術関係ないですけど、ブライさんに一撃入れてやりましたよ!技、パクらせていただきました!」

(――パクっただぁ!!?)


ブライは未だに、信じられないものを見たことで興奮していた。


(俺の技を一回食らっただけで覚えたっていうのか!?こんなに鮮やかに!!コイツ、剣を落としてからの動きがまるで別人だった!!)

「…あの、大丈夫ですか…?」


寝そべりながら満面の笑顔を浮かべるブライを心配そうに見つめるフェリン。ブライはガバッと起き上がると、フェリンの手を取った。


「前言撤回だ、嬢ちゃん!!お前には近接戦闘の才能がある!が、お前に剣なんかいらない!これから10日間、みっちり体術の訓練だ!お前なら女版ハドウになれる!!いや、魔法も極めたらそれ以上だ!!」

「は!?ええ??」


急な展開に目を白黒させるフェリン。掘り出し物の才能に嬉しそうに笑顔を受けべるブライ。


――フェリンの物語は、ようやく動き出したのかもしれない。





















6部目です。また大分期間があいてしまいました。

途中、編集ができないバグ(?)に襲われました。大変でした。

感想などいただけると、作者が本当に喜びます。

よろしくお願いします。

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