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弟子持ち冒険者の朝

ジョロウの町、郊外の広場。静まり返った暗黒の中、広場の一部分だけが魔法、『ライト』により明るく照らされていた。そしてその元で、二人の冒険者が戦っていた。一人は14歳くらいの少女、フェリン。小さなナイフを手に、もう一人の冒険者に切りかかっていた。


「ふっッッ!!」


気合いの声と共に突き出されたナイフを、もう一人の冒険者、グライスはすんでのところで回避する。フェリンは一歩引いたグライスを追撃、今度は左から右へ切り払った。


「でやっッ!!」

「遅い」


グライスは裏拳でフェリンの腕を弾き、攻撃の軌道を逸らす。バランスを崩したフェリンは、たたらを踏んだ。


「うわわっ…!」

「力を入れすぎてるから逆に攻撃が遅くなっているんだ。もっとリラックスしろ」

「んなこと言ったって、刃物を人相手に振り回してるんですよ!?力みますって!」

「お前のお粗末な攻撃なんて誰がくらうか」

「むっかー!!」


グライスの言葉に怒ったフェリンは、猛烈な勢いで攻め立てる。右、左、縦、様々な方向から繰り出されるナイフを、グライスは次々といなした。


「まだ力んでる。そして足を動かせ。手だけで攻撃するな」

「でやっッ!!」


余裕で講釈を垂れているグライスに、フェリンは刺突した。しかしこれも回避され、フェリンが前に出した左足が払われた。受け身も取れず、フェリンは頭を思い切り打った。


「――むぐぅぅ !!!」

「体術も要訓練だな。次はスキルの検証するぞ」


痛みで転げ回っているフェリンを無視し、グライスは淡々と告げた。そのうちに起き上がったフェリンは、たんこぶのできた頭をさすりながら、恨めしそうにグライスを睨んだ。


「……そのうち絶対に一泡吹かせます」

「一生無理だろ。ほら、さっさとスキルを発動させろ」

「どうやってやるんですか?」

「前に発動させたときのことを思い出せ。何か考えてたろ。それがトリガーだ」


フェリンは記憶の紐を手繰り、スキルを発動させたときのことを思い出した。バレットモンキーに押し倒されて、走馬灯を見て、それから――


「死にたく、ない…?」


そう呟いた瞬間、フェリンの周りが青白い膜で覆われた。


「おおっ!!」

「…どうやら、その言葉がトリガーらしいな。多分思うだけでも発動するだろうけど。…そのままスキルを維持させろ」


グライスの指示に頷き、フェリンはしばらく突っ立っていた。しばらくすると、フェリンを覆っていた膜は静かに消えた。


「10秒ってところか。それが今のお前の発動限界だな。もう一回発動させろ。次は耐久力テストだ」

「はいっ!」


余程スキルをもう一度使えたことが嬉しかったらしい、フェリンは機嫌よく返事をした。そして二回目のスキルを、今度は無言で発動させた。


「よし、行くぞ…」


グライスは斜に構える。そして勢いよく右足を繰り出した!


「――ふっ!!」


右足は膜へと吸い込まれ、そして接触。ズカーンと高い音を立てた。膜は完全にグライスの右足を防いでいた。フェリンは喜びの声を上げる。


「わっ凄い!師匠の攻撃を防ぐなんて!」

「…今のは本気じゃないが、それでも硬いな。C2ぐらいの魔物の攻撃でも防げるかもな」

「本当ですか!?」


グライスの評価にますます喜ぶフェリン。グライスはそんな様子を見ながら、顎に手を添えて思案していた。そして口を開いた。


「もう一回検証するぞ。今度はもうちょっと力を入れてみる」

「はいっ!」


機嫌よく返事をして再度準備をするフェリン。


(師匠は本気じゃないって言ってるけど、実は結構本気だったりして!このスキルさえあれば、もしかして天下取れるんじゃ…?)


そんなことを考えながら、フェリンはスキルを発動させる。グライスはさっきと同じような構えだ。

ここでフェリンは、非常に大きな違和感を覚えた。


(……ん?なんか師匠の目つきが殺そ――)


そこまで考えたとき、目の前のグライスの姿が霞み――音速並の右足がフェリンのスキルを一瞬でぶち破り、そのまま左腰に炸裂した。


「……あ」


そんな間抜けな声がグライスから漏れた頃には、フェリンの体は2、30メートル先まで吹っ飛んでいた。そして広場脇の廃墟に着弾、木製の壁に数センチめり込み、そのまま地面に落下した。


「しまった…!」


顔を蒼白にしてフェリンに駆け寄るグライス。フェリンは完全に目を回していた。骨も何本か折れているようだ。最悪、内臓も傷ついてるかもしれない。そうなるとポーションだけでは対処できない。


「ちっ、しょうがないか…」


そう呟いたグライスは――詠唱を開始した。


『癒しの加護、新緑の聖獣。我が呼びかけに応じ給え』


本来必要な詠唱を、魔力を余分に込めることにより大幅にカットする。詠唱により、グライスの目の前に薄緑の魔法陣が浮かび上がった。そこから段々と人影が見えてきた。


身長が160cmくらいの女で、黄金色の豊かな髪がなびいている。上品そうな顔立ちで、全身をゆったりとした服が覆っていた。東の果ての国にあるという伝統衣装によく似ていた。所々露出している艶かしい脚や胸元もそうだが、何よりも目を引くのは頭の上にある、二つの狐の耳だ。呼吸に合わせてピクピクと動いているので、飾りではないことはすぐに分かる。


女はグライスの顔を見つけると、柔和に垂れ下がった目を細め、嬉しそうに声を掛けた。


「久しぶりぃグライスちゃん。最近は大怪我しないから暇だったよぅ」

「まるで俺が怪我した方が嬉しいみたいな言い草だな、タマモ……そんなことよりこっちを頼む」


グライスはノビているフェリンに指を指した。タマモと呼ばれた女は、フェリンに近づき腰を下ろして手を取ると、すぐに診断を下した。


「アバラ、腕、足など含めて計5カ所骨折。肺も少し傷ついてるねぇ。これまた派手にやったねぇ…」

「加減を間違えた。いや、本当にすまん…」

「暇だったからむしろ嬉しいよぅ」


タマモはほんわかと顔を緩めると、魔力を練り始めた。自身の体の周りが淡く輝き始め、そのうちに魔力は収縮し――タマモのお尻に、二本の尻尾が生えた。大きく、もふもふなそれは、犬の尻尾のようにぱたぱたと振られていた。


「それじゃ、始めるよぅ」


そう言うとタマモは尻尾をフェリンに近づけ、患部に当てた。尻尾から緑色の光が漏れ、治療していく。そのうちに、フェリンが目を覚ました。


「う、う〜ん……痛ッ!」

「あ、まだ動かないでねぇ」

「え!?は、はい…」


目を覚ましたフェリンはまず体を起こそうとしたが、地面についた腕に鈍い痛みが走り、身を竦ませた。そんなフェリンをタマモは諌め、尻尾をもう一本増やして包み込んだ。何がなんやら分からず、フェリンは目を白黒させている。


「し、師匠…これはどういう状況ですか…?」

「怪我したお前を俺の召喚獣のタマモが治療してる」


端的に答えるグライス。タマモはフェリンに微笑んだ。


「初めまして、フェリンちゃん。私はタマモ。ずっと異界から見てたよぅ」

「は、初めまして…っていうか召喚『獣』?異界?」


確かに狐の耳や尻尾が生えているが、人間にしか見えないタマモに『獣』という語が使われることや、異界という聞きなれない単語に違和感を覚えるフェリン。


「『獣』で合ってるぞ。人間に化けてるだけでタマモは魔物だからな」

「ま、魔物!?痛ッ!?」

「だから動いちゃダメだってぇ」


衝撃の事実に驚くフェリン。懲りずに体を動かし、またタマモに諌められていた。


「もちろん悪い奴じゃないから安心しろ。つーか、レミンだって魔物だぞ。今更驚くことじゃないだろ」

「あ、あれって魔物だったんですか!?ずっとそういう生き物なんだと…っていうか、自我を持った魔物もいるんですね…」

「少数派だけど、いることにはいるねぇ。こことは違う世界、私たちは異界って呼んでるけど、そこで生まれた魔物はみんな自我を持ってる。私やレミンちゃんも異界生まれよぉ…はい、治療かんりょー」


タマモはフェリンに巻きつけていた尻尾を解くと、そのまま立ち上がってグライスに向き直った。


「んー、久しぶりの仕事だったぁ。私は毎日でも呼んでくれていいのにぃ」

「お前が必要なくらいの怪我をそうバンバンとしてたまるか!…まぁとにかく、ありがとうな。助かった」

「ふふっ、素直なグライスちゃん可愛い」


タマモはそう言って上目遣いでグライスの顔を眺めて、鼻の頭を指でつんっと突いた。思わず赤面するグライスに、タマモは「じゃーねぇ」とだけ声を掛け、そのまま目の前でポンッと音を立てて消えた。


「…なんていうか、師匠の周りの女性は強いですね…いや、師匠が弱いのか…?」

「俺が弱いので合ってると思う…」


フェリンの呟きに珍しく同意するグライス。ため息を一つ吐き、疲れたように腰を下ろした。しかし、何気なくライセンスの時刻欄を確認した途端、慌てて再び立ち上がった。


「しまった、結構予定時間過ぎてたんだな。すまんフェリン、今日の指導はここまでだ。ダンジョンに潜ってくる」

「は、はい!ありがとうございました!お気をつけて!」


大きく伸びをしてからダンジョンに向かうグライス。しかし、あることを思い出して、ポーチから一枚の手紙を取り出し、フェリンに差し出した。手紙の表面にはグライスの名前と、この町のある住所が書かれていた。


「そこの住所のところには、もう引退した俺の知り合いの冒険者が住んでる。俺がいない間はその人に稽古をつけてもらえ。その手紙を渡せば稽古をつけてもらえる。多分」

「多分って、大丈夫なんですか?それに、私は師匠に弟子入りしたんです!他の人に教えてもらったって意味ないです!」

「そう噛み付くな。その人に教えてもらうのは剣術だけだし、そう長くこの町にいる予定も無いから教えてもらう期間はせいぜい10日くらいだ。基礎のバケモンみたいな人だから今のお前にはピッタリなんだよ」


まだフェリンは不満そうだったが、最後には「はい…」と頷いた。グライスはフェリンに今度こそ背を向け、ダンジョンへと歩き出した。グライスは肩越しに声を掛ける。


「魔物と常識の勉強も忘れるなよ。むしろそれが一番重要だ」

「常識の勉強ってなんですか!酷いです!」


そんな他愛ない会話を最後に、フェリンもグライスに背を向け、手紙の住所へと歩き出した。


「やってやりますよ…」


そんな呟きをフェリンは残し、まだ薄暗い町中を駆けていった。



5部目です。いつもは書き上げたらすぐ投稿するのですが、今回は時間を変えて投稿してみました。感想などいただけると、作者が逆立ちして喜びます。

よろしくお願いします。

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