ギルド訪問
ジョロウの町、冒険者ギルド支部へと繋がる大通り。飲食店や青果店が並び、喧騒が飛び交う中を、グライスとフェリンは歩いていた。
「うぅ〜師匠、初日から三時間ぶっ通しでの講義は辛いですよぅ…。っていうかご自身の冒険はいいんですか…?」
「昨日までダンジョンに潜ってたから今日は休みだ。ただ、明日から冒険は再開する。明日の朝に稽古を付けたら、一週間またエラドに潜る予定だ。その後の休日でまた稽古を付けてやる」
グライスはフェリンにそう告げた。弟子を取ったとはいえ、冒険を止めるわけではない。フェリンに割ける時間は少ないのだ。とはいえ、一流の冒険者から教えを受けられることに変わりはない。そのことにフェリンは改めて感謝した。
「師匠、言われるがままについて来ましたけど、これからどこに行くんですか?」
「ギルドだ。俺とお前の装備を整えに行く。…その前に朝飯食ってくか」
グライスは腹をくぅと鳴らせ、近くにある露店に近づいていった。フェリンは微笑ましい気持ちになりながら、グライスの背中を見つめた。
突然、辺りを叫び声が満たした。
「ひ、引ったくりよ!!誰か捕まえて!!」
「!?」
フェリンは驚き、声が聞こえた方向へ顔を向ける。見ると、女性が一人倒れていて、その前を、ベージュの鞄を脇に抱えた男が走っていた。男は叫びながら、こちらへと突っ込んでくる!
「どけッッ!!」
「な…!?」
突然のことに、フェリンは硬直した。男に対して、なんの構えも取れない。
しかし、次の瞬間――
「!?」
男の体が、宙を舞った。男は頭から勢いよく落ち、変な声を上げて、そのまま意識を手放した。
さっきまで男が立っていた場所には代わりに、宝石のように輝いている、赤く、短い髪をした女が立っていた。
身長は170cmくらいで、よく締まった綺麗な体をしている。見た目は20代前半くらいで、グライスと同じくらいだ。鋭い目は髪と同じで、綺麗な赤に染まっていた。女は、右腰に血のように赤黒い色をした大型の拳銃、左腰に透き通った美しいエメラルドブルーの大型の拳銃をそれぞれ提げていた。
女はフェリンに声をかけた。
「大丈夫かい?可愛らしいお嬢さん」
「は、はい!助けて下さりありがとうございます!」
赤髪の女性に見惚れていたフェリンは、はっとしてお礼を言った。
「怪我もなさそうで良かっ…」
そう言いかけた女性は、いつのまにかフェリンの傍に立っていた男に気づき、驚いた表情をして声を上げた。
「グライスじゃないか!久しぶりだな!この子は連れなのか?しっかりと守ってやれよ」
「お前が守ったからいいだろ、アリネ」
どうやら知り合いだったらしい、冒険者仲間だろうか、とフェリンは推測した。そこで、グライスが呼んだ名前に聞き覚えがあることにフェリンは気づき、グライスに問いかけた。
「アリネっていうと、師匠の話に出てきた宝石キチ◯イさんですか?」
「グライス!!お前私のことどういう紹介したんだ!!それに師匠ってなんだ!!」
「落ち着けよ、アリネ。宝石キ◯ガイに関しては事実だろ。そしてコイツは俺の弟子のフェリン。昨日取った」
グライスは烈火のごとく怒るアリネをなだめながら、フェリンを紹介した。
「は、始めまして。フェリンと申します…」
「そんな畏まらなくてもいいよ。私はアリネ。冒険者をやってる。…にしても弟子ねぇ。変な奴だとは思ってたけど、こんな幼女を弟子にするなんて…。グライスはロリコンだったのだな」
アリネはグライスの顔をニヤニヤして見つめる。本人は、「俺は年上派だ」と返し、そっぽを向いた。
そうこうしてるうちに、騒ぎを聞きつけた町の兵士が駆けつけてきた。
「はいはいっ道を開けて!犯人はどこですかな?」
兵士は野次馬を掻き分けて、騒ぎの中心へと顔を出した。随分と小さな男で、その身長はフェリンと同じくらいだ。皆から好かれそうなあどけない顔立ちで、全身を紺色の制服が覆ってる。
小さな兵士は、騒ぎの中心のグライスたちに気づくと、目を見開いて驚いた。
「ややっ、グライスさんにアリネさんじゃないですか!お久しぶりですね!『魔狼山』攻略以来ですかな?」
「久しぶりだな、メレオン。今日は懐かしい顔とよく会うな」
グライスは嬉しそうに頬を緩ませながら、兵士に答えた。兵士はグライスの横にいるフェリンに気づくと、にっこりと笑ってフェリンに話しかけた。
「どうも初めまして!私、この町の兵士をやっております、メレオンと申します。以後、お見知り置きを」
「は、初めまして!フェリンといいます!ご丁寧にありがとうございます!」
メレオンが挨拶をして手を差し出し、握手を求める。フェリンはその手を握り、オドオドしつつも挨拶を返した。
「グライスさんが誰かと一緒にいるところを見るのは珍しいですね。いや、それにしても、お二人ともお元気そうで良かった…っと。いけないいけない」
ここでメレオンは道の真ん中でノビている男に目を向け、そのまま近寄って、男が抱えている鞄を手に取ると、野次馬に混じって様子を伺っていた被害者の女性に鞄を返した。女性は礼を言うと、小走りでその場を去っていった。そしてメレオンは男の襟首を掴むと、まるで羽毛を持ち上がるかのごとくそのまま男を肩に担いだ。小さな体からは想像もつかないような力だ。
「いやはや、本業を忘れるところでした。犯人確保へのご協力、ありがとうございました。また今度、機会があればゆっくりお茶でもしましょう。では…」
メレオンはそう言い、そのままグライスたちに背を向けると、来た道を引き返していった。事件が解決したことにより、野次馬たちも次第に散っていった。
メレオンの背を見ながら、フェリンはグライスに問いかけた。
「師匠たちとメレオンさんってどういう関係なんですか?」
「うーん、なんていうか…」
「戦友ってところだな。アイツとは幾度も死線を越えてきた」
答えに詰まったグライスを引き継ぎ、アリネが答えた。
「兵士と一緒に戦う機会なんてあるんですか?」
「アイツは普段は町の兵士なんだが、上からの命令で
ときどき『大規模ダンジョン攻略組』に組み込まれるんだ。アイツの実力を冒険者ランクに換算すれば、まぁSSランクは固いだろうな」
「はぇ〜すごい方なんですね…。っていうか大規模ダンジョン攻略組って…?」
「読んで字のごとくだな。S3ランク以上のダンジョンを攻略するために、国がAランク以上、つまりA、S、SSランクの主要な冒険者に参加を呼び掛けるんだ。大体3ヶ月に一度くらいのペースだな。んで、その攻略に集められる冒険者の集団を、大規模ダンジョン攻略組という。SSランクの冒険者である俺、アリネなんかは毎度呼ばれる。メレオンも実力があるから呼ばれる」
「へ〜、アリネさんもSSランクの冒険者だったんですね!すごい…!」
アリネに羨望の眼差しを向けるフェリン。グライスが、「俺も同ランクなんだが?」と呟くが、フェリンの耳には入らない。
「ありがとう。そう言われると照れるな…っと。すまない、私も待ち合わせているのだ。このあたりでお暇させてもらう」
「そうか。時間を取らせてすまなかったな。ダンジョンに入るには遅いから、パーティーとの待ち合わせじゃないだろ?彼氏か?」
意地悪くニヤつきながら、グライスはアリネをからかう。しかしアリネは余裕の笑みを浮かべ、
「友人との待ち合わせだ。そして彼氏はいないし作る気もない。作るとすれば、グライス、お前が一番の候補だよ」
と言い放った。思わず赤面するグライスに背を向け、「じゃあな。フェリンちゃんも頑張ってね」とだけ言って去っていった。フェリンはジト目で真っ赤になったグライスを見つめて口を開く。
「…完全敗北」
「うるせぇ!」
グライスは顔を逸らすと、ギルドへと足早に向かっていった。
ジョロウの町、冒険者ギルド支部。広く開けられ、入り口からでも全体が見渡せる一階では、暇そうな冒険者数名が酒を仰いでいた。ダンジョンへ向かう冒険者は大方みな出発し終え、後には休日でもやることがなく、朝から酒を飲みに来ている暇人がいるのみなのだ。
そんな光景を見ながら、受付嬢であるメイアは、うず高く積まれている書類をせっせと処理していた。両の頬に散っているそばかすが特徴的で、あまり手入れしていないのか、焦げ茶色の短い髪はボサボサだ。薄く、小さい唇は、今は不機嫌そうに真一文字に結ばれていた。
「も〜、どうしてこう毎日毎日これだけの書類が出てくるのよ!」
目の前の書類の山に愚痴を漏らすメイアに対し、同僚であるシズが、同じように書類の山に向かいながら奥から声を掛ける。
「はいはい、愚痴なら勤務時間外に聞いてあげるから。今は、命を賭けて冒険してる冒険者のために頑張りなさい。ほら、受付待ってるわよ」
「あっ、やっば!」
同僚の指摘で、二人の冒険者がいつのまにか受付正面に居たことに気がついた。急いで向かい、営業スマイルを顔に貼り付けて対応する。
「すみませ〜ん、お待たせしました…って」
ここでメイアは目の前に立つ冒険者の正体に気づき、目を見張った。白い髪に眠たそうな眼。「よう」という軽い挨拶や、佇まいから感じさせる実力者の雰囲気は、確実に見覚えがあった。
「グライスさんじゃないですか!いつからいらっしゃってたんですか?」
「大体一週間くらい前だな。その時はシズに対応してもらった」
グライスは受付の奥に見えるシズに手を上げ、軽く挨拶した。シズも同じように手を上げ、挨拶を返した。
「その時から昨日までずっとエラドに潜ってたんだ。今日は装備の新調とドロップアイテムの精算に来た。……いつものことだが、一応受付嬢なんだから身だしなみは整えておけよ」
「一応ってなんですか!私は立派な受付嬢ですぅ!っていうか仕方ないじゃないですか!櫛入れてもすぐに元に戻っちゃうんです!」
メイアのボサボサの髪を見て、忠告するグライス。メイアは余計なグライスの一言に反駁した。ここでメイアは、グライスの側にいたもう一人の冒険者を思い出し、目を向けた。そしてその少女の冒険者に見覚えがあることに気がつき、数秒で脳内に検索、照合した。
「キミは…昨日の新人講習を受けないで出ていったおチビちゃん?まだ生きてたんだ」
サラッと吐かれた暴言にグサッと来つつも、フェリンは「や、話聞かないで出ていってすみませんでした!」と元気に言い、メイアの目を見つめ返した。
メイアは再びグライスへと目線を戻し、気になっていたことを質問した。
「それで?その新人ちゃんとグライスさんはどういう関係なんですか?」
「昨日死にかけてたところを拾って弟子にした」
雑だが間違っていないグライスの回答に、フェリンは少し顔をしかめた。メイアは二人の顔を交互に見ながら驚いていた。
「弟子!?わ、私が言うことではありませんけど…変わってますね…」
「ついさっき同じことを言われたよ。まぁちょっとした気まぐれだ」
グライスは苦笑しながらメイアに言った。
「さ、無駄話はここまでで、そろそろ精算を頼む」
グライスの言葉にメイアは背筋を伸ばし、完全な仕事モードに入った。
「承知しました」
グライスはライセンスからアイテムポーチを開き、両手の幅ほどもある大袋を三つ取り出した。メイアはそれを受け取り、別室の鑑定室まで運んだ。
「それでは、鑑定結果が出るまでしばらくお待ちください。結果が出次第、換金所の方でお呼びします」
メイアはそう言うと、また書類の山へと向かっていった。
「さて、精算待ちの時間で俺とお前の装備を調達するぞ。ついてこい」
「は、はい!」
グライスはドロップアイテムを出し終えると、すぐに二階の方へと歩き始めた。フェリンは慌ててその後に続いた。
三十段くらいの階段を上がり終えると、そこには多くの店があり、様々な商品を売っていた。ポーション一つ取っても、回復ポーションやマジックポーション、安いものや高いものなどで、二十種類くらいはある。フェリンはその光景を眺めて目を輝かせていたが、あることに気づいて、肩をしゅんと落とした。
グライスはそんなフェリンを見て、ため息をひとつ吐いてポーチから金貨を一枚取り出した。そしてそれをフェリンの目の前に差し出した。
「どうせ金が無いんだろ。少なくともポーションと地図だけは買っておけ」
フェリンはその金貨とグライスを交互に見ながら、顔をぱっと輝かせて、「ありがとうございますっ!」と言った。
「言っておくが、プレゼントじゃないからな。いつか返せよ…って聞いてないな…」
グライスがそう言った頃には、既にフェリンは店の方へと駆けていっていた。あれこれ商品を手に持ってみては、店員にいろいろと聞いて回っている。そんな年相応の無邪気なフェリンに微笑ましい気持ちになりながら、グライスも店の方へと歩いていった。
20分後くらいに、フェリンは地図、回復ポーション、マジックポーション。グライスは山ほどのポーションに加え、野営具や、魔法が封じ込まれている封魔弾などを買って店から出てきた。傍でグライスの爆買いを見ていたフェリンは、呆れた表情をしていた。
「どんだけ買ったんですか…。会計見逃しませんでしたよ。金貨20枚と銀貨4枚って…」
グライスはそんなフェリンに対し、心外そうに弁明した。
「どの冒険者も大体同じようなもんだぞ。まぁ新人は金貨一枚ぐらいで済むけどな。それに、もっと稼いでるからこれぐらいの出費は痛くない」
「え!?冒険者ってそんなに稼いでるんですか!?」
すっかりフェリンの無知に慣れたグライスは、驚きもせず、
「そろそろ鑑定も終わるだろうし、また戻るぞ」
と言って、一階に戻っていった。フェリンも後に続く。
一階に降りて換金所の方に目を向けると、メイアが大袋をじゃらじゃら言わせながら机に置いていた。メイアはすぐにこちらに気づいて、笑顔を浮かべた。
「丁度いいタイミングでしたね。鑑定が終わりましたよ」
「お疲れさん。やっぱりメイアの鑑定は早いな。助かるよ」
グライスの労いと賞賛に対し、メイアは恥ずかしそうに頬を触って、「ありがとうございます」と言った。しかしすぐに表情を切り替え、仕事モードに入る。
「こちら、魔物の素材計142点と、鉱石系計15点で合わせて金貨146枚と銀貨7枚でございます。お確かめ下さい」
メイアは素材の引き取り額の詳細が記されたレシートと、金貨がつまった袋を一緒にグライスへ差し出した。グライスはそれを碌に確認せずアイテムポーチにしまう。鑑定人への信頼にメイアは嬉しくなりながら、グライスへと声を掛けた。
「すみません、今日は安く引き取らざるを得ませんでした」
「うーん、やっぱりアンデット系の魔物の素材ばっかだと安くなるよなぁ」
「それもそうなんですが、今は獣族系の魔物の素材の価値も低迷してるんですよね…。鉱石系は相変わらず高いんですけどねー」
「なかなかドロップしないし、鉱石系の魔物は硬いから嫌いなんだよなぁ…」
取り引きが成立した後に、グライスとメイアは最近の相場について話し合った。自身の生活が懸かっているだけに、話につい熱が入り、長い時間話し込んでしまう。しばらくしてグライスはやけに静かなフェリンに気づき、目を向けた。フェリンはぼうっと金貨袋があった場所を見つめていた。その目には金貨しか写っていなかった。
やがてフェリンは、静かに口を開いた。
「…師匠。私、もう一つ強くならなきゃいけない理由を見つけました」
下卑た笑顔を浮かべるフェリンに戦慄するグライス。そんな光景をメイアは、おもしろいな、と思いながらしばらく見つめていた。
――ジョロウの町に君臨する太陽が、ますます高く登ろうとしていた。
大分遅れてしまいました。4部目です。評価していただければとても嬉しいです。
よろしくお願いします。