ファースト・レッスン
まだ太陽が見えてすらいないような早朝。『エラド遺跡』から北に3kmほど進んだ場所に位置する、『ジョロウの町』の郊外の広場で、グライスとフェリンは向かい合っていた。
「うぅ〜師匠、眠いです…流石に早すぎませんか?」
フェリンは欠伸をかみ殺しながらグライスにそう言う。一方グライスはというと、眠そうな様子など一切見せていない。
「俺の冒険は普段はこれくらいの時間から始まるんだよ。明日からはもっと早くするぞ。さっさと慣れろ」
「ひぇっ…」
グライスの恐ろしい宣言にフェリンは戦慄した。
「んじゃ、そろそろ始めるか。今日の授業は…」
「…!はい!!」
どんなに厳しい課題であっても絶対にこなしてみせる!と、気合いを入れるフェリン。しかし――
「…座学だ」
次の言葉でがっくりと肩を落とした。
「え!?師匠!そんなことやるんですか!?もっと剣術とか魔法とか教えてくださるんだと思ってましたけど…」
「そんなこととはなんだ!昨日ダンジョン内でお前と話していて感じたのは、技とか立ち回り以前に、お前の圧倒的な知識不足だ!俺は基礎からやる必要があると判断した!」
グライスはそう言い切った。知識が正しい判断を下す糧となり、窮地の中での対策を生む。グライスにはそのことが身に染みて分かっていた。
「うぅ…分かりました」
フェリンはしぶしぶ受け入れた。グライスに「そこら辺に座れ」と言われ、手頃な岩に腰を下ろし、講義を聞く体制を整える。
「よし、ではまずは……『ダンジョンとギルド』からだな」
グライスは少し考え、優先順位を決めながら話し始めた。
「ダンジョンとは魔物が自然湧きする場所の総称だ。30年くらい前に急に現れた。俺らが出会った『エラド遺跡』もダンジョンだな。世界中に数百はあると言われている。今でこそ資源の代名詞とまで言われているが、昔は魔物の情報や今ほど高性能の武器が無かったため、ダンジョンが現れると大変な被害が出たらしい」
「…それぐらい私だって知ってますよ。馬鹿にしないでください」
「何を知ってて何が知らないか分からないから、一から説明するしかないんだよ!」
ふうっと一息つき、グライスは続ける。
「ダンジョンは規模によってランク分けされている。上からS1、S2、S3…と来て、一番下はE3だな。A〜Eランク規模のダンジョンはもうほとんど踏破されている。逆にSランク規模のダンジョンはほとんど踏破されていないな。ちなみに『エラド遺跡』はまだ踏破されていない推定S3ランク規模のダンジョン」
フェリンは「はえー」と声を上げる。どうやらこれは知らなかったらしい。
「ちなみに、魔物も同じように、S1〜E3まで危険度でランク分けされている。アルミラージは最低ランクのE3、バレットモンキーは下から4番目のD3」
「あ、そこら辺は結構詳しいですよ!魔物図鑑とか見るのは好きだったんで…」
フェリンはそう言いつつ、あることを思い出した。
「あ!そういえば、なんであの階層にバレットモンキーが居たんですか?普通は7層からですよね…?」
自分を殺しかけたあの魔物。無いはずのイレギュラー。それに対してフェリンは質問した。
「ん、そうだな。本の情報だけだとな。しかし実際にはああいうことはちょくちょく起こる。単純な話だよ……登ってきたんだよ、7層からな」
「5層も登ってくるのは結構稀だけどな」とグライスは付け加えた。
「…ああいうイレギュラーに対応するために知識は必要なんだ。…分かったな?」
フェリンは、自分に対して右腕を振りかぶったバレットモンキーを思い出す。そして、鳥肌を立たせて、「はい…」と頷いた。
「…それじゃ、話を戻すぞ。次は冒険者ギルドについてだ。ギルドはこの国のダンジョンを全て管理している国営の機関だ。国規模の災害だったダンジョンへの対策として作られた。ダンジョンの規模の設定や冒険者のランク分けもギルドが行なっている。今は冒険者の管理に加えて、ダンジョンから取れる資源の管理、あとは商人からのクエストなんかも一元管理しているな。許可なく資源を持ち出したり、売り捌いたりすると処罰されるから気をつけろ。…ちなみに、ダンジョンのマップや必需品なんかもギルドでは売ってる。間違っても地図も持たずにダンジョンに入ることはないように」
グライスはフェリンを睨む。本人は冷や汗を垂らしてそっぽを向いていた。グライスは続ける。
「当然、冒険者はギルドの許可無しにダンジョンには入れない。そこで――」
グライスは服の内ポケットに手を入れ、ある物を取り出した。」
「――この『冒険者ライセンス』が必要になるわけだ。」
「あ、それ私もギルドに登録したタイミングで貰いました!ただ、早くダンジョンに行きたかったので、中身はあんまり確認してません…」
「アホ、これが一番重要だ!これ一つでステータス表、アイテムポーチ、身分証明書の役割をこなす超優れものだぞ!?」
グライスは呆れて言う。
そう、この無駄に高性能な『冒険者ライセンス』が発明されたお陰で、冒険をする際の、荷物への憂いが無くなったのだ。「これが無かったら俺もソロでは活動出来てなかったな」とグライスは付け加える。
「ちなみに身分証明書としては誰でも簡単に冒険者になれるから、あんまり役に立たない。お前がなれるぐらいだからなって言えば分かりやすいな」
「なっ!?私だってやればできる子なんですよ!?」
グライスの発言にフェリンが怒る。ただ、小さい子が駄々をこねているようで、どうにも可愛らしい。グライスの頬が少し緩み、慌てて元に戻した。
「ゴホンッ…!んで、ここからが肝心だ。ライセンスのステータスって欄をタッチしてみろ」
フェリンは服の胸ポケットからライセンスを取り出し、言われるがままにタッチした。
すると、目の前に長い文字列が展開された。
「うわわ、すごい…!!あっ、私の名前…!」
・フェリン Lv1
攻撃 : 9
防御 : 33
素早さ: 14
魔力 : 124
幸運: 119
魔法:
スキル: 蒼玉の加護 Lv1
・任意発動。対象に対し絶大な加護。発動時間は発動者の魔力に依存。
「?」
なんとなく書いてあることは分かるのだが、比較する対象が無いのでこれがどうなのかイマイチ分からない。
「あの、師匠。これってどうなんですか…?」
「ん。……これまた個性的なステータスだな!」
グライスはフェリンのステータスを見ると、軽く目を見開いて驚いた。
「普通だと、Lv1はどのステータスも50が平均ぐらいだ。つまりお前は魔力と幸運だけやけに高い。それ以外はザコ。そんでやっぱり――」
グライスはフェリンに対して解説する。当の本人は、「ザ、ザコって、別の言い方は無かったんですか!?」と憤っている。しかしグライスにはそんなことよりも気になることがある。
「――スキルが発現しているな。それも『レアスキル』だな」
「…あの、スキルのことがよく分かってないので、最初から解説していただけませんか?」
フェリンが小さく手を挙げ、グライスにお願いする。
「ん、ああ。スキルっていうのは魔法みたいなもんだと思ってれば間違いない。ただ、魔法と大きく違うのは、詠唱が必要ないってことと……あとは魔法より面白い能力が多いことだな」
「お、面白い?」
「ああ、面白い。これはアリネっていう宝石キ◯ガイの冒険者の話なんだが、そいつに『宝石探知』っていうスキルが発現したんだ」
グライスは続ける。
「そいつはそれに歓喜して、スキルの効果もよく読まずに宝石がよく取れる、規模A2のダンジョン、『ソードラ洞窟』に突っ込んだんだ。んで、あまりにも宝石が取れるもんだから、周りに全然目が行かなかったらしい。…気づいたら、周りを高レベルの鉱石系の魔物に囲まれていたんだと。そのスキルの本当の効果は、『周りの宝石を探知する。そして、このスキルを使う度、高レベルの鉱石系の魔物を引き寄せる』って効果だったんだ。結局アリネは持っていた宝石を全部放り出してダンジョンを脱出、泣きながら町に戻って、周りから二週間馬鹿にされたって話だ。どうだ、面白いだろ?」
「…長いしつまらないです…」
フェリンはジト目になってグライスを見つめる。しかしグライスは、「ああ、ちなみに鉱石系の魔物は宝石の方に寄ってくる習性があるぞ。アリネが宝石を捨てたのはそういう訳だ」などと言って話を聞いていない。そのうちはっとして話を戻す。
「…話が逸れたな。まあとにかく、一部例外を除いて、ほとんどデメリットが無い、便利な能力ってことだ。スキル持ちはレアだからな、パーティ募集すればそこそこ人は集まるぞ」
「えっ!?スキルってレアだったんですか!?じゃ、じゃあ、私も人気に…!?」
「……人気なんてもんじゃないと思うぞ」
「え…?」
珍しく自分のことを褒めている(っぽい)グライスに対して、フェリンは困惑した。
「さっきも言ったように、お前のスキルはただのスキルじゃない。…通常のスキルよりも圧倒的に効果が高い、『レアスキル』だ。しかも貴重な防御系のスキル。いくらお前が駆け出しでも、そのスキルがあるだけで引く手数多だろうよ」
「へ、へぇ…!私にそんな才能が…!それじゃ、強そうなパーティも選り取りみどり…!」
まるで城のような屈強なタンク、広大な殲滅魔法を飛ばす凄腕の魔法使い、そして華麗な剣舞を舞うイケメンの騎士。そしてその中央に居る私。そんな夢のような光景がフェリンの頭に広がる。
「――だが、まだ早い。しばらくはソロで経験を積め」
しかし、グライスからソロで活動しろと言われてしまった。
「ど、どういうことですか?」
「お前には、剣術、魔法、経験、全てが足りないんだよ。パーティー組んでスキルだけ使うなんて戦い方は絶対に認めん。少なくともソロでランクD1の魔物を倒せるようになるまではパーティーは組ませないぞ」
魔物は全て味方に狩ってもらい、自分は補助だけを行う。そんなことでは自身の技は一向に磨かれない。グライスはフェリンにそう告げた。
「うぅ〜…確かにごもっともです…」
フェリンは多少不満げながらも、グライスの指摘を肯定した。
「ステータスを見た限りでは、お前は魔法士が向いてるのかもな。明日からは魔法の講義を中心に進めてくか。もちろん剣術の指南もするが」
「ステータスを見るだけでそんなことまで分かるんですか?」
顎に手を添え思案するグライスに対し、フェリンは問いかける。
「ああ。ステータスは、本人の嗜好が色濃く反映される。例えばお前のステータスだと、攻撃が最低で魔力が最高だ。つまりお前は近接の戦闘が苦手で、逆に魔法に関する才能がある可能性が高いということだ」
「はぇ〜そうなんですか!私が魔法を…!」
顔を輝かせるフェリンを眺めながら、グライスは「まだどうなるかは分からんぞ」と苦笑する。
「よし、基礎知識はこんなもんだな。あとは今日は――」
グライスはそう言うと、ライセンスのアイテムポーチ欄から分厚い本を取り出した。本を開くと、1ページ目からびっしりと文字が書かれている。横には魔物の写真も載っていた。
「――コイツでお勉強だ」
「し、師匠、それは…?」
フェリンは猛烈に嫌な予感に襲われ、震える声で質問した。
「魔物大全。今までに確認されている魔物の特徴が全て記されている優れもの。ギルドで金貨1枚で発売中!喜べ、俺からの奢りだ。今日からみっちりやっていくからな。50ページ読むまではダンジョンには入らせないから、しっかりと学ぶように」
「ひぇっ…」
笑顔で悪魔のようなことを言うグライスに対し、フェリンは思わず変な声を出してしまった。どうやら本気らしい。
「……あーもう!ここまで来たらなんだってやりますよ!!さっさと終わらせてダンジョンに入りますよ!」
フェリンは腹を括って、本に手を伸ばした。グライスは微笑んで、「頑張れよ」と激励する。
…ジョロウの町を次第に、日が照らして行くのだった。
3部目です。書いていると、読むだけでは分からないことがたくさんあります。楽しいです。