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才能と弟子

「でっ、弟子にして下さい!」

「……………は?」


『エラド遺跡』3層で冒険者を助けたと思ったら弟子入りを志願された。


少女自身もそんなことを言うつもりはなかったのだろう、しばらく自分の言葉にポカーンとしていたが、すぐに羞恥で顔を赤く染めた。


「ご、ごめんなさぁい!」


そう言うと少女はグライスとは逆の方向へ駆け出す。しかし三歩もしないうちに躓いて盛大にコケた。


「あぅぅ!」

「…おい、大丈夫か?話くらいは聞いてやるから落ち着け」


そう言ってグライスは少女へと近づく。レミンは肩の上で笑っていた。


「ヒヒッあのチビで泣き虫だったグライスに弟子入り志願者とはなァ。お前も偉くなったなァ?」

「うるせぇ。消すぞ」


少女はそのやり取りを倒れながら聞いていた。


「あ、あの...その肩の上のは...?」

「あぁ、コイツは召喚獣のレミン。索敵用に出しておいたんだ」


グライスは軽くレミンを指して紹介した。


「アンタを見つけられたのも俺のお陰ってわけだ。感謝しろよ、でっぱい嬢ちゃ――」


下品なヤモリを消し、倒れている少女へと手を伸ばす。


「さっきも言った通り、話くらいは聞いてやる。お前も一旦地上に戻るだろ?帰り道に話そう。…そういや、まだお互いに名前も知らなかったな。俺はグライス。ソロの冒険者をやってる」


少女はグライスの手を取る。


「わ、私はフェリンです!まだ駆け出しです!よろしくお願いします!」



3層を抜け、『エラド遺跡』2層。傷だらけのフェリンはグライスが渡したポーションを飲みながら歩いている。


「んで?なんで弟子になりたいんだ?」


グライスがそう問いかけると、フェリンはぽつぽつと話し始めた。


「…私の地元の村は、数ヶ月前のモンスターパレードで滅ぼされました」

「…それは気の毒にな。数ヶ月前というと…『キッカ侵攻』のときか?」


グライスの言葉にフェリンがビクンと反応し、「はい…」と答える。


『モンスターパレード』。不定期に行われる、魔物の侵攻のことである。魔物の発生原因が不明なため、未だに有効な対策が講じられていない、町や村にとっては頭の痛い話題である。


そして、『キッカ侵攻』は国内において最新の『モンスターパレード』である。規模が大きく、被害は甚大なものになったらしい。


「私はそのとき、隣町まで買い物に行っていたので助かったんです。…でも家族や村のみんなは死んでしまった。何も出来なかった。あんな悲しいことをまた起こさせるわけにはいかない、そう思ったんです!」


フェリンは力強くそう言う。目には、村と家族を失った悲しみと、強くなるという決意が映っていた。


「そして、強くなるために冒険者になりました。でも、冒険者になったはいいけど、どうしていいのか分からないんです。…今日初めてダンジョンに潜ったんですけど、道は分からないし、危険度E3のアルミラージにやられそうになるし」

「道も分からないのにダンジョンに潜ったのか…しかも初日で3層まで行ったのか。よく死ななかったな」


グライスは思わず嘆息した。ここまで無謀な冒険者の話は聞いたことがない。


そしてフェリンはこう話を締め括った。


「そういう訳で、私には色々と教えてくれる師匠が必要だと気付いたんです!弟子にして下さい!」

「断る」

「んな…!?」


即答。しかしグライスからすれば当然である。


「俺へのメリットがない。お前の境遇には同情するが、俺も暇じゃないんでな。お前を助けてやったのは同じ冒険者のよしみ、こうして話を聞いてやっているのは俺が帰るついでだ」


グライスがこう言うと、フェリンは酷く落胆したようだった。


「そんな…どうしてもダメですか?」

「ダメだ」

「本当に?」

「ダメだ」

「この体を好きになさってもいいんですよ…?」

「……冗談を言えるくらいには回復したらしいな。俺は先に行くぞ」


そう言うとグライスは顔を赤くして駆け出そうとする。フェリンは慌てて引き止めた。


「あぁ待って下さい!本当に冗談ですよぅ。…でもちょっと考えましたよね?…グライスさんのエッチ」

「うるせぇ!」


こんなやり取りをしながら、フェリンははにかんだ。年相応の可愛らしい笑顔。その笑顔はグライスにある過去を思い起こさせた。


(…エリ?)


グライスの頭に浮かぶのは一人の幼い少女。花畑の中を笑いながら踊ってゆく…


「……イスさん?グライスさん?」


フェリンは急に様子がおかしくなったグライスに、心配そうに声をかけた。


「…えっ、あ、ああ、すまない。ボーっとしていた」


グライスはフェリンに話しかけられてはっとした。そして小声で呟いた。


「……重ねちゃったか」


フェリンはその呟きには気付かず、はにかみながらグライスに話しかける。


「お休みの日とかでもいいんです!ほんの少しでもいいですからぁ」

「……いい加減にしろ」

「…え?」


グライスの声色が、変わった。


さっきまでは適当そうな声色ながらも、人間味を帯びた、優しい声だった。


しかし、今は違う。


「しつこすぎる。何回ダメだと言えばその頭は理解してくれるんだ?」

「え、な、なんで…」


フェリンは急に怖くなったグライスに対してしどろもどろしている。グライスは険悪な声のまま更に続ける。


「第一、ここの3層程度で死にかけてる奴なんて初めて見たよ。どんなに才能がない奴だって5層までは行けてたな」


フェリンはその言葉に傷つきながらも、キッと言い返す。


「あ、あなたに何が分かるんですか!?ついさっき会ったばかりのあなたに!!」


その言葉にグライスは呆れながら言葉を返す。


「ド新人がよくほざいたもんだ。一応五年冒険者をやっていて、SSランクの冒険者である俺が断言してやる。お前に冒険者の才能は無い」


その言葉にフェリンが動揺した…と思ったら、


「…SSランクってなんですか…?」


という信じられない問いが飛んできた。


グライスは呆れるのを通り越して、笑いそうになるのを堪えながら説明した。思わず声音が元に戻ってしまう。


「冒険者のランクだ!SSが一番上、Fが一番下!今日が初日ならお前はFランクだ!」

「え?ってことはグライスさんは一番上のランク!?もしかしなくてもすごいんじゃないですか!?」

「やっと気付いたかこのアホ!アルミの群れを一瞬で片付けた時点で気付け!」


冒険者としての知識が圧倒的に不足しているフェリンに対し、グライスは頭が痛くなった。


「…とにかく、お前には冒険者の才能は無い。やめておくのが賢明だな」

「むむぅ…」


その言葉をかけているのが大先輩だということを知り、フェリンは今度こそ言葉に詰まった。


「…確かに私は弱くて、知識もありません!ダンジョンも早すぎました!でも、諦めませんから!絶対、強くなって戻ってきますからぁぁ!」


こう言い放つと、フェリンは1層の方向へ走り出した。ここから先の道は覚えているらしい。


フェリンが見えなくなると、グライスは召喚詠唱を開始した。


『道を示せ、我が眷属よ』


すると、目の前の地面に青白く光る魔法陣が浮かび上がり、そこからレミンがにゅるっと出てきた。


「ったくよォ、急に消しやがって!もう協力しねェぞ!」


レミンは文句を垂れながらグライスの肩に登る。グライスはそれを完全無視した。


「それで?フェリンは道を間違えていないな?」

「…ああ、問題なく進んでるよ。…ッたくエリとあの嬢ちゃんを重ねやがって。キツく言ったぐらいで嬢ちゃんが冒険者を諦めないことぐらい分かってたろ。そんな心配なら本当に弟子にでもすりャあ良かったのによォ」

「俺だって現役だ。弟子をとる暇なんてない。…それに才能が無さそうなのは本当だしな」


グライスはコケているフェリンを思い出しながらそう言う。伸びそうな奴は一目見れば大体分かるが、フェリンからは全くその様子が無かった。


グライスが思索から戻ったときだった。


「さて、そろそろ俺も地上に向か――」

「キャァァーーー!!?」

「!?」


女の悲鳴。1層への方向。


「まさか…!?」


グライスは全力ダッシュで1層へと向かう。そして、1層への階段がある長い直線。


「フェリン!?」


グライスが見たのは、180cm程の猿型の魔物、『バレットモンキー』と、その魔物に追い詰められてるフェリンだった。



「絶対、強くなって戻ってきますからぁぁ!」


フェリンはこう言うと、1層の方向へと駆け出した。


(なによぅ、私だって特訓すれば!)


グライスとかいう白髪の男に好き放題言われてしまった。しかし、フェリンにもそれらの指摘が正しいことくらい分かっている。


(そうよ、私には知恵も力もない。でも、諦めるわけにはいかない!特訓して、ダンジョンについて学んで、パーティ組んで、また挑戦してやる!)


決意を新たにして、1層へと向かう。すぐに階段への直線の道が見えた。


(良かった、道は間違えてなかったみたい)


そう思いつつ階段へと駆け寄る。そのときだった。


「ガルルゥゥ…」

「え…?」


階段手前、右の通路の暗がりから何かが聞こえる。


「何か、いる…?」


真っ赤な2つの光が、灯った。

それはフェリンに一気に飛びかかった!!


「キャァァーーー!!?」


フェリンは叫び声をあげ、咄嗟に横に飛び退く。『何か』の攻撃は空振り、その正体が明るみになる。


「でっかい猿!?確か…バレットモンキー!」


前に読んだ魔物図鑑から記憶を手繰り寄せ、名前を割り出す。『バレットモンキー』。危険度D3。どのダンジョンにも大体いる、猿型のポピュラーな魔物。素早く、力強い攻撃はさながら弾丸のようだということでこの名前が付けられた。新米冒険者が一番最初に当たる壁だと言われるぐらいには厄介な敵である。


「でもなんで!?ここのダンジョンだと7層以降にしか出ないはずなのに!!」


そう。本来『エラド遺跡』では7層以降に現れるとされている魔物。それが今、2層にいる。あるはずの無い事態にフェリンは困惑する。バレットモンキーは次の攻撃への体制を整えていた。


(ど、どうすればいいの…!?)


完全に油断していたところでの格上からの奇襲。これによりフェリンの思考は完全に停止した。

バレットモンキーがまたフェリンに飛びかかる!!


「ひっ!?」


フェリンは避けようとしたが、避けきれずにバレットモンキーの右腕がフェリンの胸に炸裂した。


「がっ!?」


勢いよく押し倒され、肺の空気が全て吐き出される。その中で必死に視線を戻すと――バレットモンキーは、もう既に右腕を振りかぶっていた。


(え…?もしかして、私ってもうこれで死ぬの…!?こんなにあっけなく…!?)


思考が加速して、全ての動きがスローになり、周りの風景が全て白くなったように感じる。ああこれが走馬灯ってやつなんだなーと加速している思考の中で納得する。


(そうかーこれで終わりかー…まだ何もしてないんだけどなー…)


そして、ゆっくりと振り下ろされる右腕を素直に受け入れ――


(…ていいはずがない!!まだ何もやってない!!!)


周りに色が戻り、全身に力が湧く。フェリンは叫んだ。


「死にたく、ない!!!」


――瞬間。


フェリンの周りが、青白い膜で覆われた。


「え…!?」


フェリンが驚きの声を上げる。そして、その膜にバレットモンキーの右腕が炸裂する。しかし――


「ガッッ!?」


膜はその攻撃を通さない。揺るぎもしていない。


「ギッ…ガァァァ!!!」


バレットモンキーは躍起になってその膜を壊そうとする。しかし、どれほど攻撃を加えようとも、膜には傷一つ付かなかった。


「グガァァ!!!」


そしてバレットモンキーが両腕を大きく振りかぶったとき――


「――そこまでだ」


一閃。


首は高く宙を舞い、胴体は両腕を上げたままの姿勢で地面に倒れる。グライスの必殺の一撃が、バレットモンキーの命を刈り取った。


グライスはフェリンを一瞥する。口を開けたままポカーンとしている。いろんなことが一気に起きすぎたせいで思考停止しているようだ。全身を覆っていた膜は、いつのまにか消えていた。


「…おいフェリン大丈夫か?」

「は、はひっ!」


フェリンは間抜けな返事をしつつ、先ほどのやり取りを思い出し、あわててグライスへの警戒の表情を浮かべる。


「あ、あなたと話すことはありません!あっでも助けてくださりありがとうございました!っていうかさっきのバリアみたいなのは一体…?」

「それに関してはこっちが聞きたかったんだが…やはり自覚無しか」

「?」


フェリンは何がなんやら分からず、困惑の表情を浮かべる。


(無詠唱であの性能…『レアスキル』だな。妙な才能はあるみたいだな。……にしても「死にたくない!」か…おもしれぇな)


グライスはニヤリとし、こう続けた。


「フェリン、さっきの話だが、一つ訂正する。お前には冒険者の才能がある」

「は…!?え!?ありがとうございます…」

「だから、特別に弟子にしてやらんこともないが…どうする?」

「…何が目的ですか?言ってること真逆じゃないですか…」

「うるせぇ!ただの気まぐれだ。じゃあ不満なようなのでこの話は無かったことに…」

「ああいや!全然不満じゃないです!弟子にして下さい!」


フェリンは言ってることが正反対のグライスに不信感を抱きつつも、是非も無いとこの話に食いついた。


「よし、ではこれからは俺のことは『師匠』と呼べ!」

「…急にノリノリになりましたね……分かりました、師匠」

「うむ」

(やっとできた足掛かり…!ここから私は始まる…!)


現役のトップレベルの冒険者への弟子入り。このチャンスは絶対にモノにすると、フェリンは誓った。


グライスは目を輝かせているフェリンを見つめる。


「…フェリン、頑張れよ」

「はい!!!」


新しくできた弟子を応援するグライス。そして元気に返事をするフェリン。


その二人を祝福するかのように、ダンジョンが、淡く発光したようにも見えた。























2部目です。お手柔らかにお願いします。

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