計 ~王達の帰還~ 結 (付記)
付記はサイドストーリー。
主人公の行動とほぼ同じ時間に別の場所で別の登場人物達が織り成す物語で有ったり、主人公が紡ぎ出す本編へとつながって行く支流のような展開で有ったりします。
それは次章、更にその先へとつながる、誘う、この物語の外伝。章の最後に付け加え。
その為、通常とは違う三人称形式となります。ご了承ください。
美しい二人の外国人女性が、ソファに並んで座っている。
ここは外資系病院の北館、地上12階の待合室。
片方の、衣服から入院中と判る、栗色の髪に深い緑色の瞳の女性は両腕をギプスで固定され、とても不自由そうに見える。
もう一方は、その女性を案じてか世話を焼こうとしては相手に困られている、病院には不似合いなドレス姿の金髪碧眼の女性。
そんな二人を見付けて、看護師の服を着た光井栄美はプラスチック製の盆に紙コップを3つ乗せて、出来うる限りの仏頂面で近付いて行った。
「おう、栄ではないか」
ドレス姿の女性が気付き、看護師に声を掛ける。それには答えず、栄美は紙コップを突き出した。
「姫様に対し無礼であろう」
「よい。ターシャ、傷に触る。いきり立つで無い」
「ですが、姫様……え? 私にも?」
自分にも突き出された紙コップを何とか両手で受け取り、ターシャと呼ばれた栗色の髪の女性は驚く。
「この香り……」
「紅茶で、あるな」
姫様と呼ばれた女性の口角が上がったのを確認し、栄美は仏頂面のまま、ターシャを挟んで自身もソファに座った。
「お礼なんて、言わないから」
「それで、これか」
対照的に、納得したと言いたげに頷いて金髪碧眼の姫君は笑みを浮かべる。
「ふむ。良きかな、爺の茶を思い出す。甲乙付け難しと言った所よな」
「確かに。第6席に淹れて頂いた紅茶を彷彿とさせる香りと味。されど紙コップとは、姫様に対して……」
なおも食い下がるターシャに、その主は紅茶を三度、口にしてから告げた。
「構わぬ。そなたも形だけの叱責など止せ、ターシャ。妾の事を思って、であろうとな」
「ですが姫様」
「無礼講で参る故な、こ奴の事は。それに、リュドミラに色々と見せられたのであろう? 第8席」
その言葉に顔を桜色に染めて、ジレーザ第8席を勤める女性は、首を横に振りまくる。
「やっぱりね。付けてたんでしょ、私達の事を」
「名古屋で起こしてやったであろう? 感謝致せ、栄」
はいはい。そう言いつつ、先程のセリフが気になって光井栄美は問いかけた。
「色々、見せられたって……」
「わ、わ、私は何も見ては居りません!」
「叫ぶような事か。一部始終を録画した物を、と言うだけじゃ」
耳にした内容に、瞳から感情の全てが消えた看護師に向けて姫君は、したり顔の笑いで言い放つ。
「妾の知る限り、最高の返事であったぞ。あの小僧めに甘え切った声、片時も我が耳から離れぬ。今もそのように不機嫌を演じねば、蕩けてしまうのであろう。あの時のように」
顔は疎か首筋まで真っ赤に上気させて、白蛇伝説の二つ名を持つ女性は唸り、立ち上がりかけた。
「スタリーチナヤ、あんたねぇ……」
そんな栄美の方を向く事無く、栗色の髪の女性はその深い緑色の瞳で真っ直ぐに、己が主を見詰めて咎めるように言う。
「姫様、それこそ初めての御友人に甘え過ぎです。お揶揄いになるにしても、何でも許されるものでは御座いません」
思わぬ方向からの迎撃に、スタリーチナヤと呼ばれた姫君は絶句する。
そこに感心した、と言いたげな栄美の声が届いた。
「あんたの半身って、あんたの代わりに良心とか常識とかの一切を担ってるって事ね。あんたが際限なく非常識なの、何となく判った気がする」
プッ! と吹き出す音が聞こえた。二人の間、ソファの真ん中に座った第8席が可笑しそうに笑い転げる。
「ここで笑うか? ここでこそ栄めを叱責せぬか、ナターシャ・ウォルコフスキー!」
「は、はい。姫様、申し訳……」
そのまま笑い続けるターシャを横目に、スタリーチナヤはソファから立ち上がり、鼻を鳴らして窓の外へと目を向けた。
「常識などに縛らてジレーザ筆頭が勤まるものか。さて、しばしの別れじゃ。ターシャの事、よしなに頼むぞ。栄」
「国に帰るって事?」
「収支決算報告をせねばならぬ故な」
単語を耳にして、あの日1221番宇宙のロシアでモニター越しに交わされた姉妹の会話を、栄美は思い出す。
「大変ね、今回は大赤字じゃないの?」
それがな。そう切り出して姫君は楽しげに笑った。
「ビューレットめを救い出した事で、あ奴の世界に君臨しておった軍事政権が、軒並み倒れおってな」
「それが?」
「元の王政に戻る国々が続出、帰還できた国王どもより我がジレーザに、多額の謝礼が舞い込んだのじゃ」
楽しくて仕方がない、そう言いたげに姫君は笑い続ける。
「妾が三度、出動できるほどの総額が、な。姉上も御喜びである」
「我が国の国防予算3年分……頭痛くなってきたわ」
「よって今ならば、格安で妾自ら参戦してやろうぞ、栄」
そのセリフに、栄美は項垂れかけていた顔を跳ね上げた。
「どう言う意味よ……」
「先手を打って2177宇宙に乗り込むのであろう? そなたが率いて」
「どこで、それを……」
目眩を起こしそうになりながら、1500番宇宙のトップエージェントは呟く。その横で栗色の髪の女性が頷いた。
「なるほど、第12席ですか」
「硬い錠前ほど開けるのが楽しみだそうでな、アライアンスのセキュリティーは至高の喜びを与えてくれたそうな」
機密ダダ漏れじゃないの……力なく首を振る初めての友に、スタリーチナヤは囁く。
「その出撃前に、あの小僧めの気持ちを確かめたかった。か? 此度、我が計に乗りおった理由は」
目を見開く栄美に姫君は、真顔で告げた。
「もはや思い残す事は無いなどと、口にはせぬであろうな? 栄」
いつに無く鉄の姫君の表情は厳しい。
対して無言で目を逸らす看護師に、彼女は更に追い討ちをかける。
「そなたと共に生きていく。そう申した小僧は、どうなる?」
「だって……生きて帰れる保証無いのよ、今度のミッションは」
「故に妾を雇うが良い。今ならば格安であるぞ」
国家予算を私の一存で出せるか。そう力なく語る光井栄美にジレーザの主は笑う。
「ならば、あの小僧に妾との約束を果たさせよ。ならば無料で良いぞ」
「何それ?」
「流石に、そこまでは知らぬか。良かろう、ターシャに聞け」
そう言われてジレーザ第8席は驚愕の余り、ソファから立ち上がった。
「姫様、それこそ国家機密では……」
「構わぬ。こ奴ならば、良い」
目を丸くしている栄美に、スタリーチナヤは人の悪い含み笑いを浮かべる。
「それとな、あの小僧を連れて行け。2177宇宙に乗り込むのであれば」
「馬鹿な事、言わないで! 命の保証無いって言ったでしょ、さっき」
「で有ろうと……いや、で有ればこそじゃな。あの小僧めは必ず、そなたと行動を共にしようとするであろうよ」
「そんな……」
「知らぬ間に、紛れ込むやも知れぬ。ならば最初から、そなたの横に。目の届く範囲に置いておく事じゃな」
「無理よ……あの子は、ただの高校生なんだから」
伏し目がちに告げた異世界の友を、鉄の姫君は一蹴する。
「ただの高校生とやらが、これまでの事件を生き抜いてこれるものか? あの小僧、何やら持っておる。と言う奴では無いのか?」
「持ってるって……」
「最も判って居るのは、そなたでは無いのか? 栄。そして、あの小僧と行動を共にする事を望んで居るのも」
そう言うジレーザの主に光井栄美は、おずおずと躊躇いがちに問いかけた。
「ホントに、そう思う? ユリア」
最後の一言に目を見開いた後、スタリーチナヤは満面の笑みを浮かべて応じる。
「その答えを、そなたは既に得ておろうが」
そう言うと、姫君は彼女に飲み干した紙コップを手渡して背を向けた。
「馳走になった。では、また会おうぞ」
振り向き告げて歩み出す主に、第8席が続く。姫様、先程は今日一番の笑顔で御座いました。と囁きつつ。そして、しっかり紙コップを栄美に渡しつつ。
「ちょっと、これ……いいか。これくらい」
空になった三つの紙コップをゴミ箱に投げ入れ、1500番宇宙のトップエージェントは窓の外を眺めて呟く。
「答えは既に、か」
同じ時を生きていけたら、同じ道を歩めたら、同じ戦場を駆け抜ける事ができるなら。
「あの子と共に……」
自分が見ている景色の遥か下、この病院の中庭で思いを寄せる相手が同じミッションへの参加を決めた事を、彼女はまだ知らない。
そしてそれが、二人の未来に大きな変革をもたらす事も。
今はまだ、誰ひとり知らなかった。
第7章 了
お読み頂きありがとうございました。
厳しい御批評・御感想、そして御指摘、お待ちしております。
(できますればブクマ、ポイントも)
今後とも宜しくお願い致します。




