計 ~王達の帰還~ その5 裏
「裏」は、主人公が紡いだ物語を、普段は脇役の人達から見た展開となります。言わば外伝。
同じ時間、同じ場所で起きた事件あるいは出来事を、主人公以外の人物の視点で今一度、描き直したり致します。
その時、彼女は、彼は、何を考え如何に思っていたのか? 新たな発見、認識のズレなどお楽しみ頂ければ幸いです。
又その為、通常は違う三人称形式となります。ご了承ください。
時間は少々、遡る。
そのリムジンと呼ばれる高級車は、犬山から小牧を経由して名古屋市内を目指していた。
薄暗いスモークガラスで、車内を見る事は出来ない。
誰に目にも触れない、その車の主は静かに執事らしき運転手の声を聞いていた。
「爺、ゲール語は止せ」
「これは、失礼致しました。陛下」
陛下と呼ばれた若い男の声の主は、奇妙な猫の仮面を頭から被っていた。
「軍事・内政・外交までも、全てを押し付けているのは余である、済まぬと思う」
勿体無きお言葉、そう言って爺と呼ばれた老人は頭を垂れる。
面長、と言うより馬面の方が似合う執事らしき老人は、恭しく口を開いた。
「このナイト・オブ・ホース、陛下に捧げましたる生涯に一片の悔い無し。如何様にでもお使い下さい」
「我が十二支将も、そちを含めて最早3名。時の流れは無情よな」
「陛下……」
「せめて我が師が戻ってくれたなら」
猫仮面の男は、マジックミラーになっている窓の外に目を向ける。
「されど陛下、ナイト・オブ・タイガーは二度と戻りますまい」
「判っておる、繰り言に過ぎぬ」
それよりも、と運転手を務める執事は話を変えた。
「名古屋は如何で御座いますかな?」
「帯に短し襷に長し、と言った所か」
それでも、と猫仮面の陛下は首を振る。
「今の本拠地よりは良いか」
「確かに。大阪は、すぐ隣にこの1500番宇宙の三大勢力の内、二つの支部が御座いますから」
「機械化宇宙の輩どもを迎え撃つに、この島国は丁度良い。不沈空母とでも名付けようかと思う」
それはまた、そう言って馬の騎士と名乗った老人は笑った。
「されど陛下、何故あのような輩どもの世界に執着を? 多元宇宙広しと言えど、我らとは違い過ぎましょう?」
「そちは何歳になる?」
いきなり自身の年を問われ、老人は言葉に詰まる。
「コールドスリープで引き伸ばし、あちこちバイオニック手術を受けながら、ぼちぼち300歳に成りましょうか」
「もうガタが来ておろう?」
「これは聞き捨てなりませんな、陛下」
「余とは違い、その身ひとつ。脳の移植を残すのみで、体のほとんどサイボーグで有ろうが。それとて何時まで誤魔化せようか」
それはそうですが、と爺と呼ばれる執事は言葉を濁す。
「2177宇宙の輩どもは、コンピュータにデータを移すように脳の記憶全てコピーしうると聞く」
「陛下、まさか……」
「そちには、まだまだ余を支えてもらいたい。永久にと言っても良い。なればこそ機械化宇宙を手に入れねばな」
再び、勿体無きお言葉と言ったまま、馬の騎士は沈黙してしまった。
そんな老人に、猫仮面は優しい眼差しを向け、その後に窓の外へと視線を移す。そこで彼の瞳は大きく見開かれる事となった。
「爺、止めよ」
「はて?」
「車を止めよ。今すれ違った二人。確認せねば」
車外カメラが捉えた映像を、スクリーンに投影して猫仮面は唸り声を上げる。
「此奴……間違いない」
「確かに。白亜砂漠の牢獄に侵入せし一味の者で御座います」
「全部で6名で有ったと、報告は上がっておったが?」
「内3名はジャミングにて正体不明。この小僧のみ面が割れて御座います。残り2名は倒れ伏しておったとの事」
死体か。そう呟いて陛下は思い出したように訂正する。
「爺。女王の寝屋に侵入した輩、であるぞ」
失礼致しました。と頭を下げた後、老人は車のハンドルを切った。
「かの小僧の素性も割れておりまする」
「何者か」
「この1500番宇宙の高校生なる未成年にて、名を時保琢磨と」
その名を聞いて、今度は陛下が絶句する。
「では、隣の女性は?」
「それは……残念ながら」
流石に、高校生の隣を歩く少し年上に見える女性までは、如何せん情報が無い。
「少し寄り道を致しましょう、陛下。ここで小僧に会うたのも何かの縁」
そして時保琢磨と、もうひとりの女性の後を付ける形となってリムジンは、とある神社の見える路肩に停まった。
「話し声は聞こえぬか」
「流石に、そのような機能は御座いませぬ」
しばらくの間、猫仮面と執事は男女二人を遠くから監視する事になってしまう。
ただただ眺める時間が過ぎていくだけだったが、女性が高校生に飛び付き抱き締められる場面で劇的な変化が起きた。
「許せぬ!」
「陛下! お心安らかに!」
「ならぬ! 決して許さぬ。あのような何者か判らぬ女が時保琢磨と、あのような!」
美大生が年下の高校生に抱き締められ、幸せそうに泣きながら満足げに笑む事が、猫仮面には耐え難い事で有るようだった。
このままでは、車を降りて乱入しかねない。そう判断した執事は、静かに車を発進させる。
「陛下、まずは当初の予定通り本国へ帰還致しましょう。あの小僧の事は今後、如何様にでも出来まする」
「判った。ここは爺の顔を立てよう」
三度、勿体無きお言葉と言って馬の騎士を名乗った老人はアクセルを踏んだ。
高級車の中で、猫の仮面を脱いだ男は怒りを抑えて呟く。
「タクマ・トキヤスの傍らに居るは、あのような者で有ってはならぬ。サァーヤ・ミウラァこそが、いやサァーヤだけが相応しいのだ……」
陛下の怒りが伝わったかの如く、その頭頂部に立ち上がる、ひと房の髪の毛が音も無く揺れ続けていた。
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