計 ~王達の帰還~ その5 表
「老師、そろそろ次の技を教えてくださいよ。お願いします」
名古屋に行った翌日。
何事もない顔で俺は学校に行った。別段、咎められる事も無く下校して今は、いつもの病院でいつもの稽古中。
「さてさて。お知り合いのベッピンさんに、落第スレスレと言われたのでは無かったかの? お若いの」
ニコニコ笑いながら、結構キビシぃ事を言ってくださいますね。老師。
でも、そんな事じゃ俺は落ち込んだりは、もうしない。
「一緒に生きていくって決めたんだ」
誰にも聞き取れないくらいの、ささやかな呟き。
思いは伝えた。受け入れてもらえた。なら後は実現するまで。これは誓いだって、自分自身に刻み込む。
「もっと強くならなきゃ、いけないんですよ、俺」
「焦る必要などなかろう? 良うなってきておるよ、お若いの」
それは、嬉しいけど。
お姉さん、じゃなくて栄美さんと釣り合うくらいに。この1500番宇宙のトップエージェントに追いつけるように。
俺は成長しなくちゃ。
「おや、お客さんのようじゃの。お若いの」
老師の言葉に振り向いた俺の前に、トレンチコート姿の恩人が立っていた。
「ビューレットさん? どうしてここに?」
ちょい間抜けな顔と声だったかな? 俺。
そんな俺の方へ歩いてくる髭面の、実は潜入捜査専門の刑事さん、いや警部さん……だったかな?
ちょうど良かった、話がしたかったんだ。
「儂は茶でも飲みに行くとするかの。後で呼びに来ておくれな、お若いの」
「あ、はい。老師、あの修業中に、すいません」
そう言って頭を下げる俺に、気にせんで良いと告げて、飄々と小柄なお爺ちゃんは去っていった。
「邪魔をしてしまったな、申し訳ない」
「そんな事、老師も気にしなくてイイって言ってくれましたし」
それよりも、俺は聞きたい事が山ほど有る。
「ここへは、礼を言いに来た」
先に切り出したのはビューレットさんの方、さっきの俺の質問に答えてくれた。
「私の救出にジレーザが関与していたなら、プリンセスに頭を下げねばならないからな」
なるほど、大人だね、流石。
「散々、嫌味を言われたが」
年齢を重ねた渋い低音ヴォイスでそう言って、ビューレットさんは笑った。
そりゃね、ギロチン・プリンセスなんて口にしちゃったら、仕方ないですよ。
「さて、私に聞きたい事がある。そういう表情をしているな、少年」
そう、その通りです。流石、判ってらっしゃる。
「あの、セブンス・ドアって言われてたロボットの事です」
より正確に言えば、あの時に交わしてた約束の事。
「それは2177番宇宙からの、侵略戦争の事かね?」
「いえ、それを止める為に2177番宇宙に行くって」
「そうだな、その為にはセブンス・ドアを開放しなければならない。それが戦争を止める為の絶対条件だと、私は思う」
そうなんだ、やっぱり。
「その為に、行くんですね」
髭面の、我が命の恩人は無言で頷いた。
「困難なミッションになる事は覚悟しているが」
「俺も、連れて行ってください」
ビューレットさんの目が見開かれる、かなり驚かれたらしい。
「今、言ったばかりだが。困難な……」
「判ってるつもりです!」
相手の話を遮るなんて趣味じゃないけど、つい俺は叫んでしまっていた。
「これが有れば、付いていけると思います」
銀八さんから預かった、あのボタン付きの金属の棒を突き出す。
「あの装甲服かね。少しは役に立つだろうが……いや、セーター替わりにしか」
セ、セーター替わり? そんな物でしか無いのか、この装甲服が?
「セブンス・ドアの待つ2177番宇宙は別名、機械化宇宙と呼ばれている」
機械化宇宙って……あのカニ・ロボの事を考えれば、確かに。
「生身の人間が行って、どこまで立ち向かえるか。実は私にも判らない」
ビューレットさんでも、そんな感じなのか。それでも、俺は……
「必ず、救いに行く。そう言ってましたよね? ビューレットさん」
「それは私の誓いだ。君には関係無いはずだが?」
「でも、あの時に俺、決めたんです。いや、誓ったんです。俺も」
あのカニ・ロボの中の人に、もう一度会いたいって、あの時に思ったんだ。
街を守る為に自分を犠牲にしてくれたカニ・ロボ、じゃなくてセブンス・ドアの為に、俺も一緒に行こうって。
「連れて行ってください。一緒に」
やれやれ。そう言いたげに髭面ガンマンさんは首を振る。
「プリンセスの言った通りだな」
「え?」
「スタリーチナヤ、様が言っていた。君は必ず、2177番宇宙への同行を希望するはずだとね」
姫君様が?
「ジレーザのメンバーが言っていたそうだ。少年、君の言動が全ての起点になるのだ、と」
何ですか? それは。
「君は巻き込まれ型だと、皆に言われているそうだな?」
「あ~。確かに」
棗のオッサンや銀八さんに言われてるよね、いつもいつも。
だが。ビューレットさんは、そう続けた。
「本当は君が先陣を切って、真っ先に突っ込んで行くのだ、様々な出来事に向かって。巻き込まれるのは、実は周りに居る者達の方なのだ、と」
あれ? いつの間にかガンマンさんは笑っている。濃ゆい髭面で。
「君を中心に不思議と何かが動き出すのだ、と。奇跡も起きるかも知れない、と」
そう語ったのは別の者らしいが。ビューレットさんは、そう締めくくった。
「もし申し出が有れば、必ず君を同行させるように。それがプリンセスの助言だった」
「ホントですか?」
「いや、あれは助言では無いな。命令だ」
トレンチコートのガンマンさんは笑いながら、そう口にする。
「危険な道程だが、できるだけ私が君を守る。共に来てくれ」
「もちろんです!」
差し伸べられた大きな手を、俺は力いっぱい握り締めた。
でも、この決断が俺の人生を大きく変える事になるなんて、この時は全く考えもしてなかったんだ。
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