計 ~王達の帰還~ その4 裏
「裏」は、主人公が紡いだ物語を、普段は脇役の人達から見た展開となります。言わば外伝。
同じ時間、同じ場所で起きた事件あるいは出来事を、主人公以外の人物の視点で今一度、描き直したり致します。
その時、彼女は、彼は、何を考え如何に思っていたのか? 新たな発見、認識のズレなどお楽しみ頂ければ幸いです。
又その為、通常は違う三人称形式となります。ご了承ください。
全てを話しながら、栄美は終わりが近い事を感じている。
自分の正体を知って、ほとんどの人間は去っていった。今度も同じ、そう思う。
「だから、これ見られた時に終わったって思った」
そう言って、彼女は胸ポケットから二つ折りのナイフを取り出して、自分の手の甲を切った。
血が流れる事など無い、今までと同じく。そこには淡く白く光る鱗が有った。
「私は君と違い過ぎるの。同じ時を並んで生きる事は出来ないんだな。だから……」
これでお別れ、そう告げようとした刹那。
男子高校生は彼女に切り返してきた、自分の思う所を。
意表を突かれ、更に内心を垣間見せてしまった栄美は、その後に続いた時保琢磨の言葉に耳を疑う。
「俺が居ます」
「え?」
「俺が、そりゃ栄美さんほど長生きできないけど、最後まで俺が、傍に居ます」
何をバカな。嘘を吐かないで、気休めなんて聞きたくない。
一瞬、怒りが己の眼から感情を消し去るのが判った。だが少年は真っ直ぐに自分を見詰めて続ける。
「ウソなんか言ってないです。本気で思ってます」
ここまで自分を曝け出したのに、この子は尚もこんなセリフを口にするなんて。光井栄美の心に揺らぎが生まれた。
「君の将来を奪う権利なんて……私には無いわ」
言葉とは裏腹に、奥底から渇望に近いものが沸き上がってくる。
ヒトリハ、イヤ。
「私の犠牲にならないで」
嘘だ。私が今、嘘を吐いている。その自覚が怒りを、頑なに別れを決めた心を、穏やかに鎮めた。
そして別のざわめきが、彼女の心を満たす。
ヒトリニ、ナリタクナイ。
「なりません、犠牲には。あなたとずっと……俺は生涯、ただ栄美さんと一緒に居たいだけなんです」
君ね、判ってないでしょ? それってプロポーズと同じだよ?
そう思った途端、心の最深部から聞こえる言葉が有った。
ヒトリニ、シナイデ。
本音だ、私の。
そう自覚すると共に、自身の目に感情が戻るのを感じた。同時に視界が揺らめく。木漏れ日の下、涙が溢れて止まらない。
「本気に、しちゃうよ」
大人をからかわないで。そう言おうとするより琢磨の方が早かった。
「信じてください」
なんて力強い声。栄美の方が気圧されてしまいそうな信念を持った男の声だった。
男子高校生がゆっくりと近付いて来る。逃げようなんて、もう思わなかった。
「俺と生きてください」
その言葉に栄美は、考えるより早く自分から少年に飛び付いていた。
「ばぁかぁ……」
なんて甘えた声を出すんだろう。自分で自分が恥ずかしくなる。それでも……いや、そんな事もう……
彼女には、どうでも良かった。
「はい、俺バカですから」
そう言う時保琢磨の胸に抱き締められながら、光井栄美は全てを洗い流すように、すすり泣いた。
そんな二人を、小牧神明社に隣接する駐車場から見守る4人が居た。
とは言え、女性1名を含むその姿を見る事はできない。
皆、肩から緑色の襷を掛けていた。
「この距離で、全く検知されないなんて……凄いですね。遮蔽装置と言う物は」
「全くだぁなぁ。覗き見し放題、これだけ声上げても聞こえやしねぇ。出歯亀野郎にゃピッタリだろうぜぇ」
「何ですか、棗さん。えらく機嫌が悪いですね」
棗と呼ばれた、この季節には少々暑苦しい革ジャンを着込んだ男は、蟷螂の顔のようなサングラスをかけ直して言う。
「ったくよぉ、いつの間にか大人になりゃあがって、ボウズのくせによぉ」
「あぁ、それで、ですか」
「ウルセぇよぉ、こぉのガス人間8号が」
そう言われたサマージャケットを涼しげに着こなす好青年は、軽く肩を竦めて何も言わない。
「オレ様んときゃ、もっとグダグダだったんだぜぇ。カッコ付けやがってボウズがよぉ」
「はいはい、判りました」
そう言いながらガス人間8号と呼ばれた青年は、少し離れた所に立つ男女の元へと歩んでいく。
「有難うございました。ビューレット氏」
「礼には及ばん。今回の件、私が囚われた為に起きた事だ」
棗より更に暑苦しいトレンチコートを身に纏った、髭面の中年を過ぎた風貌の男が、年齢に合った渋い低音で答える。
「結果オーライとは言え、丸く収まる以上になってくれた。鉄の姫君に感謝せねばならんだろうな」
「地獄の受付嬢に感謝かよぉ!」
棗と呼ばれた男が、嫌悪感を顕に叫んだ。
「イッタク君、壁に耳有り障子に目有り。気を付けた方が良いぞ」
「その通りですよ、棗さん。あの破壊力は見たでしょう、パルスレーザーの連射並みでした」
あの夜の光景を思い出したのだろう、蟷螂の顔のようなサングラスを掛けたまま、棗は悪寒を感じたように一瞬、震えた。
「あれを真面に受けたら、また粉々ですよ」
「縁起でも無ぇ事ぁ言うんじゃねぇぜ、銀八ぃ」
そんな二人を他所にビューレットは、部下である女性に声を掛ける。
「さて、これ以上は本当にただの覗きになってしまうな。行こうか、教頭先生」
だが、教頭先生と呼ばれたその場に居るただ一人の女性は、ハンカチを握り締め滂沱の涙を受け止めつつ動こうとはしない。
「お栄、良かった。本当に良かった……」
繰り返し呟きながら、彼女は溢れ出る感情に浸りきっていた。
流石にこのままでは不味いと判断し、トレンチコートの中年過ぎは本名を呼んだ。
「月紫君」
「は、はい! あ、班長。す、済みません……私」
「気持ちは判らんでも無いが、このままでは覗き魔になってしまう」
その単語に顔を赤らめ、彼女は無言で頷くと歩き出した上司の後を追った。
「班長?」
唐突に足を止め、振り返った髭面の男に月紫と呼ばれたアラサー女性が声を掛ける。
「いや、何でも無い」
視線の先の高級車を無視する形で、ビューレットは再び歩き出した。
そんな年長者の後ろを二人の、異世界の時保琢磨が付いて行く。
「今夜は美味ぇ酒が飲めそうだぁなぁ」
「高揚感満載ですね」
「たりめぇよぉ」
昼下がりの街を、誰にも見られる事の無い4人は歩み去っていった。
同時刻、小牧神明社を見下ろす小牧山に聳える城の前に陣取る一団が有った。
「妾に百計有り。見事、的中じゃ」
満足げに頷きながら、ドレス姿の金髪碧眼の女性はモニターを覗き込んでいた。
「否定。姫様の計は大雑把過ぎて使えない」
モニターを操作する、眠そうな半開きの目をした童女が即座に切り返す。
「何を申すかブゥディーリニク。妾の計は方向を示せば、それで良いのじゃ。後は当事者が動けば済む事よ」
「ふぉっふぉっふぉ。真、その通りじゃて」
姫様と呼ばれた女性の言葉を耳にし、後ろに立っていた小柄な老人が笑いながら言う。
「此度はお手数をお掛け致しました。道の剛虎王様」
振り向き畏まって、姫様と呼ばれた女性は嫋やかに会釈する。
「なんのなんの、あの子を友と呼んで下さる御方の願いならば当然じゃて。スタリーチナヤ様」
その後に、儂は王では無いがの。と付け加え、更に和やかな笑みと共に尋ねた。
「あの子の為ならば体も張りましょうぞ。とは言え、全身の経穴を同時に突かれたのは初めてじゃて。お鶴の指南ですかの?」
斜め上の青空へと視線を向け、姫君は広角を僅かに上げて、はて? とだけ答える。そんな彼女に信頼する側近が近付いてきた。
「姫様、そろそろ東京に戻りませんと」
「判っておる、ターシャをあのままには出来ぬ。長期入院も致し方なしじゃ」
ダンディー紳士に呼びかけられ、スタリーチナヤは答えた。が、モニターを再び凝視したまま動かない。
「気になられますか、あの車が」
「当然じゃな。ザボール、そなたもで有ろう?」
御意。そう答えるジレーザ第2席もまた童女の操るモニターに見入る。
小牧神明社で抱き合う男女の向こう、駐車場では無く車道上に停まったままの高級車。
それは時保琢磨と光井栄美が神社に向かう途中で擦れ違ったリムジンだった。
「意外。私はこちらの方が気になる」
「どう言う事だね、リュドミラ」
ザボールと呼ばれた紳士は童女に問い掛ける、それを姫君が笑い飛ばした。
「その空間の僅かな歪みは、ビューレットめが連れてきた者共で有ろうよ」
誰も居らぬ駐車場を指差して、ジレーザの主はまた笑う。
「遮蔽装置ですか、なるほど」
「無視。で良い?」
構わぬ。そう言うとスタリーチナヤは再び高級車に目を向けた。
「誰が乗っておるか、見えるか?」
「確認。……私の端末を持ってしても、見通せない」
で、あろうな。そう頷いて姫君は別の指示を出す。
「車自体の材質は調べられよう?」
了解と告げて、ジレーザ第12席は忙しげに視線を動かした。そして童女の眠たげな半開きの目が見開かれる。
「微量。されど……ペンドラゴニウムを検出。これは……1580番宇宙の」
「2177宇宙との決戦に備えて、自ら出てきおったか」
表情を引き締めてジレーザの主は言ったが、その直後に首を捻った。
「しかし、あの二人に何用か? あのアフォ毛王め、覗きが趣味とは……」
最後の単語を耳にして、小柄な老人が笑いながら告げる。
「その答えをお聞かせ致す事が、儂にはできそうじゃて」
ただし。好々爺の表情で道の頭首は、そう続けた。
「そろそろ撤収で御座ろうかの。これ以上は儂らとて、覗き魔になってしまいますでの」
その提案に異議を唱える者は、誰ひとり居なかった。
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