計 ~王達の帰還~ その4 表
メイ・ナード美術館を、俺達二人は後にした。あの絵さえ見れたら他は、ってのが俺の本音だけど。
とりあえず、泣き出した栄美さんを晒し者にはできないからね。
「でも、どこへ」
土地勘の全く無い俺に、彼女が教えてくれた。美術館の裏手に神社があるって。
「小牧……神明社か」
100メートルくらいの距離を二人は、何も言わずに歩いた。
途中、リムジンって言うんだっけ? トンでもなく高級な外車が、俺達の隣を通り過ぎて行ったりしたけど。
「名古屋って、お金持ち?」
そんな呟きを漏らしながら進むと、木々の間から覗く神社が見えてきた。
人気が無い。平日の午後だからね、ここならゆっくり話ができそう。
お姉さん、いや違う……栄美さん、は異世界でも超有名人な絵描きの娘で、しかも蛇みたいな鱗の有る人種だった。
そこまでは理解した、納得もした。
心は決まった、腹は据わった。これなら落ち着いて話を切り出せる。
そう思った矢先、ボソって感じで栄美さんが声を掛けてきた。
「少し、昔話に付き合ってくれるかな?」
どこか悲しげな彼女の声に、俺は思わず頷く。決心なんて遥か彼方に飛んでってしまったよ。
「この1500番宇宙に私が来たの、10歳になってなかったって、さっき言ったよね」
確認のセリフに、俺は無言で頷くしかない。
「その時ここは、戦国の世って言われてたかな。長篠の合戦の最中に来たんだ、私」
長篠の合戦って、織田信長が三千丁の鉄砲で武田騎馬隊をやっつけた、あの?
ドラマで何回見たか判らない……って今から何年前?
「それから色々な事が有ったな……で気付いたんだよね、私たぶん50年に一歳くらいしか歳を取らないんだって」
ご、50年に一歳って?
「冬眠するとね、更に歳を取らないの。君が見た通り鱗が有るからかな? そんな所、似てるの。この世界にも居るでしょ?」
確かに、蛇って冬眠するけど、でも。
「徳川の世が終わる頃、維新の時に16歳くらいじゃ無かったかな?」
今の俺と同じくらいか。
「ところで、私が葛飾北斎の娘だって言ったよね。覚えてる?」
「もちろん、さっき聞いたばっかだし」
そうね。って言って、栄美さんはこれまでに無いくらい悲しげに微笑んだ。
「でも、それは別の世界での事。ここにはここの葛飾栄が居たんだよ。当然だけど」
あの絵を描いた人の事だ。それくらいは俺でも判る。
「江戸の町で、父によく似た人を見つけて後を追って。そこにこの世界の私が居た」
その生涯を見届けた。彼女は静かにそう語った。
「その時に、思ったの。もし生まれた世界に居たままなら、私が描いていたんだって。私なんでここに居るんだろうって」
絶望して、自暴自棄になってボロボロになった。俯きながら、お姉さんは感情を押さえてそう言う。
俺の方が胸を締め付けられた。辛かったんだ、きっと。
ホントは自分が、自分の世界で成し遂げるはずだった事を目の前でされるのを見続けるなんて。
しかもそれは、この世界のもう一人の自分自身。
「光井の父に出会ったのは、そんな頃」
遠い目をする。思い出しているんだろう、その人を。
「光井財閥って知ってるかな?」
みついすみともヴィッツァカ~ドって歌が、子供だった俺の耳にも残ってる。有名なお金持ちだよね。
そう言ったら、微かに笑った。
「そうね、今は光井純友だね。その光井財閥に名を連ねる、って言っても端っこの方の人だったけど」
穏やかに栄美さんは続ける。
「ボロボロだった私を見つけて、世話をしてくれた。何の見返りも求めずに」
何だか、だんだん悲しげな声になってきた。ちょい心配。
「最初は、私と十歳も違わなかったのに。気が付いたら看取る事になってね。最後の願いが、光井の姓を継ぐようにって」
「養女に、なったんですか?」
今度は栄美さんが無言で頷いた。
「今は別の義父に引き取られてるけど、光井の姓を名乗ってる。始めて私を人間として扱ってくれた人だったから」
その後に、彼女は450年近く生きてると、ね。って寂しげに笑った。
「大概は、化物って呼ばれて終わり、さよならだけが人生ってね」
「そんな……」
「みんな、そんなものよ。自分とは違うものは受け入れられない」
君も、そうでしょ? 彼女の瞳がそう言ってる。俺は即座に首を横に振った。
「そんな事……」
でも、その後が言葉にならない。うまく伝えられないのが悔しい。
「だから、これ見られた時に終わったって思った」
そう言って彼女は、胸ポケットから取り出した二つ折りのナイフで、自分の手の甲を切った。
血は出ない、あの夜と同じく。そこには淡く白く光る鱗が有った。
「私は君と違い過ぎるの。同じ時を並んで生きる事は出来ないんだな。だから……」
お別れ。そう言おうとしてるんだなって、俺だって判る。だから……
「ずっと一人ぼっちだったんですね、450年近くも」
先にそう言った、やっと切り出せる。
「え? まぁ、そうね」
少し驚いたように、光井栄美さんは俺を見て頷いた。
「これからも、そのつもりなんですか?」
「だって、仕方ないじゃない……」
寂しげに俯く彼女に俺は近付く、ホントは抱き締めて告げたいけど。
「俺が居ます」
「え?」
「俺が、そりゃ栄美さんほど長生きできないけど、最後まで俺が、傍に居ます」
言えた、ずっと考えてた事、言いたかった事を。
「さっき言ったじゃないですか。光井の父を看取ったって。お父さんと同じように、俺の最期の時は、栄美さんにって」
「何バカな事、言ってるの」
あ、瞳から感情が消えた。怒ってる。バカにされたって思った? それとも行き当たりばったりだって?
「ウソなんか言ってないです。本気で思ってます」
「君の将来を奪う権利なんて……私には無いわ」
奪うなんて、そんな事ないんだ。
「私の犠牲にならないで」
「なりません、犠牲には。あなたとずっと……俺は生涯、ただ栄美さんと一緒に居たいだけなんです」
言ってから気付いた。これってプロポーズじゃないのか?
彼女の目に感情が戻る、同時に揺らめく。涙が溢れて木漏れ日に煌く。
キレイだ。って見とれてしまいそうだ。
「本気に、しちゃうよ」
「信じてください」
今日一番の力強い声が出せた。そしてゆっくり栄美さんに近付く。
「俺と生きてください」
その言葉に彼女は、自分から俺に飛び付いてくれた。
「ばぁかぁ……」
「はい、俺バカですから」
そう言いながら、すすり泣く栄美さんを今度こそ俺は抱き締めたんだ。
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