計 ~王達の帰還~ その2 裏
「裏」は、主人公が紡いだ物語を、普段は脇役の人達から見た展開となります。言わば外伝。
同じ時間、同じ場所で起きた事件あるいは出来事を、主人公以外の人物の視点で今一度、描き直したり致します。
その時、彼女は、彼は、何を考え如何に思っていたのか? 新たな発見、認識のズレなどお楽しみ頂ければ幸いです。
又その為、通常は違う三人称形式となります。ご了承ください。
看護師の制服を着たその女性は窓辺に佇み、切なげな眼差しを外へと向けていた。
とある病院の中庭、老人と高校生が二人。場違いな中国拳法の練習に励んでいる。
「はぁ」
小さな溜め息が漏れた。
ふと、何かに気付いたように男子高校生が、周りを見渡す。彼女は反射的に身を隠した。
「そのような視線を向けられたなら、誰でも気付くで有ろうよ。あの小僧で無くともな」
凛々しいと言って良いほどに涼やかな声が、彼女の耳を打つ。
振り向いた視線の先に病院には、これまた場違いなドレス姿の金髪碧眼の外国人女性が立っていた。
「この世界では看護師と呼ぶのじゃな、看護婦では無く」
身を隠した彼女の隣に近付きながら、金髪女性は笑う。
「しかも桃色とは。白衣の天使は何処へ行ったものか」
「何か用?」
「別に。我が半身の見舞いに来ただけじゃ」
全身から姫君と呼ぶしか無いオーラを発散させ、細過ぎる腰のクビレに片手を添えて窓の外を見た。
「妾が、このように熱き視線を送って居ると言うに気付きもせぬとは。何と愚鈍で有ろうか、あの小僧め」
「あの子には無理よ、そう言うのは」
看護師の彼女は泣き出しそうな顔で、そう言う。
「勝ち誇るなら笑顔で申せ、光井栄美」
「フルネームは、やめてよね。スタリーチナヤ」
「そなたこそ、妾を二つ名で呼ぶのは止さぬか」
幾分、機嫌を損ねたかのようにスタリーチナヤと呼ばれた金髪女性は目尻を釣り上げた。
栄美は無言で肩を竦め、窓に背を向ける。
「先程のような視線を向けて居る暇が有るなら、会いに行けば良かろう。栄、いや応……」
「その名で呼ぶな」
静かな、感情を伴わぬ声が病院の廊下に木霊す。
「それもまた、偽り。気付かぬのか?」
「黙れ」
看護師の瞳から、全ての感情が消えた。
「喜怒哀楽。その内の怒のみ、そのようになるか。まこと面白いな、そなた」
笑いを含んだ姫君の声に自分が、からかわれている事に気付いて栄美は溜め息を付く。先ほどとは全く違う溜め息を。
「暇つぶしなら、他でやってよね」
「では、そう到そう。そなたも付き合う事になろうが、な」
そう言うとスタリーチナヤは背を向けて歩き出した、廊下の向こうで待つ中年のダンディーな紳士に向かって。
「ちょっと、今のは……」
問い掛ける栄美の声に、姫君は振り返る。そして笑みを消し、真顔で告げた。
「此度は、逃げるで無いぞ。栄」
警告に等しい言葉に、光井栄美は唇を噛んで立ち尽くすしか無かった。
そんな相手を顧みる事なく、ジレーザの主は有能な第2席を伴って、中庭へと歩を進めていく。
視線の先には今まさに、昇格試験のようなものを受けている男子高校生が居た。
「何と無様な套路で有ろうか」
やや呆れ気味に、ドレス姿の姫君は呟く。
「致し方有りますまい。習い始めてまだ、ひと月も経っておらぬとか」
ダンディー紳士のセリフに、金髪を揺らして彼女は笑う。
「それでも、あの小悪党に勝てた。まぐれでは無かったであろう?」
「確かに。筋が良い、では済みませぬな」
「鍛えがいが有りそうでは有るか」
そう言いつつ、病院の中庭に向かって二人は歩を進めて行く。
套路((とうろ)を終えた男子高校生を評する老人の後ろに、音も無く姫君は立った。
「いや、落第スレスレ。が、せいぜいで有ろうよ。小僧」
驚く高校生に見舞いの帰りで有る事を告げ、彼女は老人に興味を示す。
ベンチに座り込んだ小柄な老人の前に、優雅に回り込みスタリーチナヤは言葉を選んだ。
「お初に御目に掛かります。この1500番宇宙を仕切る三大組織が一つを束ねる御方」
「ほぉ、これはこれは。丁寧な御挨拶、痛み入る」
「私は……」
そっと片手を上げ、老人は彼女を制する。
「よう存じておりまするよ」
「では。少々、お時間を頂けますでしょうか?」
そう言われ老人は口調を変え、叫ぶ。
「お若いの。ここは自主練習じゃて。今一度、套路をしっかりのぉ」
高校生が離れていくのを待ち、姫君は会話を再開した。
「道が頭首、お願いが有って参りました」
「さて、何処の者が麗しき暗殺者をお頼み申しましたかのぉ。冥土の土産に教えて頂きたいものじゃて」
「誤解なさらぬよう。此度は左様な用件に有らず」
「はて? それ以外に、ジレーザ筆頭を動かすは如何なる理由で御座いましょうかの?」
老人は先程のような好々爺とは別人の表情で、金髪美女を見上げる。
「単に……その……我が、友の為」
瞬間、言い淀んで、それでもなお一気に言い切ってスタリーチナヤは頬を染めた。
それを見上げ老人は元の好々爺に戻る。
「あの不器用極まりない子を友と呼んでくださる方が出来ようとはのぉ、長生きはするもんじゃて」
「お命頂戴する事など御座いませぬが、お命を賭けて頂く事には成ろうかと存じます」
真顔で語る姫君に、老人は何度も頷いた。
「あの子の為ならば、それもまた良し」
「感謝致します、タオの王」
「王などでは無いでの、仮初の客じゃて」
笑う老人に向かい、ジレーザ筆頭は深々と頭を下げる。それを見てタオの王と呼ばれた人物は静かに目を閉じた。
姫君の金髪が、ゆっくりと広がっていき翼ある黄金龍を思わせ、老人の周りを囲む。
「では、御免」
呟くような小声と共に、スタリーチナヤの髪は針の如く、高校生が老師と呼ぶ小柄な老人の全身に突き立った。
白目を剥き呻きながら倒れる彼を見据える姫君の耳に、絶叫が飛び込む。
「老師!?」
駆け寄ろうとする少年を、振り向いた姫君様の視線が封じた。
動くな、小僧。その願いを込めて。
「誰か有る!」
凛々しいまでに涼やかな声が、病院の中庭に響き渡る。
「この御老体、容態が急変致した!」
スタリーチナヤの叫びを、廊下に隠れたまま動く事が出来なかった光井栄美は、否応なく聞かされた。
震える足を何度か叩き、彼女は立ち上がる。
「行かなきゃ、私の担当なんだから」
自身にとっても老師である人の呻き声も聞こえた。栄美は階段に向かって走り始める。
「誰か有る! 専任の者は!? 急がれよ! 時が惜しい!」
「言われなくても……」
そう呟きながら中庭のベンチを目指して走る自分を、金髪碧眼のドレス姿が見ている事に微かな苛立ちを覚えた。
「いつもいつも無茶ばっかり……」
だが、その声は急速に喉の奥へと引っ込んだ。自分を見詰めて立ち竦む少年に気付いて。
そこで栄美の足もまた止まってしまう。彼女を見据えていた姫君の叫びが木霊した。
「か弱き女性お一人か? 致し方なし! ザボール!」
主の声に応え、屈強な中年紳士が高校生の後ろから躍り出る。
「急ぎ御老体を運べ」
「御意」
呼んでおきながら看護師を無視し、スタリーチナヤは配下の者に老師を預けた。
それから、動けない光井栄美の方を向き、姫君は安堵したように笑う。
「これで安心じゃ。際どい賭けで有ったが、看護師としての勤めは忘れておらぬようじゃな。大義である」
そう言い残してジレーザの主は、第2席と老師の後を追った。
後に残されたのは、姫君に睨まれて動けなかった高校生と、駆け付けてきたのに拒否されてしまった看護師の女性の二人だけ。
天使が二人の間を通り過ぎる。
「お姉さん……」
沈黙に耐えられなくなった少年が、ぼそりと呟く。
逃げ出したい。
栄美の全身がそう語ってしまう。この高校生にとって、看護師姿であろうと自分を見間違えようはずも無い。
あの夜、変装した自分を見破って声を掛けてきた、この1500番宇宙の時保琢磨なら。
「栄美さん、俺の話を」
そう口にした途端、彼女は少年に背中を向ける。怖い、その思いから逃げる事は出来なかった。
だが、栄美は走り出す事は出来なかった。
悲しみに近い眼差しで自分を見詰める、友の姿に気付いたから。
「また逃げるか、ならば小僧は必要無かろう、な」
もう習慣になってしまった耳にセットしたままの多元宇宙間の翻訳機から、スタリーチナヤの通告が届く。
待って、今は……そう言うより早く、姫君が手にした弓に矢を番え引き絞るのが見えた。
正気? いや、本気で射つ気だ。
1500番宇宙のエージェントとして修羅場をくぐってきた彼女には判る。
珍しく、冷や汗が栄美の背を流れた。同時に背後から高校生の呼び掛けが。
「待って! 俺の話を……」
しかし彼は、最後まで言い終える事ができない。
廃墟の小学校で夜空を駆け抜けた甲高い笛を吹き鳴らすような音が今、病院の中庭に響き渡る。
「危ない!」
あの夜の爆発前と同じセリフを叫んで、光井栄美は押し倒す勢いで、その身を盾として少年を庇った。
地面が間近に見える。本当に押し倒してしまった。
この子、以外に胸板が分厚い、逞しいんだ。そんな事をぼんやり考える頭に、爆裂音が轟いた。
見上げた前方、少し離れた所に立っていた大木が幹を砕かれて倒れていく。
「無茶しないで! 当たったら、どう責任取るつもりだったの?!」
危険を度外視する姫君に、彼女は非難の言葉を叩き付けた。
「妾に出来る事は、ここまでじゃ。後は自身で何とかせよ。良いな?」
翻訳機からスタリーチナヤの笑いを含んだ囁きが流れる、ほぼ同時に自分の真下から本当に聞きたい声がした。
「お姉さん」
また、そう呼ぶの? いつまで。
そんな場違いな事が心に浮かんだが、彼女はそれで少年の無事を確認し、体を起こして離れようとする。
「逃げないで!」
叫ぶと同時に、男子高校生は光井栄美を抱き締めていた。より正確に言うなら、しがみついた。二度と離れない為に、必死で。
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