計 ~王達の帰還~ その2 表
あの廃墟の小学校爆破事件から、すでに4日目。ここは、いつもの外資系病院。
始めて名前を確認した。自由石工同盟総合病院って言うんだそうだよ。
「今日も頑張るの、お若いの」
「全て忘れて修行に打ち込む事じゃって、この前おっしゃってたじゃないですか」
「ほうほう、こんな時は。が、その前に付いとったはずじゃがの?」
え? そんな事で気付くんですか?
鋭すぎるでしょ、老師。そう言いたいけど、言ったら切り込んでくるよね、確実に。
「おや、沈黙かの? 余程の事が有ったみたいじゃのぉ」
う~ん。黙っててもお見通しですか、どうしようかな。
「まぁ確かにの、下手な考え休むに似たり。とも言うで、しっかり体を動かす事も大事じゃて」
あれ? いつものヤツは無しですか? あの、言うてみ、は?
「あれ?」
「どうかしたかの? お若いの」
いやいや、今なんだか視線を感じたような気が?
あの白い砂漠で感じたような強烈なヤツじゃないけど、なんだか悲しげな、って言うか切なげなってヤツ?
周りをキョトキョト見回す俺に、老師はこんな事を言ってくれた。
「それはそうとな、なかなか動きに切れが出てきておるよ、お若いの。良いもんじゃの、若いと言う事は。教えがいが有るて」
「え~。ホントですか、老師」
「老師は早いがの、まぁ教えるのが楽しゅうなってきたわぃ」
これは嬉しい。老師のおかげでピンモヒに勝てた。やっとの事って感じだったけど。
「早く次の技を教えてくださいよ」
「若いもんは性急じゃの。とは言え、そろそろ良いかも知れんの」
やったね。ずっと栄美さんと連絡取れなくて落ち込み続けてたから、これはテンション上がるよ。
「その前に、まずはこれまでの套路をキチンと見せて欲しいもんじゃの」
「あ、試験みたいなモンですか?」
「そう難しく考えんでも良いがの」
それでは、参ります。って事で俺は老師に教えてもらった型を通しでやってみた。
「ほむ、まぁ及第点じゃの」
「え~。厳しいなぁ」
「いや、落第スレスレ。が、せいぜいで有ろうよ。小僧」
俺の反応に笑い転げる老師の後ろから、凛々(りり)しいほどに涼やかな声が。
「スタリーチナヤ様!」
思わず叫んでしまった。どうして、ここに姫君様が?
にしても、内容が厳し過ぎると思うけど。
「我が半身の見舞いに来てみれば、病院で奇妙な事に精を出しておるものよ」
あぁ、そうだった。
姫君様の半分って、確かターシャって呼ばれてた社長秘書風の女の人。あのメッチャ美人の。
あ、もちろん姫君様の方が遥かに、なんだけど。
「これはまた、お美しい御方じゃの。お知り合いかの? お若いの」
老師、そんなトコだけお若いですね。姫君様の細すぎるウエストを見詰めてるトコが。
お顔見て言いましょうよ、ね。
「中々に興味深い。貴方の所作には我が師に共通する所が見受けられる」
「はて? 弟子の数など憶えておらぬ程に居りまするでのぉ」
「本人は、ミス・クレインと名乗っておったが」
姫君様のセリフに、老師はニコニコ笑って何度も頷いた。知ってる人みたいだ。
「ほむ、お鶴の知り合いかの。これは良き出会いじゃの」
小柄なお爺さんは、そう言うとベンチに座り込む。そんな老人の前に、ジレーザを束ねる御方は優雅に回り込む。
パリコレモデルよりセクシーな歩みで。
姫君様の影になって、老師の姿は俺から見えなくなっちゃった。ちょうど目の高さに、姫君様の腰か。何だか、ちょい羨ましいぞ。
って……老師、俺は?
「お若いの」
姫君様の背中越しに、ウハウハって感じのお爺ちゃんの声。若いね、ホント。
「ここは自主練習じゃて。今一度、套路をしっかりのぉ」
え~。放置ですか?
できれば俺も姫君様とお話を。ってイカンイカン、お姉さんの事で凹んでたからって、逃げちゃイカンよね。
でもスタリーチナヤ様を見ただけで、気分がハイテンション。それくらい姫君様は美しすぎるんだよ。
「仕方ないか……老師、貸しですよ、一つ」
そんな呟きと共に、俺は今までに習った動きを繰り返す。
少し離れて、二人に背中を向けて。まぁ、あんまり見たくは無いかな。
「動きにキレ、か」
マグレじゃない。
今後、ピンモヒと何度やっても必ず勝つ。それが俺の明確なスタートラインだ。
「その為なら、何度だって繰り返し……」
って最後まで口にできなかった。耳に飛び込んできた呻き声に、俺の頭は急旋回。
振り向いた俺の目に、倒れながら白目をむいて呻いてるお爺さんの姿が。
「老師!?」
駆け寄ろうとする俺を、振り向いた姫君様の視線が封じた。
その厳しい、それでいてナゼか切羽詰まった感じの瞳に、俺の足はピタリと止まってしまう。
「誰か有る!」
凛々(りり)しい御声が、病院の中庭に響き渡った。
「この御老体、容態が急変致した!」
病院の窓が幾つか、次々に開いて中から人が顔を出してくるのが見える。
「看護師は居られるか!? このままでは御老体の安否は保証できぬ!」
スタリーチナヤ様のよく通る御声に病院中が、ざわめき出したのが俺にも判った。
「誰か有る! 専任の者は!? 急がれよ! 時が惜しい!」
最後の一言と共に、ジレーザの主様は斜め上を向いていた顔を横に向ける。
姫君様の叫びに、中庭のベンチに向かって駆け寄ってくる人影に俺も気付いた。
真っ先に駆け付けて来た看護師の女の人を見て、俺は絶句してしまう。
「か弱き女性お一人か? 致し方なし! ザボール!」
「はっ!」
姫君様の呼びかけに応えて、俺の後ろから出てきたのは、もうお馴染みになったジレーザの第2席さん。
「急ぎ御老体を運べ」
「御意」
どこへ? なんて聞く事なく、サンボマスターは我が老師を抱えて走り出す。
「これで安心じゃ。際どい賭けで有ったが、看護師としての勤めは忘れておらぬようじゃな。大義である」
そう言い残して姫君様は、第2席と老師の後を追った。
残されたのは、姫君様に睨まれて動けなかった俺と、駆け付けてきたのに拒否られた看護師の女性の二人。
そのどちらもが、お互いの顔を見詰め合ったまま、硬直して動き出す事ができない。
「お姉さん……」
沈黙に耐えられなくなった俺が、そう呟く。
逃げ出したい。全身でそう語ってる看護師の女の人は、見間違えようも無い。
「栄美さん、俺の話を」
そう口にした途端、背中を向けられた。
「待って! 俺の話を……」
最後まで言い終える事ができなかった。
あの夜に聞いた、甲高い笛を吹き鳴らすような音が響き渡る。
「危ない!」
同じく、あの夜の爆発前に聞こえた女の人の声が、俺の耳に届く。
同時に俺は押し倒されて、気付けば地面に転倒したまま空を見上げていた。
直後に病院の中庭、つまりここに生えてた結構な大木が炸裂する。
「無茶しないで! 当たったら、どう責任取るつもりだったの?!」
俺の頭の上で、怒りを込めた非難の言葉が飛んでた。
ずっと会いたかった、光井栄美さんから。
「お姉さん」
また、そう呼んでしまった。そんな俺の無事を確認したのか、栄美さんが体を起こして離れようとする。
「逃げないで!」
叫ぶと同時に、俺は栄美さんを抱き締めていた。
いや、違うね。より正確に言うなら、しがみついたんだ。二度と離れない為に、思わず。
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