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計 ~王達の帰還~ その1 裏

「裏」は、主人公が紡いだ物語を、普段は脇役の人達から見た展開となります。


同じ時間、同じ場所で起きた事件あるいは出来事を、主人公以外の人物の視点で今一度、描き直したり致します。

その時、彼女は、彼は、何を考え如何に思っていたのか? 新たな発見、認識のズレなどお楽しみ頂ければ幸いです。


又その為、通常は違う三人称形式となります。ご了承ください。

 誰よりも大切なはず、そんな存在に背を向けて彼女は、全てを投げ出して走り去る。


 「馬鹿者! 逃げるな!」

 「五月蝿うるさい!」


 彼女の耳に付けられた翻訳機に、苛立ちを隠す事も無い罵声ばせいが浴びせられた。

 ここは旧台東区立下谷小学校。

 廃墟と化したそこで、今夜あるミッションが行われ事件にまで発展した。

 その後始末を任され一隊を率いてやって来た彼女、光井みつい栄美えいみは居るはずの無い少年と出会う。

 続いて起きた爆発騒ぎの後、彼女は誰にも知られたくない秘密を誰よりも知られたくない相手であるただの高校生、時保ときやす琢磨たくまに見られてしまった。


 「何が終わった、か!」


 逃げ去る彼女に、翻訳機の向こうの相手は容赦なく、厳しい言葉を浴びせかけ続ける。


 「偽りでしかつながって居なかった小僧と、今こそ全てをさらして向き合う時で有ろうが! 逃げるな! まこと、あの小僧を愛しておるなら!」


 的を射ていた。だから心に突き刺さる。


 「うるさい! うるさい! ウルサイ!」


 繰り返し涙声で叫びながら、お気に入りのパンプスさえ置き忘れて、彼女は裸足のまま現場から走り去った。

 どのくらい、あの廃墟の学校から離れたのか?

 無我夢中で走ってきた栄美は自分が今、何処に居るのか分からず立ち尽くす。

 そんな彼女の前に一台の高級車が近付き、静かに止まった。


 「乗れ、送ろう」


 ドアが開き、先ほど翻訳機の向こうで彼女を罵倒ばとうし続けた相手が声を掛ける。


 「スタリーチナヤ……」


 躊躇ちゅうちょする栄美に、今度はドライバーが窓を開けて話し掛けた。


 「どうか、お乗りください。我が主の不始末、我らジレーザ全員にてお詫び申し上げまする」

 「わらわの不始末とは何じゃ、ザボール。聞き捨てならぬ」


 機嫌を損ねた金髪の女性がドライバーに向かって問いかけるのを、後部座席に居た細身の男性がなだめる。


 「姫様、ここは第2席の申される通りに」

 「白燐の御方。早く乗って」


 童女としか見えぬ者の催促に、栄美は折れた。ゆっくりと後部座席に座る。

 そして手の平に顔を埋め二つ折りになると、長い溜め息の後、沈黙した。


 「出します」


 ドライバーを務める第2席の穏やかな声、しかし応じる声は無く、ただ重苦しい時間が過ぎる。

 最初に、それに耐えられなくなったのは意外にも、スタリーチナヤと呼ばれたドレス姿の金髪女性だった。


 「折角、わらわが用意を整えてやったというのに、逃げ出しおって」

 「姫様、それは……」


 スタリーチナヤよりも淡い金髪の青年の、翡翠ひすいのような瞳が厳しい非難を浮かべる。


 「身を呈して盾と成り、命を救ってやったのだ。あの小僧なら感謝どころでは無く、そなたの思いに答えように」


 更に言い募る姫君に、眠そうな半開きの目に嘆きに近い感情を込めて、先程の童女が言った。


 「僭越せんえつ。この世界で言う、お節介。姫様らしくない」

 「細かい、流せ」


 不機嫌そうにつぶやく姫君の耳に、くぐもった声が届く。


 「どうして……」

 「何?」

 「放っておいてくれないの……」


 嗚咽おえつでは無く、感情を伴わぬ栄美の静かな問いかけに、激しい怒りを感じ取りスタリーチナヤは眉間みけんしわを寄せた。


 「全て見せたでしょう、あの子は私ほど長く生きられない。私は、いつか重荷になる。今だけ、今の間柄で居られたら……」

 「まこと、それで良いのか」


 白蛇伝説の二つ名を持つ、この1500番宇宙のエージェントが漏らしたセリフを、姫君は断ち切る。


 「だって、仕方ないじゃない……」


 そう言うと、再び長い溜め息の後、彼女は沈黙した。その手の、指の間から音も無くしたたり落ちる物から、そっと姫君は目を逸らす。


 「不器用な所は、幼き日より変わりませぬな、姫様」


 それまで寡黙かもくで有り続けたドライバーが、穏やかに告げた。


 「距離の取り方に戸惑っておられる。初めての御友人なればいたしかたなき、と我らなら理解致しますが」

 「専横せんおう。そう思われても致し方ない」


 再び、半開きの目に非難を込めて童女が続く。流石に金髪の青年は何も言わなかった。


 「皆、好き勝手申すものよの」


 窓の外を眺めたまま、金髪の姫君は億劫おっくうそうに口を開く。


 「やり方が悪かった事は、認める。されどわらわの言葉に間違いは無い、断言できる」

 「姫様……」

 「意固地」


 いさめるような青年の声と、止めを刺すような童女の一言が交差する中、スタリーチナヤは続けた。


 「皆は、ジレーザはわらわの家族、ゆえに少しでも楽しい思いをして欲しい。幸せになって欲しい。そう願う」


 決して誰の顔を見る事も無く、姫君は更に続ける。


 「初めて赤の他人に、そう思える者ができた。それだけの事よ」

 「姫様……」

 「正直、此奴こやつうらやましくは有る。己が想いを伝える事のできる相手が居る、それだけで十分過ぎる程に、な」


 何時になく力ないセリフが、ジレーザの主の唇から漏れた。


 「二度と会う事は叶わぬ、思いを告げる事など永遠にできぬ。それに比べて何と幸せな事か、とな」


 それを耳にした栄美の瞳が、手の平の向こう側で大きく見開かれる。


 「わらわも、そなたに全てをさらした。ゆえに理解できよう?」


 告げて、急に姫君は口調を変える。


 「何やらきょうざめした、もうどうでも良いわ」


 不貞腐ふてくされたような表情で窓の外に目を向けたスタリーチナヤの手を、光井栄美は片手でつかんだ。

 その手を、姫君は振り払わなかった。


 「何か?」

 「怖いの……」


 未だ片手で顔を押さえたまま、白蛇伝説の異名を持つ美大生は、うめくようにつぶやく。


 「あの子に見られた…‥」

 「この、白きうろこを、な」


 自分の手を握る栄美の傷だらけの腕が、淡く白く光っているのを、姫君は穏やかに見詰めた。


 「どんな目で私を見るのか、どんな思いを私にいだいたのか。とても怖い……」


 声音こわねから心底そう思っている事を、その場に居るジレーザ全員が理解する。

 震え始めた1500番宇宙のエージェントの手を、ゆっくりと握り返してジレーザの主は、こう語った。


 「わらわとて、何時いつまでもここにとどままる訳には行かぬ。が、この地にる間は、そなたを見捨てはせぬ」


 その言葉に初めて、静かな嗚咽おえつが車内に流れた。

お読み頂きありがとうございました。


厳しい御批評・御感想、そして御指摘、お待ちしております。

(できますればブクマ、ポイントも)


今後とも宜しくお願い致します。

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