赤い絆と緑の襷 第24話 付記その2
付記はサイドストーリー。
主人公の行動とほぼ同じ時間に別の場所で別の登場人物達が織り成す物語で有ったり、主人公が紡ぎ出す本編へとつながって行く支流のような展開で有ったりします。
それは次章、更にその先へとつながる、誘う、この物語の外伝。章の最後に付け加え。
その為、通常とは違う三人称形式となります。ご了承ください。
ここ1500番宇宙の時保琢磨を含む混成部隊の、ビューレット氏救出作戦開始より数時間後。
「やってくれるわ」
スラックスと呼ぶには余りにも体に密着したスーツの上下を着こなし、この場に不似合いなワインレッドのパンプスを履いた女性は小さく呟いた。
廃墟を瓦礫に。まさに言葉通りだと思う。その後始末を押し付けられた。
彼女としては舌打ちしたい気分ではある。
「確かに人任せに出来ないけど……」
野次馬などが出没せぬように、都内でも有名な廃墟である旧台東区立下谷小学校周辺を封鎖し、報道規制も掛けさせた。
後は制圧されたテロリストどもを、次々に捕縛していくだけだ。
「配置完了致しました、フェロークラフト」
呼びかけてきた部下の方に彼女は振り向く。
目の下で切りそろえた前髪、その奥のミラーサングラスに隠され瞳は見えない。引き結んだ口元が開かれる事も無い。
「これより校舎内に潜伏している者を、全て逮捕致します」
フェロークラフト。そう呼ばれた女性は無言で頷いた。
そして、片手を上げて離れていく。後は任せるの合図だった。
また戻ってしまわれた。彼女の対応に、長く部下を勤めてきた佐川は残念な気分になっている。
「何が有ったんでしょうかね……」
ジレーザと共に戻ってきてから、彼女の様子が少し変だと感じては居たが。
まさか、この緊急出動で昨年秋のコンビニ惨殺事件捜査時と同じ変装をなさるとは。しかも、ほぼ無言で指揮している。
「はて、あの少年は?」
敬愛する上司に近付く、どう見ても高校生くらいの男子。
彼は今、間違いなく自分の上役を本名で呼んでいた。これが如何に重大であるか、佐川には判る。
その上司は振り向いて、彼と顔を見合わせてなお、一言も言葉を発しようとしない。
排除すべきか?
迷いながら、佐川は少年に近付いて行った。
一方、佐川から敬愛されている女性の方は、少年に呼びかけられた瞬間からパニック寸前だった。
「お姉さん! じゃなくて、栄美さん!」
聞き間違える事など無い。ここに居るはずの無い相手の声に、光井栄美は目を見開いて振り向く。
何で、ここに?
固く引き結んだ唇を割って出そうな、その一言を飲み込んで、部下にフェロークラフトと呼ばれた女性は目の前の高校生を凝視した。
「どうして、こんな所に?」
返事をもらえない事に焦れた少年が、再び問いかけてくる。
そこに信頼する部下が割って入った。
その高校生、自分にとっての保護対象である1500番宇宙の時保琢磨を、自分から遠ざける。
同時に彼女も少年に背を向け、自ら遠ざかった。
頬が熱い。心臓の鼓動が余りに早く、その音が内側から轟いてくる。
本当は今すぐに、全てを投げて逃げ出したい。もし今、口を開けば間違いなく上ずった声しか出てこないだろう。
何で、ここに。
先程と同じ疑問が沸いてくる。
栄美は今夜、ジレーザが救出作戦を決行する事は知っていた。だが作戦内容までは、まして参加メンバーまでは知らない。
必ず、そなたが陣頭指揮を取れ。電話の向こうでスタリーチナヤは言った。まさか?
引っかかるものを感じ、今夜は以前使っていた変装に手を伸ばした。正解だった。
「何の嫌がらせ……」
誰の耳にも入らない、小さな呟きが引き結んだ唇を割る。この作戦に時保琢磨が参加している事を知っていて自分を呼んだ事に、今更ながら栄美は気付いた。
あいつ、許さない。そう思った刹那、聞いた事の有るようなダミ声が深夜の校庭に響き渡る。
「でめぇら! 全員、ぶっ飛ばじてやるずぇえ!」
声の方を向く彼女の視線の先に、顎を砕いてやったテロリストと、それを呆然と見詰めている高校生の姿が有った。
名も忘れたモヒカン頭が手にした物を押すのが見える。
直後に別棟の建物が発光し、爆発で内部から膨れ上がり、壁に亀裂が走るのが目に飛び込んでくる。しかし少年は動かない。
いや、動けないのだ。
そう認識するより早く、フェロークラフトこと光井栄美はパンプスを脱ぎ捨て、駆け出していた。
「危ない!」
叫びも気付くより先に出ていた。だが壮絶な爆発音に、高校生は目を閉じてしまう。
考えるより早く、彼女は時保琢磨の前に立っていた。その身を盾と化す為に。
「哈っ!」
爆発と共に、硝子の破片や瓦礫が飛来するのを、白蛇伝説の二つ名を持つエージェントは尽く打ち払い叩き落とす。
無我夢中で、彼女自身は傷だらけになりながらも、少年を守り続けた。
「お姉さん……」
気付けば爆風は止み、後ろから声を掛けられる。その無事な姿が見たい、心の奥から湧き上がる欲求を抑えきれず彼女は振り向いた。
カツラが、ずり落ちるのも構わず。
「傷が……」
私の事は良いから、君は。そう言葉が出る前に、少年の驚きの表情と共にその言葉が光井栄美の耳を貫いた。
「う、鱗?」
心臓を鷲掴みにされる、それは今この瞬間を言うのだろう。恐怖が彼女の目を見開かせ、反射的に高校生に背を向けた。
「ま、待って。俺の話を……」
聞ける訳、無いじゃない。そう言いたいのに、唇を割って出た言葉は違う。
「終わった……」
誰にも聞こえない呟きを残して、彼女は本当に全てを投げ捨て裸足のまま走り出した。
皮下硬燐化現象。
かつて自分の特性に、この1500番宇宙の者達が付けた。その姿を一番見られたくない人に見られた。
「栄美さん!」
誰よりも大切なはずの人の絶叫が木霊す。
後ろ髪引かれる思いを、彼女は久しぶりに感じた。と同時に更なる恐怖が心を蝕む。
今、彼はどんな思いで自分の名を叫んだのか。どんな表情で、眼差しで、走り去る自分を見ているのか。
「何で、こんな事に……」
絶望が精神を黒く染めていく。
そんな光井栄美の耳に付けられた翻訳機に、苛立ちを隠す事も無く罵声が叩き付けられた。
「馬鹿者! 逃げるな!」
「五月蝿い!」
煩い! うるさい! ウルサイ!
涙声で叫びながら、お気に入りのパンプスさえ置き忘れて彼女は現場から走り去る。
「何が終わった、か!」
翻訳機の向こうの相手は容赦なく、言葉を浴びせかけ続けた。
「偽りでしか繋がって居なかった小僧と、今こそ全てを晒して向き合う時で有ろうが! 逃げるな! まこと、あの小僧を愛しておるなら!」
第六章 了
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