赤い絆と緑の襷 第22話
こんな、俺と同じくらいの大きさのロボットのエンジンで、この辺り一帯が消滅?
「と、止める方法は?」
「済まない、少年。それは今の私では、できないんだよ」
申し訳なさそうに言うカニ・ロボに同情しそうだけど、流石に都会のど真ん中って感じのここで爆発は困るよ。
「何とか、ならないんでしょうか?」
ビューレットさんの横顔を見つめて、俺は囁くような声で言った。
「済まない、セブンス・ドア」
「当然の選択だよ。ファーター」
髭面に苦悶の表情を浮かべて、我が恩人はカニ・ロボを立たせる。そして、あのどデカイ拳銃を向けた。
「私の外部入力用端末すら、この筺体の中には無いからね。爆発する前に筐体ごとエンジンを素粒子分解すればいい」
ビューレットさんは弾倉に、少し色の違う弾丸を込めていく。それから何だか悲しそうに見える眼差しを、取り出したサングラスで隠した。
「少年、目を閉じていたまえ。少々、派手に光るから。いや……その装甲服なら光度調節は自動か」
俺にそう言うと、あのどデカイ拳銃を軽々と肩の高さまで上げる。
「お前にもらったこの銃で、お前を撃つ事になるとはな」
「悲しむ必要はないよ。ファーター」
カニ・ロボの声はとても明るい。だから俺まで何だかとても悲しくなったんだ。
「私の外部入力用端末は、この建物の中にさえ無い。そしてここも2177宇宙の出島とは言えないんだよ。転送したデータの中にその場所も示した。まずそこへ来て欲しいね」
「それはこの世界、1500番宇宙の治安維持組織に任せるさ」
「そうだね。それが正しいよ。きっと」
お別れが来た。カニ・ロボの胸のあたりから妙な音が出始めてるのが俺にも判る。
サングラスを外さず、レイヤーなガンマンさんは構えた銃の撃鉄を起こした。
「必ず本体を開放してやる」
「待っているよ。ファーター」
「あぁ、期待して待っていろ」
そう言うと、ビューレットさんは静かに握り締めるように引き金を引いたんだ。
発射された弾を受け止めて、そこから一気にカニ・ロボは光の珠へと変わっていく。
こんな自己犠牲な別れ方って無いよな。ちょい辛い。
「また、会えるかな?!」
俺も、このカニ・ロボの中の人にもう一度会いたいって気分になって、そう叫んでしまった。
次第に輪郭がボケて、舞い散る光の粒子と化していく中ロボは、さよならと言ってるみたいに手を振ってくれた。
「必ず、救いに行くぞ。セブンス・ドア」
最後の輝きを見送って、我が命の恩人は、自分自身に言い聞かせるかのように呟く。
その時は俺も行こう、一緒に。何だか誓いを立てたみたいに、装甲服を着たまま拳を握り締める。
そんな俺の耳に、年齢を重ねた渋い低音が割って入った。
「少年、待たせてしまった。今度こそ脱出しよう」
「あ、はい!」
ボロボロになった教室を一歩出て、燃え盛っていた火事が消えてる事に気付く。
「消火されているな、かなりの短時間で。気付かなかった」
ビューレットさんの声を聞きながら、俺は違う事に気を取られていた。
「居ない?」
確かに倒したはずのピンモヒの姿が無い。
「逃げたのか……」
まぁ殺したりなんかしてないし、気を失ってただけだから、それも有りかな。とは思うけど。
そんな事を考えながら、レイヤーなガンマンさんの後ろに付いて校庭に出た。
「警察が、こんなに?」
深夜の、廃墟の学校を取り囲むように、警官隊が。そして校庭にはパトカーに消防車が。
近くに警察署が有ったはずだし、夜中に銃声や爆発が有れば当然だよね。
サーチライトに照らされて、何時間か前とは全く違う明るさの中に校舎は建っていた。
「いや、あれは……」
言いかけて、ビューレットさんは口を閉ざした。
あれ? 俺に話せない事の一種ですか?
「そう言えば」
そんな呟きが、俺の口から漏れた。
これだけ警官隊や消防隊が居るのに、報道関係が全く居ない。カメラやアナウンサーがテレビ局の数だけ居そうなのに。
よく見たら、野次馬だって居なかった。寺カフェ前の事件で、たった数発の銃声でも御近所さん達が集まって来てたのに。
周りが気になりだしてキョロキョロしてる俺の目に、校舎に突入していく警官隊が。その人達を指揮する、多分だけど女の人の姿が。
「え? あれって……まさか?」
その後ろ姿に、俺は見覚えがあったんだ。
スーツ姿のその女性に向かって駆け出そうとする俺に、後ろから呼びかける声が有った。
「おぉ! ボウズよぉ、やったじゃねぇかよぉ」
「無事でしたか、琢磨くん。良かった」
何事もなかったかのように、いつもの姿で異世界の俺、二人が校舎から出てくる。
あれだけの軍人崩れを、ホントに二人だけでやっつけちゃったのか?
「スゴイな、二人とも」
「今更、なぁに言ってやがんでぇ」
笑いながら棗のオッサンは、俺にヘッドロックをかけてくる。やっぱお宝ティンはんにかけられた方が嬉しいなぁ。
「この人数、凄いですね」
銀八さんが周りを見渡しながら、そう言う。
革ジャン男のヘッドロックを振りほどいて、俺は気付いた事をガス人間8号さんに言おうとする。
「でも変だよな、銀八っあん」
「何がです? 琢磨くん」
「いや、だってさ……」
どう説明しようか、ちょい迷う俺にビューレットさんが口を開いた。
「少年、あまり気を回さない事だ」
あ。やっぱ、俺が知らない方がイイって奴ですかね?
我が命の恩人を救出できたんだから、それで良しとすべきなんだろうか?
腑に落ちないって、こう言う事?
せっかく、やり遂げた満足感に浸ってたのにな。なんて思っていたら、複数のビューレットさんを呼ぶ声が。
「班長!」
ちょい年上な感じの女の人が、そう叫んで走ってくる。俺は、その人とすれ違いに走り出していた。
警官隊を指揮する女の人の後ろ姿が、どうしても気になって。
確かめたかったんだ、その魅力的すぎるお尻が、知ってる人のものなのか、を。
「お姉さん! じゃなくて、栄美さん!」
タイトなスーツ姿の女性が、俺の呼びかけに振り向く。
ショートカットの前髪を目の下で切りそろえてて更にミラーサングラス、これじゃ確認できない。
「どうして、こんな所に?」
俺は何とか話しかける努力をする、でも引き結んだ口元は一言も喋ってくれない。本当に栄美さんなのか?
「済みませんね、捜査の邪魔をしないで貰えますか?」
指揮官だと思う女性より遥かに年上の副官らしき男の人が、俺を彼女から遠ざけようとする。
「公務執行妨害になってしまいますんでね」
やんわりと、けっこう威圧的な事をそのおじさんは、俺の耳元で囁いた。
「君みたいな若い子を逮捕したりしたくは無いんですよ。判ってもらえるかな?」
そう言われている間に、あの女の人は遠ざかって行く。やっぱ違うのか。諦めに近いものが俺の首を縦に振らせる。
「早くここを立ち去ってくださいな。いいですね」
ダメ押しを喰らわせといて、副官らしき男も去って行く。それをただ見送る俺。
でも、納得できないのはナゼだろう。そんな事を考えていたら、聞き覚えのある声が深夜の校庭に響き渡ったんだ。
「でめぇら! 全員、ぶっ飛ばじてやるずぇえ!」
声の方を向く俺の視線の先に、校舎より少し低い別棟から出てきたピンモヒの姿が。
突き上げた右手に握られていた物にも、俺は見覚えが有った。秋葉原の事件の時、あれを取り合ったから。
「ぐだばれぇ!」
吠えると同時にピンモヒこと富末は、爆弾の起爆装置を押した。
瞬間、真っ暗だった別棟の建物の中がサーチライトの明かりよりも眩しく光る。そして内部から膨れ上がって壁に亀裂が入るのを、逃げる事もできずに俺は見ていた。
「危ない!」
聞き覚えのある女の人の声が俺の耳に飛び込んでくるのと、壮絶な爆発音に思わず目を閉じてしまったのと、どちらが早かったんだろう。
凄まじい爆風と瓦礫や破片が飛んでくるのが判る。でも直撃は無い、俺ってそんなに強運だったのか。
再び目を開いた時、俺の前にあのスーツ姿の女性の後頭部が見えた。もしかして爆発の間、俺の前に立っていてくれた?
「お姉さん……」
また、そう呼んでしまった俺の声に、指揮官らしき女性が振り向いた。
目が離せないでいる俺の前で、彼女の首が動きショートカットの髪がズレて落ちる。
「傷が……」
ミラーサングラスが割れて、瞳が覗いてる。
そのすぐ下、頬を真一文字に切り裂く傷が有った。その傷を確認しようと触る手も、スーツの腕も傷だらけだ。
「う、鱗?」
俺は思わず呟いていた。
栄美さんの顔の、そして手の傷からも一滴の血も出てはいない。傷口の下には、こんな夜でもハッキリ判るほど白く光る鱗が有った。
俺の一言に、お姉さんは目を見開き俺に背を向ける。
「ま、待って。俺の話を……」
最後まで言い終える事もできないまま、走り去る光井栄美さんの後ろ姿を見送るしかできない。
「栄美さん!」
星も見えない夜空に向かって俺は、誰よりも大切な人の名前を、ただ叫ぶ事しかできなかったんだ。
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