赤い絆と緑の襷 第21話
せぶんす・どあ?
最近、何とかドアって名前をよく耳にしてる気がするんだけど……
コイツもその仲間なのか?
「うわっ、何か出た!」
思わず俺は大声を上げてしまう。
頭無しロボとなった機械は、肩の辺りからカニの目みたいな物を突き出した。
それから、こっちに向かって歩いてくる。あれってセンサーって奴なんだろうな。
「本当に、セブンス・ドア、なのか?」
「本物だよ、ファーター」
「行方不明になったと調査報告を見た時は、これで終わったと思ったが……良かった」
中年過ぎの髭面が、とっても優しく和やかになった。
そんなビューレットさんの表情とは裏腹に、頭の無いロボットは、腰から斜めに倒れ込みそうになる。
頭が有ったら、ガックリ落ち込んでるように見えそうだ。
「辛うじて生存している。それだけだよ、ファーター」
何だか悲しげな口調だ、機械音とは思えないほどに。
「3年前だよ。久しぶりに私は多元宇宙の他の世界を見たいと思い、故郷を旅立ったんだよ」
「その直後に消息を絶ったと……」
「そう。私の護衛にと付いてきた者達が、私の命を狙ってきたんだよ。この1500番宇宙に着いた途端にね」
「裏切られた、と言う事か?」
「いや、最初から。だろうね……彼らは皆、トランペット君のSPだったからね」
とらんぺっと……君?
楽器みたいなのその名前に、俺は聞き覚えがあった。
「今度のアメリカ大統領選に強輪党から出馬するって言う、あの?」
俺の呟きに、頭無しロボが体を急旋回させて、こっちを向く。
「今更だがね、ファーター。この少年は、一体?」
「私を救出に来てくれた」
うわっ! メチャクチャ嬉しいです。ビューレットさん。
「この少年が? 何者なのかね」
「詳しくは言えないが、そうだな……この1500番宇宙の隠し玉。とでも言った所か」
えー! 俺が? そんな重要キャラみたいな話?
「とりあえず納得しよう。ファーターがそこまで言うなら」
頭が有ったら多分、何度も頷いてるような動きを見せてロボがそう言う。
「話が横道に逸れたね。私を処分しトランペット君は世界を手中に収めたようだ」
「だから侵略戦争など……」
え? 侵略戦争。何の話ですか、ビューレットさん。
俺の表情を見て、レイヤーなガンマンさんは自分が喋り過ぎた事に気付いたらしい。
「済まない、少年。隠していた事は謝る」
あ、いえ、そんな……って反応しかできない俺に、カニみたいになったロボが言う。
「世の中には、知らない方が良い事も有るよ、少年」
「言えない事の方が多いのは事実だ、本当に済まない」
でも、知らなきゃイキナリ戦争が始まって、俺達なんて……
家族も仲間も、お姉さんだって犠牲になってしまうんだ。
戦争なんて何時でも、平凡な日常を根こそぎ奪い去っていくもんだ。誰かにそう聞いた気がする。
「その通りだよ、君は正しい」
俺の呟きに頭の無いロボが、そう答えてくれた。
「だから、私はここに来た。奴がこのボディから離れた今が、唯一のチャンスだったよ」
「どう言う事だ、セブンス・ドア」
「この少年と同じ思いなんだよ、ファーター。私は、この無益な戦争を止めたい」
戦争を、止めたい? 思わず俺は聞き返していた。
「そう。私の故郷が、そこに住む無辜の民が、凶悪な侵略者に成り果てるなど耐えられないからね」
いやいや、侵略されるこっちの身にもなってよ。カニ型ロボ君。
「だが、どうやって」
ビューレットさんのセリフで、俺は現実に引き戻される。ホント、頭の無いロボ風情がどうやって?
「私の本体は、首都に有り機能を制限された、言わば封印状態にあるんだよ」
「破壊されては、いないのだな? セブンス・ドア」
「勿論。そんな事をすれば首都だけで無く世界が崩壊してしまうからね、あくまで封印だよ」
頭の無いロボは開いた胸のスピーカーから、説明を続けた。
「だからファーター、私を解放して欲しいんだよ。この戦争を止める為に」
「それは……2177番宇宙へ来い、そう言う事か?」
「困難な事は、十分に承知しているよ」
「だが、それしか無い、か。しかしな……余りにも情報不足だ。どこにお前が居るのかさえ我々には知りようも無い」
中年過ぎの髭面が苦渋に満ちたって感じになる。カニみたいなロボも本体は居ないのか、ここには。
って……2177番宇宙? さっきの何とか首席補佐官と同じトコ?
「大丈夫だ。私の外部入力用端末は、この1500番宇宙で健在だよ。だから今ここで、このボディから情報を提供できる」
「だが受け取る為の端末が無いぞ」
ビューレットさんが口にした端末、PCの事だよね、なら有る。
「ちょい待ってください。有ります!」
そう言って、俺は窓の側に置いてきたタブレットを取りに行く。
「これなら」
「それは?」
「ジレーザの第2席さんが貸してくれた物です」
ジレーザ? ってカニの目みたいなセンサーを激しく揺らせて、ロボが唸った。
「第2席、ザギトワ司法長官が来ているのか? 少年」
「はい。それに姫君様、じゃなくてスタリーチナヤ様も」
「あのギロチン・プリンセスまでも……しかも君は知り合いだと?」
驚愕って表情は、今のビューレットさんの事を言うんだろうな。
それにしても、かなり酷い事を口にしたよ、この人。棗のオッサンと同じくらい。
「大丈夫なのか、ファーター。ジレーザとは如何なる相手なのか……」
「おそらく。この少年が関わっているなら、大丈夫のはずだ」
レイヤーなガンマンさんが、太鼓判を押してくれた途端、真っ黒だったタブレットに光が灯る。
ならば、直ぐにデータを転送せよ。
「これは、催促が来ようとはな……」
「信じて良いものだろうか、ファーター」
戦争を止めたい、そは偽りであるか。
痛烈な一言が画面に並んだ。
「これは、覚悟を示せ。そう言われているのだ。セブンス・ドア」
「判った。ファーターが、そう言うのなら」
頭の無いロボはスピーカーの下あたりからケーブルを引き出して、ジレーザのタブレットに繋ぐ。
「こ、この転送速度は……私が開発した物?」
ジレーザを舐めてもらっては困る。と言いたいが。これは確かに2177宇宙の技術。
「貪欲に他の技術を取り入れるか。お見それした、そう言うべきなのだろうな。スタリーチナヤ様」
その程度で姫様への無礼は帳消しにはせぬ。
ビューレットさんの言葉に、そう返事が。あぁ、やっぱりタブレットの相手は姫君様じゃないのか。
転送終了。速やかに脱出せよ。
「君は、まさか……あの時の?」
カニみたいなロボが、人間みたいな震える声でそう言った。そしたらタブレットに、こう帰ってきたんだ。
私自身は貴方を覚えていない。ただ我が主が恐らくと。故に私は今日も生きている。感謝している。貴方に。
「良かった。君が生きていてくれて」
カニ・ロボは、まるで涙声みたいな感じで言う。何だか訳有りみたいだな、って俺の疑問をビューレットさんが代弁してくれた。
「ジレーザに知り合いが居たのか?」
「それは判らない、が……15年くらい前の話だよ、ファーター。私が1221番宇宙に出かけた時の事だ」
「やっと日時まで言わなくなったな、セブンス・ドア。しかしお前にとっては一瞬では無いのか?」
15年が一瞬って、どう言う時間の流れなんだ? このカニ・ロボの世界は。
「それはそうだが。ともかく15年前、医師として出向いた先でバスの爆破事故に遭遇してね」
昔話をする人間みたいな感じで話し出したよ。何だかロボって感じじゃない、さっきの補佐官とかもだけど。
「隣り合わせていた童女を、その時の私の持っていた技術の全てを動員して救ったんだよ。ファーター」
「だからか、先ほどの……」
「嬉しくてね、生きていてくれた事が。そう言えば、その子を救う事を決めたきっかけになった少女は、どうなったろうか?」
タブレットに向かってカニ・ロボは問いかけたけど、今度は返事は無かった。
「自分のせいで誰かが死ぬのは嫌だと。自分はその全てを投げ打っても良いから、医者で有るならその子を救ってくれと言われてね」
限りなく力強い眼差しの、とても美しい金髪の少女だった。カニ・ロボはそう締めくくったんだ。
……って、15年前、金髪の美しい少女? じゃあ今は……まさか?
無駄口を叩いておらず早く脱出せよ。そう我が主はおっしゃっておられる。
わ、姫君様のお叱りが。
「確かに。昔話が長すぎたね、行こう……うっ」
突然、胸を押さえてカニ・ロボは膝から崩れる。ビューレットさんに助け起こされたロボは、とんでもない事を口にした。
「まだ、この筺体が動いている事に本国が気付いたらしいよ。ファーター」
「大丈夫か、セブンス・ドア」
「奴ら、エンジンを暴走させるつもりだよ。この辺り一帯が消滅してしまう」
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