赤い絆と緑の襷 第20話
廃墟の教室。しかも夜中、気味が悪い事この上ない。
そんな時にタブレットが鳴ったら、思わず飛び上がってしまうのも、無理ないよね。
ついでに言うと俺、上半身裸なんだ、今。
先ほど渡された物を見せよ。
画面には、そう文字が。銀八さんに渡された物の事か?
俺は銀色の万年筆くらいの大きさの、ボタン付きの金属の棒をタブレットの前に掲げた。
まず遮蔽装置を解除せよ。
しゃへいそうち……って何?
俺は、かなり間抜けた表情を晒したのだろう。タブレットに文字が並ぶ。
遮蔽装置を身に付けたままでは、それがお前を認識できない。
「どうすればイイんだよ」
呟きを聞かれたのか、文字が続く。
緑の襷を脱げ。
「あ! これが、なんとか装置?」
何の事だか判らないまま。指示通りに襷をはずしてGパンのポケットにねじ込む。それを確認されて更なる指示が来た。
「え? あのサーフボードに乗って窓から飛び出せ?」
校舎の反対側に大規模攻撃を仕掛ける。敵が離れると同時に、救出の為に突入すべし。
いやいや、俺サーフィンなんてやった事無いし。なんて言ってられないんだよな。
そう思ってたら、画面に次の指示が来た。
1階の窓を突き破って突入する事になる。その瞬間に貰い物を使え。
この指示を送ってくれてる相手も、きっとジレーザの人なんだろう。でも銀八さんから渡された物が何か、正確に判ってるなんて。
どんな人なんだろう。
幸運を祈る。
定型文ってヤツだけど今は、ちょい嬉しい。
「ビューレットさん救出の為なら」
そう言いつつ窓を開けた。校庭の向こうに真っ暗な、向かいの台東区区役所がそびえ立つのが見える。
左手に金属棒を握り締め、ファン付きサーフボードとタブレットを胸に抱き、俺は窓枠に足をかけた。
同時に校舎の反対側で、これまでに無いドデカい爆発音が、そして凄まじい振動が伝わって来る。
命の恩人は必ず助け出す。腹は、くくった。
「行くしか、無い!」
俺の声に反応したのか、サーフボードが浮き上がる。しがみついたまま俺は窓枠を蹴って空へ。
「ってイキナリ?」
さっき棗のオッサンが廊下で使った時は、ゆっくりと進んでたじゃないか。今はバイク並みの速度で急上昇中。
「屋上が……」
防衛戦を展開中のジレーザのお二人が、拾ったマシンガンをぶっぱなしてるのが見えた。それも一瞬、サーフボードと共に俺は夜空でUターンして、今度は斜めに急降下。
目の前に、ビューレットさんが捕われている1階の教室の窓が迫る。俺は思いっきり金属棒のボタンを押した。
壮絶な重力波と一緒に、世界は一変する。
「行っけぇ!」
多元宇宙の同一人物、異世界の俺二人と初めて出会った秋雨の夜。あの時と同じ姿になって俺は叫んだ。
サーフボードごと1階の窓を突き破り、教室に転がり込んだ俺の目に飛び込んできたのは、真っ赤に燃える炎。
「反対側の爆発、こんなに凄かったんだ」
その炎に照らされて、イスに座った人のシルエットが見えた。
「ビューレットさん!」
俺の呼びかけに、うなだれていた髭面が動く。間違いない。
俺はタブレットをその場に置いて、金営さんから贈られた小さな注射器を取り出して駆け出した。
イスを倒しそうな勢いで、ビューレットさんにぶち当たる。届いた、そう思った刹那。
「でめぇ!」
火事に気を取られていたピンモヒが、俺に気付いた。
「何やっでやがる!」
奴が手にしたマシンガンの銃口が、俺達の方を向く前に俺は、今度はピンモヒこと富末に向かって走り出す。
もう一度、全身全霊の体当たり。今度は銀八さんの世界の装甲服を着てるんだ、絶対ぶっ飛ばす。
「え?」
小さな声が、口から飛び出す。俺は爆発が生んだ炎を前に急ブレーキをかけていた。
すり抜けていたんだ、ピンモヒを。
振り向いて、もう一度走り出そうとした俺に、マシンガンの銃弾が降り注ぐ。
「ばがが、でめぇ。怪じげな格好じやがっで。避げるに決まっでんだろが!」
そう叫びながら、奴は更に引き金を引く。
宇宙刑事みたいな装甲服を着てた俺は、死にはしないけど、銃弾の嵐に踊り狂わされて倒れた。
「差じ詰め、野郎を取り返じに来やがっだんだろうが……」
燃え盛る炎を背に廊下に転がった俺を見下し、ピンモヒはイスに縛られたシルエットに、銃口を向ける。
「生かじで連れで来いっで話だっだがなぁ」
引き金を引きながら、ヤツは笑った。
「取り戻ざれちゃ困るんだぜ、なら、ごうなるよなぁ」
俺が食らったのと同じ、マシンガンの銃弾が未だ動けない縛られたままの、ビューレットさんに降り注ぐ。
「そんな……」
「助けに来だんだろうが、ご苦労だっだなぁ。全で無駄になっだがよ」
その時、聞き覚えのある年齢を重ねた渋い低音ヴォイスが、もうもうと埃の舞い上がる廃墟の教室に響いたんだ。
「確かに無駄になったな。大量の銃弾が」
未だ埃が舞い散る中、見覚えのあるトレンチコート姿のシルエットが、イスから立ち上がるのが見えた。
「ば、ばがな……」
呆然としてるピンモヒを見上げ、その隙だらけの足首に俺は水平に蹴りを放つ。
毎度おなじみの汚らしい絶叫を上げて、異世界から来たテロリストは倒れ込んだ。
手放したマシンガンを、俺は立ち上がりながら真っ赤な炎に向かって蹴り飛ばす。
「ごの野郎!」
頭を振りながら俺に掴みかかってくる富末、勢いに乗って俺も前に出た。
今度こそ決める、一撃で沈めてやる。
伸びてくる軍人崩れの手を巻くように外へ流し、ガラ空きの脇腹に俺は装甲服の肘をブチ込む。
悲鳴すら上げる事なく、ピンモヒこと富末は気を失って廃墟の廊下に崩れ落ちた。
「見事だ、少年」
ポンポンポンって拍手が聞こえて、渋い低音が教室内に響く。
あれ? 俺は装甲服を着てる、素顔は晒してないのに?
「何で、俺だって……」
「最初の呼び掛けで気付いた。君の声だとね。しかし無茶をする。ここに単身飛び込んできたのかね?」
流石にそれは無理です。そう答えると、ビューレットさんは笑った。
「なるほど、あの時の三人組と言う訳か」
「あ、いえ。本当はジレーザの方々が、救出に来るはずだったんですが……」
ティンはんと俺が、台無しにしちゃったんだよね。言えないけど。
「ジレーザ? あの、ジレーザかね?」
驚いた。ビューレットさんはまず、そう言ってから続けた。
「あのジレーザとも繋がりが有ろうとは、全く驚かされるな。少年、君には何時も」
そして燃え盛る校舎を見て、あれもジレーザの仕業か。と呟く。
流石に、貴方の奥様のご依頼なんですよ。とは言えず、俺は別の話をした。
「それよりも、まず脱出しましょう。ビューレットさん」
「そうだな。だが、その前にやるべき事が有る。今しばらく、そのままで居た方が良いぞ。少年」
俺に向かってそう言うと、トレンチコートの髭面ガンマンさんは富末が投げ捨てた、自分の銃を拾う。
バカでかい拳銃を軽々と肩の高さまで持ち上げ、教室の後ろの方に向けた。
「狭い所に長居していたのだ、そろそろ出てきてはどうかね。黒幕」
未だ埃が舞い散る中、掃除用具入れのロッカーが音を立てて開く。
「私は黒幕では無いのですがね」
スピーカーから流れる声って感じ丸出し。
それも当然だった。ロッカーから出てきたのはピンモヒ・ロボに似た二足歩行の機械。
ただ違うのは、のっぺり顔で出刃包丁指なんかじゃなく、普通の手足で丸い頭部に大きなレンズの一つ目ロボって事だった。
「そうだな、今回の黒幕。それが正しいのだろう」
ビューレットさんの言葉に反応する事なく、廊下の方へ歩いていく。
何だろ? コイツ歩き方からして、ちょい偉そう?
火事になった側に倒れているピンモヒを見下ろして、一つ目ロボは大袈裟に肩をすくめてみせた。
「もう少し、役に立つかと思ったのですが。残念ですね」
「そんな奴しか寄越さない取引相手が、という事か」
「貴方、何者です? 一警官の分際で、核心を突いて来ますね」
一つ目ロボはスライドした太もも辺りから拳銃を出し、トレンチコートのガンマンさんに向ける。
「その軍人崩れのテロリストを始めとして、元海兵隊など自由に集められる者。特定は容易かった」
「へぇ、既に親玉の正体に辿り付いていると。そうおっしゃる?」
「証拠固めの為に、残っていた。少々、痛い目にあったが」
「生かして送り込み、貴方に全責任を負って頂き、同盟破棄の世論を盛り上げる予定だったのですがね」
赤い炎に照らされ、一つ目ロボとレイヤーなガンマンさんは互いの顔に向けて、拳銃を突き付け合う。
それは、まるでジョアン・フー監督のノアール映画のワンシーンみたいだった。
「そこまで御存知なら、生かしておけませんね」
機械の指が撃鉄を引く。
先に発射された弾が、髭面ガンマンさんの顔面に命中して、そのまま後頭部から飛び出していった。
「ビューレットさん!」
俺の叫びの後、轟音が廃墟の教室に鳴り響く。バカでかい銃から飛び出た弾丸は、一つ目ロボの巨大なレンズを撃ち抜く。
「ば、馬鹿な……」
そんな呟きを残して、一つ目ロボの丸い頭部が空いた穴から消えていく。
「焦る事も無かろう。どのみち、ここには居ない君が。2177宇宙のマイク・メドヴス首席補佐官」
「貴様、そこまで……」
もう一度、銃を撃とうして一つ目ロボは力尽きたように膝から崩れ落ちた。
俺の方に振り返ったガンマンさんの顔には、傷一つ付いては居ない。
透過させたんだな、敵の弾丸を。
「待たせた。さて、脱出しよう。少年」
「はい! ビューレ……えぇ!」
完全に頭部を失ったロボが今、再び立ち上がろうとしていた。
「まさか、ダブルブレイン型か」
そう言って、ビューレットさんはバカでかい拳銃を向ける。それに応じるようにロボの胸が開いた。
「待ってくれ、ファーター」
胸の部分に有ったスピーカーから、さっきと全く違う声が流れる。
「お前! セブンス・ドアか?」
俺の命の恩人の髭面ガンマンさんは銃を降ろして、そう叫んだんだ。
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