赤い絆と緑の襷 第19話
校舎内に飛び込んで、階段を下りて直ぐに俺達三人は敵と遭遇した。
「フンッ!」
あの白い砂漠で初めて見た、棗のオッサンの技。それが今、目の前で再現される。
何でも透過できるはずの1962番宇宙の住人、素粒子生命体って呼ばれている連中が気絶して、俺の足元に転がっていた。
「大八極、ですか。しかし人ならざる者の動きが見えますけど?」
「オレ様にゃ、こんくれぇが丁度イイんだよぉ」
「獣神の系譜、でしょうかね」
「なぁんでぇ、ちったぁ物を知ってんじゃぁねぇかよぉ。銀八ぃ」
じゅうしんのけいふ? クンフー初心者の俺じゃ判らないや。今度会えたら老師に聞いてみよう。
そんな事を考えていたら、タブレットが小さく鳴った。
「これは、ビューレット氏と……」
「ピンモヒだよ」
銀八さんに答える形で、俺はタブレットに映ったショッキングピンクのモヒカン頭を指差す。
「あ? 何で、コイツが居やがるんでぇ」
「判らない。確かオッサンが捕まえたんだよな? あの時」
「あ? あ、あぁ。たりめぇだろうがよぉ」
あれ? 今の反応、何か変だな。
「とりあえず、奴が今回も敵ですか。腐れ縁ですね」
まったくだよ。こんな奴に何度も会いたくないって。
「こん畜生がぁ、無抵抗のヤロウしか殴れねぇかよぉ」
オッサンが憤るとおり、ピンモヒは椅子に縛られたビューレットさんを殴っている。
俺も腹が立ってきたよ。
「おい、ヤベェんじゃ無ぇのか?」
カマキリの顔みたいなグラサンを外して、オッサンが画面を覗き込む。
ピンモヒがビューレットさんの、あの巨大な拳銃を握っていた。銃口は当然、持ち主に向けられてる。
でも、撃てないみたいだ。
銃口をビューレットさんに向けたり覗き込んだり、銃を振り回したり。挙句の果てに投げ捨ててしまった。
「どうやら、生体認証のような物が付いているんでしょうね、あの銃には」
「何でぇ、そいつぁ」
「ビューレット氏にしか使えないって事ですよ」
「はぁ? 鉄砲に、んなモンが付いてんのかよ。あのジジィの世界はトンデモねぇな」
呆れたように棗のオッサンは言う、俺は感心って言うか驚きで言葉も出てこないよ。
「いえ、他には1962番宇宙に存在しませんよ、そんな物は。あの銃は異質過ぎるんです」
「どう言う事? 銀八っあん」
「確かに、あそこの住人は素粒子生命体と言われるだけの事は有りますが……」
ガス人間8号さんは、右手で顎をつまみながら続けた。
「それでも物質を素粒子レベルまで分解する弾丸を打ち出す銃なんて、あれしか存在しないんですよ。先ほど屋上で撃ってきた弾丸は普通だったでしょう?」
確かに。海兵隊崩れの連中が撃ってきたのは普通の弾だった、ジレーザ第2席さんが盾で弾き返せるような。
「オーパーツなんです、あの銃は。調べれば調べるほどに」
多元宇宙の別の世界、で造られたって事?
そう問いかける前に、タブレットのモニターに文字が。
「この監禁場所を示す、急げ。ですか。指示が来ましたね」
銀八さんが読み上げるのと同時に、この校舎の見取り図が立体的に浮かび上がる。
「げぇ、1階かよぉ。えれぇ遠回りじゃぁねぇか?」
オッサン、あんたは正しいよ。
第2席さんから送られてきた作戦計画書では、俺達が校庭で騒ぎを起こして、その間にジレーザの方々が忍び込むはずだったんだ。
「俺とティンはんが屋上に飛ばなければ……」
こんな無駄な事には、ならなかったんだろうな。そう思うと気分が落ち込んでくるね。
「んなモン、仕方がねぇだろうがよ。済んじまった事ぁ、グダグダ言ったって始まりゃしねぇって」
「棗さんの言う通りですね。ともかく、この部屋までたどり着かなくては」
そうだ、落ち込んでる暇なんて無い。
「ボウズよぉ、オメェのTシャツ貸せやぁ」
言いながら俺の着てる物、剥ぎ取るなよ。オッサン。
俺から奪い取ったTシャツを、屋上から持ってきたあの、ファン付きサーフボードに引っ掛けてオッサンは笑う。
「コイツでよぉ、誘導してみっか」
「うまく行きますかね?」
懐疑的って感じで言う銀八さんに、革ジャン男は口をへの字にして、どこかのスイッチを入れた。
「やってみなくちゃよぉ、判んねぇだろうがよぉ」
微かな音を立てて、サーフボードが宙に浮く。それを教室が並ぶ廊下に向かってオッサンは押し出した。
「コイツ追っかけて行ってくれりゃぁ、無駄が省けるってぇモンだぁ」
無人の廊下をTシャツが通り過ぎて行く。
何事も起きない。俺はオッサンに一言、って感じで口を開いた。その瞬間、凄まじい銃声が。
「失敗でしたね」
「嬉しそうに言うんじゃぁ無ぇ」
サーフボードは俺のTシャツごと、一斉射撃を受けて粉々になって消えた。
同時に、マシンガンを手にしたマッチョな連中が、ぞろぞろと教室から出てくる。
「こちらの居場所を教えただけでしたね」
「あれ追いかけて行ってくれりゃぁ、楽に下を目指せたのによぉ」
仕方が無ぇ。そう言うとオッサンは海兵隊崩れどもを迎え撃つ。ってオッサン丸腰だろ? 銃持ってないじゃん。
「今の銃声で、下の階の連中も気付いたみたいですね」
確かに下の方も騒がしくなってきたよ。
「琢磨くん、これを渡しておきます」
銀八さんが手にしていたのは、初めて俺達三人が出会った、あの秋雨の晩に見た物と同じだった。
これのおかげで俺達、異世界の同一人物三人は、ひと組になってニセ総理と対決できたんだ。
「かなり調整してあります、今の君にピッタリのはずですよ。必要になったら使ってください」
俺の分まで用意してきてくれたなんて、やっぱり銀八さん頼りになるよ。ありがとう!
「どうやら登ってくるつもりですね、下の連中」
「そっちは任せるぜぇ、ガス人間8号さんよぉ」
「誰がガス人間8号ですか、全く。丸投げですか?」
ぼやきながらも銀八さんは腕や足の、以前リミッターって言ってた物を触ってる。
「これで準備完了です。では行きますか、琢磨くん」
そう言うと、銀八さんは下の階から聴こえてくる怒鳴り声の方を向いた。もうオッサンの方は見ない。
「二人で無くて大丈夫なのかな?」
「任せると、おっしゃったんです。3階は担当するつもりでしょう。下の階は私が何とかします」
俺が持ってるタブレットを指さしながら、ガス人間8号さんは笑った。確かに同一人物だよ、オッサンと同じ笑い顔だ。こっちは数十倍イケメンだけど。
「君は、その指示通りに動いてください。間違っても我々の助太刀なんか考えないように。良いですね」
はいはい。ホントに先生ぽくなってきたな、銀八さん。この1500番宇宙じゃ産休教師やってるらしいけど。
そんな事考えていたら、後ろでオッサンが叫ぶのが聞こえた。
「三千世界の理! 物理法則の全てにおいて、我はこの地に顕現す! 気は我に答えよ」
久々に聞いたな、お爺さん譲りのあの決めゼリフ。その直後にまた凄まじい銃声が続く。
思わず振り返った俺の目に、全ての弾丸がオッサンの前で止まってる光景が飛び込んできた。
「さっさと行けやぁ、お邪魔だぜぇ、ボウズよぉ」
憎まれ口って言うんだぞ、それ。心配無用って言いたいなら言葉選べよ、オッサン。
「ハッ!」
裂帛の気合ってヤツと共に、静止していた弾丸が撃った海兵隊崩れに向かって飛んでいく。直後に敵の絶叫が上がった。
確かに俺が居ても、って判ってしまうね。ちょい悔しい。
「充実感満載ですね、行きますよ。我々も」
何だかノリノリだぞ、今夜の銀八さん。
「今まで本当の意味でのリミッター解除は、できていませんでしたから。今日は少し暴れても良いと許可を得ています」
そう言うと、階段を駆け上がってきた敵に向かって、銀八さんは両手を広げた。
「それって……」
秋葉原での一戦で使ってた竹刀みたいな警棒、それを両手に持って振り回す。
ただ違うのは、今度は光ってて唸ってるって事。まさにブライトセイバーだよ、映画ストラトウォーズの。
「二天一流免許皆伝、いざ参る!」
オッサンが言いそうなセリフを口にして、ガス人間8号さんは登ってくる海兵隊崩れを薙ぎ倒して行く。
「くそ! 撃て!」
敵わないと見た敵はマシンガンを構えた。
「銀八っあん!」
叫ぶ俺の目の前で強烈な重力波が、思わず俺は顔を背けてしまう。
「な、何だ! こいつは?!」
屈強なはずの男どもの声に怯えの色が?
前を向き直した俺が見た物は、これまた秋葉原で天井を突き破って降りてきた装甲服。
「マル暴アーマー……」
「よく覚えてましたね、琢磨くん」
ゴツイ鎧を思わせる姿で銀八さんは、マシンガンの銃弾を物ともせずに手にしたブライトセイバーで、敵を次々に薙ぎ倒す。
「さぁ、行きなさい。そのタブレットの指示通りに」
拡声器から聞こえるような声が、俺の背中を押した。第2席さんから渡された緑の襷を肩から掛けて俺は走り出す。
「ガキは? 野郎どこへ行った!」
ホントに見えなくなったらしい。
消えた俺の姿を探す海兵隊崩れの横を、俺は走り抜ける。
銀八さんが振り回すセイバーの音と海兵隊の絶叫を背中で聞きつつ、タブレットに示された2階の教室に向かって。
「何で2階なんだよ」
そうは思うけど、それがジレーザの指示じゃ無視なんかできないし。
たどり着いた教室の引き戸を開けて、俺は中に飛び込んだ。
お読み頂きありがとうございました。
厳しい御批評・御感想、そして御指摘、お待ちしております。
(できますればブクマ、ポイントも)
今後とも宜しくお願い致します。




