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赤い絆と緑の襷 第18話 幕間その5

幕間はサイドストーリー。


主人公の行動とほぼ同じ時間に、別の場所で別の登場人物達が織り成す物語。あるいは同じストーリーを別の人物の視点から描いた物語。それは主人公が紡ぎ出す本編へとつながって行く支流のような展開。


その為、外伝と同じく通常とは違う三人称形式となります。ご了承ください。

 まもなく22時を回ろうとする金曜日の夜。

 ここ、台東区区役所の屋上で、彼女は暗く沈む廃墟を見下ろしていた。


 「あ~かいキズナと、みどりのタ・ス・キ」


 そんな彼女の後ろから、妙に音の外れた歌が流れてくる。


 「何じゃ、今のは? キンジャールの声であったように思うが」


 振り向きもせず、彼女は見知った相手に声をかけた。


 「正解。第8席のお見舞いに行った時に歌わせた物を録音した。この世界のCMソングの替え歌」

 「そなた、あ奴がお気に入りよな。ブゥディーリニク」

 「否定。そんな事を言うのは姫様だけ」


 姫様と呼ばれたドレス姿の金髪の女性は、ただ笑みを浮かべるだけで何も言わない。

 彼女は、その細過ぎるほどにクビレた腰に手を当て、再び廃墟を見下ろした。


 「さて、役者が揃ったようじゃの」


 旧台東区立下谷小学校の正門前に集った三人の男達の元へ今、最後の一人を彼女の部下二人が追い込んできていた。

 学校の屋上に届くかというジャンプの後、校門前に落ちていった相手を見据え、ドレス姿の女性は口を開く。


 「蛙女カエルオンナめ、流石に卵は所持しておらぬか」

 「当然。姫様にしては読みが甘い」

 「構わぬ。卵は、あの小僧に責任を持って返させる故」


 姫様と呼ばれた女性は冷淡な笑いと共に、振り返った。

 彼女の視線の先に、ラップトップコンピューターらしきものを眺める童女が居る。


 「甘甘。作戦開始も遅れてる」

 「ブゥディーリニクはからいな、細かい上に」


 童女は機嫌を損ねるでも無く、無表情にモニターを眺め続けた。


 「さて、いよいよ。か」


 全員が校庭に入ったのを確認し、姫様と呼ばれた女性は、作戦開始を待つ。

 しかし彼女の予想を覆す出来事が、隣に来た童女の叫びと共に起きた。


 「あっ!」

 「なんと……」

 「破綻はたん。これでは作戦計画そのものが無に帰す。あの廃墟はこの建物に勤務する者が利用する。ゆえに隠れている輩は地上からの接近には応用に対処する」


 無表情の中に冷たい怒りを宿して、ブゥディーリニクと呼ばれた童女は付け加える。


 「ただし上空からの侵入者には常に警戒している」


 モニターに映る高校生と蛙女の映像を追いながら、童女は主に感情の変化を読み取らせぬように続けた。


 「って陽動により下からの潜入を立案した。なのに……」

 「全て白紙よな、これでは」


 溜め息混じりに語尾を途切らせた童女とは裏腹に、姫君様は笑いを含んだ声を上げた。


 「不可解。何だか姫様、楽しそう」

 「我らジレーザの作戦行動では、決して起こり得まいな。このような事態は」

 「絶対。スタリーチナヤ様が率いるならば、なおの事」

 「此度こたびは素人混成部隊であるゆえな、何が起こるか判らぬ。先が読めぬなど賭博のようでは無いか?」


 目を輝かせて、ジレーザの主スタリーチナヤは部下に告げた。同時に銃声が、この台東区区役所の屋上まで轟く。


 「無粋。我らジレーザの作戦行動に銃など」

 「致し方有るまい。敵は、ほぼ銃器のみと言ってよかろう故」


 軽く首を振ると、姫君の顔に仮面舞踏会用のマスクに見える物が浮かび上がった。


 「赤字確定なれば、妾が前線に出るは叶わぬが……援護か後方支援くらいは良かろう。そうは思わぬか? ジレーザ第12席」

 「詭弁きべん。姫様が暴れたいだけ……そのクラッスニールゥクは?」


 問われた童女は、顔色一つ変えずに答える。が、姫君が自らの掌に生み出した物を見て声音を変えた。


 「驚愕。そのような長大な弓は見た事が無い。それは一体?」

 「これか? 都城ミヤコノジョーである」

 「ミヤコノジョー……」

 「レプリカと言えばそれまでじゃが、この極東の島国の南に、そう言う地名があるそうな。そこな名産品と聞く」


 更に笑って付け加えた。


 「長距離狙撃に最適だとは思わぬか? オホートニチヤにも教えてやらねばな」


 自身の身長を遥かに超える長さの弓を手に、スタリーチナヤは語り続ける。


 「わらわは、ちと他より鉄分が少ない故、この大きさは血液を媒介にせねば作り出せぬ」

 「冗談。誰が鉄分が少ないと?」

 「細かい、流せ。あ奴は、そう致したぞ」

 「白燐はくりん御方おんかた?」


 第12席が口にした単語に、姫君は眉根を寄せた。


 「何じゃ? それは」

 「忘却。姫様が連れて帰った女、そう呼べと私に言った」

 「好き放題言いるな。まぁ良い、この弓の元は、あ奴めの義父殿の収集品。多少なりと恩義は有るか」


 そう言いつつ、彼女はこの数日間の白蛇伝説の異名を取るこの1500番宇宙のエージェントとのやり取りを思い出す。

 自らの半生と個人情報の全てを、姫君は拉致したに近いエージェント光井栄美に晒した。

 嗚咽と共に部屋から出てきた栄美に、彼女は冷めた視線を向ける。


 「同情せよと命じた覚えは無いが」


 泣きながらも白蛇伝説は、姫君に詰め寄り告げた。


 「な物、いきなり見せられりゃ、こうなっちまうだろ? あんたが私ん家に来りゃ、今度は私のを見せてやるわ!」


 それを実現し、自らが同じ反応をした事を若干、恥ずかしく思わないでも無いが、姫君にとっては一歩前進では有る。


 「あんただって泣いてんじゃないの」


 そう言いつつタオルを差し出した相手に、礼を言い忘れた。そんな事まで思い出し、スタリーチナヤは苦笑した。


 「あの小僧を助けて礼の代わりと致すか」

 「緊急。あの少年、想定外の事ばかり起こす。命の危険に興味ないのか?」

 「馬鹿者で有るのは間違いないな。さて、オホートニチヤでは無い故、的に当たるとは限らぬが」


 己が髪の毛を一本引き抜くと、彼女は長大な都城みやこのじょうせい和弓を模した赤い武器を引き絞り、笑ってそう言う。

 鏑矢かぶらやのような、笛の音を発する物が夜空を駆けた。


 「命中。流石、姫様」


 モニターに写る、敵の太ももを貫通した細過ぎる矢を確認した第12席が誉めた。対する姫君はガックリと首を振る。


 「頸部けいぶを狙ったのだが……大腿部だいたいぶに当たりおったわ」


 その呟きを耳にしてブゥディーリニクと呼ばれた童女は、笑えない。と漏らした。

 それをサラリと流して、姫君は前線に指示を送る。だが、それだけでは終わらなかった。


 「ザボール、作戦は白紙。その状況下で最善を……何をしてる! あの蛙女カエルオンナ!」

 「巨大。驚異の胸囲」


 部下の下らない駄洒落すら耳に入らず、スタリーチナヤは珍しく取り乱しているようにさえ見える。


 「あの蛙女カエルオンナめ! 妾には無い駄肉だにくを武器にしおって。小僧も小僧じゃ、何時いつまでどこに埋もれてるか!」 

 「必然。男性的生理反応、10代後半標準サイズ」

 「何と?! 戦場で肉欲に身を委ねるなど恥ずべき事を! 情けなし! 許すまじ、あの小僧」


 怒りをあらわにし、姫君はこの1500番宇宙の高校生を罵倒し続けた。


 「時保琢磨とは到底思えぬ、所詮は異世界の者、同一人物などと口にするも汚らわしい! そう全て伝えよ、ザボール」


通信の向こうで第2席が、そのまま伝えるのですか? と問いかけてくる。

 当たり前だと吠える主を横目に、童女が回線に割り込んだ。


 「交代。第2席、私が翻訳するので少年に端末タルミナルを」


 ボリス・ザギトワの礼に頷きつつ、第12席はキーボードを打つ事無く、視線の移動で思考通り文字を高速入力していく。

 その文面を読み、姫君は鼻で笑って一言付け加えさせた。


 「恥を知れ。そう、締めくくるように。良いな、ブゥディーリニク」


 御意。とだけ答えて、童女は再びモニターに視線を走らせる。聞いているこちらが恥ずかしい、と呟きながら。


「さて。蛙女カエルオンナめ逃げおったか、致し方有るまい。」


 落ち着きを取り戻し、ジレーザの主は廃墟の校舎屋上を見下ろした。


 「報告。あちら側の出入り口が兵舎に繋がっている。雑兵は増える一方」


 第12席の声にスタリーチナヤはうなずき、再び長大な赤い弓を構える。


 「ともかく作戦失敗は許されぬ。少々手荒になるが、援護射撃と参ろう」


そう断言して、姫君は自らの金髪を引き抜いた。


 「ただし、先程も申したが、妾に弓兵の技量を期待するで無いぞ。皆の者」

お読み頂きありがとうございました。


厳しい御批評・御感想、そして御指摘、お待ちしております。


今後とも宜しくお願い致します。

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