赤い絆と緑の襷 第17話
ついでの事を言うと、爆発音の直後に俺の背中にバラバラと落ちてくる物が有った。
確かめる気になれない、けど。大体想像つくよね、臭いも凄いし。
「臭っ!」
俺の下になってる地下巨乳アイドルが、大声を上げた。
「ティンはんが言うかなぁ」
まだまだ十分に酸っぱい匂いしてますけど、って言う前に俺は押し退けられて、廃墟の校舎屋上に転がる。
「こんだけ血の匂いが染み付いたら、お前どないすんねん?」
家帰れないな、このままじゃ。ちょい落ち込みそうな俺。しばし呆然って感じ。
そんな俺をお宝ティンはんが、いきなり抱き締めてきた。無防備な俺の顔は彼女の豊満と言うには巨大過ぎる胸に埋もれる。
「ティンはん? ちょ、ちょ待って……」
「ホンマ、なんも考えんと動きよんな、クソガキは」
ひどい言われようだ、けど、鼻の下が自然に伸びる。もう酸っぱいのにも慣れて……あ、東京タワーが、いやスカイツリーが勝手に建ってしまった。
「おおきに。いっつも自分顧みんとウチの事、助けてくれんねんな、お前」
何だか、あの白い砂漠の事を思い出した。あの時もティンはんは……。
「一回だけ、やからな」
そう言うと俺の額にムニュって感じの、柔らかい感触が押し当てられる。
「え、これって」
キスですか? って額かよ。子供じゃあるまいし。とは思うけど、この優しい応対がきっとティンはんのホントの姿なんだ。
オッサンにまた馬鹿にされそうだけど、騙されてないって。俺は何度でも、そう言うぞ。
「ティンはん、あのさ……」
「卵は返さへんで。あれはウチのモンや」
あ、そこはダメか。やっぱり。デカ過ぎる胸に埋もれながら、俺はちょっと残念な気分になる。
途端に、ガバって感じで俺は突き放された。
「ジレーザにウチを売った事は、絶対に忘れんからな」
売ってないって。どうすりゃ判ってくれるんだ?
「アイツらやのうて、ウチの味方するんやったら、次は大人のを教えたる」
え。お預けですか? ってそれは無いでしょう? ティンはん。
「ウチのはディープやで」
言ってる事は過激なんだけどな、子供みたいな笑い方。ギャップが凄いって。
ほな! そう言い残して、異世界から来た地下巨乳アイドルは跳んだ。廃墟の向こう、夜の闇の中に彼女は消えていったんだ。
それをただ、見送る事しかできない俺の後ろから声が。
「逃したか」
「ったくよぉ。何回、騙されりゃ気が済むでぇボウズよぉ」
やっぱり言う事は、それかよオッサン。俺は騙されてないって。
「致し方ない、奴が何処へ逃げようと、我らは追う事が出来るからな」
イケメンさん、整った顔だけに冷たい笑いが怖い。そんな二人の後に第2席さんがやって来る。
「承知致しました。え、それをそのまま伝えるのですか?」
あのイカツイ機械のフェイスマスクで誰かと話してるみたいだ。
「少年、姫様より伝言が……少々、待って欲しい。そうか、助かる」
そう言うとダンディー紳士は軍服の内側から板状の物を取り出す。
「これって」
もしかしてタブレットPC? スマホさえ持ってない俺にとっては、高嶺の花ってヤツ。
「これを見たまえ」
第2席さんから受け取ったモニターに、見慣れない文字が。けど、それはすぐに日本語に翻訳された。
そこには、こう書いてあったんだ。
あのような破廉恥な手管で篭絡されるとは情けない。時保琢磨ともあろうものが。
難しい言い回しだけど、意味は判った。直感的に、だけど。
「え……見られてた?」
姫君様に、さっきの、を? ティンはんの胸にどっぷり沈み込んでたの、を?
いや、でもまだ姫君様で良かったかも。もしもお姉さん、じゃない栄美さんに見られていたら?
冷や汗が、血糊が乾き始めたTシャツの背中を流れてく。
そんな事を考えていたら、文字が付け加えられた。
恥を知れ。
喉が鳴った。固唾を呑むって、こう言う事なんだ。これはヤバい、信用ダダ下がり。
何とかしなきゃ。って思う間も無く、また向こう側の出入り口からバラバラと海兵隊崩れが出て来る。
「何人、居るんでしょうね」
最後にやってきたガス人間8号さんが、溜め息混じりに言うのと、その音が鳴り響くのは同時だった。
少しの間をおいて、廃墟の校舎屋上にさっきと同じ爆発音が轟く。屈強なはずの男どもが瓦礫と共に吹っ飛んだ。
「おぉい、敵味方関係無し、じゃねぇのかよぉ」
オッサンが言う通りだった。続けざまに音が鳴り響き、爆発が起きまくる。
出てきた海兵隊崩れは壊滅状態に。でも、屋上のいたる所が爆発で吹っ飛んでいくんだ。このままじゃ俺達だって危ないよ。
「確かに、これでは援護射撃を逸脱しておられますな」
壁に背中を預けてイケメンさんが言った。おられますなって……もしかして、これ第8席さんの矢じゃなくて?
「姫様。御手を煩わせてしまい、申し訳御座いません」
第2席さんが、そうフェイスマスク越しに言う。あ、やっぱり。これ姫君様なんだ。
「これより我らだけで対処致します故、お心安らかに」
ダンディー紳士がそう口にした途端、更に爆発が続く。あちら側の出入り口は跡形も無く崩れ落ちた。
「向こうの出入り口は敵兵舎に繋がっているらしい。この期に、こちら側から突入せよとのご指示だ」
「たった一人で……これ程の事が、できるものなんですね」
銀八さんが唖然とした感じで、そんな感想を述べた。
「化物だぁなぁ」
「貴様!姫……」
棗のオッサンの無礼な一言に、イケメンさんがキレかける。が、それより早くオッサンは片手で胸ぐらを掴まれて宙吊りにされた。
誰に?
「姫様への無礼は許さぬよ。例え、君らであろうとも」
穏やかに告げるダンディー紳士に、俺を含めて全員が首を縦に振る。当然オッサンもね。
「さて、では作戦開始だな」
革ジャン男を下に降ろすと、ボリス・ザギトワって姫君様に言われてるお方は、無事な方の出入り口を指さした。
「さぁ行きたまえ、少年」
「おぉい、ボウズを突入させようってかよぉ?」
「それが彼の望みだろう」
はい、その通りです。でも、邪魔になるのでは? 戦闘になったら俺なんて。
「もはや当初の作戦計画は白紙だからね、君達で状況を覆して欲しい」
穏やかな声で言われて、改めて俺とティンはんで綿密な作戦をぶち壊した事を思い知る。
「しかし、彼はタダの高校生です」
「だが、大人になろうとする男でもある」
わぁ、何だかビューレットさんに背中を押してもらったアキバの時を思い出したよ。
「やります。俺、必ず」
命の恩人を助け出す。そう誓う。
「これを持って行きたまえ。紅亜の従者が君に渡して欲しいと言ったそうだ」
それは小さな注射器。そうか、金営さんからだ。捕まってるビューレットさんは、きっと薬を打たれて動けないに違いない。
「判りました、お預かりします」
そういう俺に第2席さんは、もう一つ、今度は自分からの贈り物だ。と軍服の内ポケットから取り出した物をくれた。
「これって……」
緑の襷? 八景島でジレーザ四人組を見えない存在にしたアイテムのはず。
「どうにもならない事態に陥った時、これが役に立つだろうと思う」
穏やかにダンディー紳士は告げた。ホント至れり尽せりだよ、この御方。
礼を述べて俺は一歩を踏み出す。ここからは俺一人だ。そう思ったら、突然オッサンに頭を押さえられた。
「ったくよぉ、ボウズ一人で行かせられねぇだろぉがよ。オメェのカーチャンの泣き顔なんざ見たかねぇし」
「私も行きますよ。貴方一人では琢磨くんが心配です」
銀八さん、嬉しいよ。ホントその通りだからね。
「んだとぉ。オメェじゃ戦力になんねぇだろうがよぉ、ガス人間8号さんよぉ」
「今回は違います。こちらも出来る限り装備してきましたからね」
感動だよ、銀八さん。俺の為に。
「実は、ビューレット氏の救出、我ら1637番宇宙にとっても重要な案件になってます。失敗する訳には行かないんですよ」
あ、ビューレットさんの為ね、俺じゃなく。まぁイイけど。
そんな事を考えてた俺に、呼びかける声が聞こえる。
「これを持っていくと良い、少年」
リェーズヴィエって呼ばれてるイケメンさんが、オッサン達と共に空から落ちてきたファン付きサーフボードを渡してくれた。
「何かの役に立つだろう」
お礼を言って受け取る俺の横で、ならオレ様もってオッサンがもう一つのサーフボードを抱えた。
「話は決まったかね。では急ぎたまえ」
司法長官さんの穏やかな声に、何となく焦りの色が?
「我らは足止めするとしよう、ここで」
さっき俺を助けてくれた、あの巨大な盾を廃墟の校舎屋上にめり込ませながら、ダンディー紳士は崩れ落ちた向こう側の出入り口を指さした。
「うげぇ、幽霊が這い出してきてるみてぇじゃねぇかよぉ」
棗のオッサンの言うとおり、瓦礫の山から屈強な男達が染み出てくる。
そうだった、海兵隊崩れは全員1962番宇宙から来たんだった。金営さんやピンモヒと同じように壁抜けできて当たり前だ。
「経費節約ですね」
そう言いながら第3席さんは、屋上に散乱してるマシンガンを拾ってる。
「無粋と言われそうだが、致し方有るまい」
そんな事を口にしながら、ダンディー紳士も同じように拾って回っていた。
「ここは死守する。さぁ行きたまえ。君に渡したそれが導いてくれよう」
俺が手にしたタブレットを指差して、そう言ってくれる。
「ありがとうございます!」
送り出してくれた第2席さんに向かって、俺は深々と頭を下げる。その頭を上げたらジレーザのイケメンさんが小さく手を振ってくれていた。
「行ってきます!」
そう言って走り出す。その後ろに多元宇宙の同一人物、異世界の二人の俺が続く。
やるしか無い、必ず成功させるって拳を握り締めながら俺は、階段を駆け降りて行ったんだ。
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