赤い絆と緑の襷 第16話
放物線を描いて、俺と異世界から来た巨乳アイドルは廃墟となってる校舎の屋上に。そう、重さを感じさせないくらい、ふわりと着地した。
「さっさと離れんかい! このクソガキ!」
頬をお宝ティンはんのバカでかい胸に密着させる形になってた俺は、彼女の長い脚で蹴り飛ばされる。
「怖っ!」
屋上のフェンスに思いっきり激突し、倒れかけた俺は、自分が外にはみ出ている事に気付いて声を上げた。
「危ねえ~。ティンはん、無茶するなよ」
「ウチをジレーザに売り飛ばしといて、何ヘラヘラ笑とんねん!」
いきなり襟首掴まれて引き戻される、腰が抜けた訳じゃないけど、膝立ち姿勢になってしまった。
とりあえず眼鏡がズレ落ちないように必死で抑える。下を向きつつ、それだけで精一杯。
流石に、懐かしい感触に鼻の下伸びてました、とは言えないからね。
「もっかい突き飛ばしたろか」
「も、もうイイです!」
自分がさっきまで居た古い金網が大きく歪んで、垂れ下がっていた。
「今度ぶち当たったら、もろとも落ちてしまうって」
根元なんか土台から外れてしまってる。その土台がチカチカ点滅してた。
「え? 点滅?」
何で金網の基礎部分に点滅するライトが付いてるんだ?
急に、校門のフェンスを越える前にジレーザ第2席さんが口にした言葉を思い出す。
「センサーらしき……物」
俺がそう呟くのと、校舎屋上の出入り口が開いて屈強な男どもが駆け出してくるのが、ほぼ同時だった。
「侵入者、発見。排除します」
今夜は金営さんに借りた翻訳機を、ちゃんと付けてきたから相手が何を言ってるのか判る。気休めにもならないけど。
「誰が排除されんねん!」
俺の隣で巨乳地下アイドルが吠えた、遅れて乾いた音がパンパンって感じで鳴る。
屈強な男どもが次々に倒れていった。まるで映画みたいだ、とか思いながら見上げた先に銃を構えるお宝ティンはんが居る。
「それって」
俺が陸自駐屯地の廃墟に蹴り込んだ、ピンモヒの拳銃じゃ?
「落ちてたんや、拾て使わせてもうてる」
ちゃっかり頂いた訳ね、流石は泥棒女子って……褒められないけど。
「クソ! もう空かい!」
そう言いながら手にしてた銃を投げ捨てる、腕のひと振りに巨大な胸が連動して揺れた。
マズイって、また鼻の下伸びそう。
「しゃあない、落ちとるヤツ拾うだけや」
撃たれて倒れた男どもの銃を拾おうとするティンはん。けど、その前に再び校舎屋上の出入り口から男どもが。
第2波到来ってヤツ?
「げっ! 今度はマシンガン持ちかい!」
叫んでる場合じゃ無いって、固まったままの泥棒女子に銃口が向けられた。思わず俺はティンはんの前に立つ。
「ガキが、ナイト気取りか?」
翻訳機のおかげで馬鹿にされてるのが良く判る。ただの高校生だ、ガキ扱いも当然。
「くたばれ」
シンプルな一言と共に海兵隊崩れって金営さんが言ってた奴らが、マシンガンの引き金を引いた。
流石に目を閉じてしまう俺、その耳に至近距離でド派手な金属音が飛び込んで来た。
恐る恐る目を開けた俺に、穏やかな声が。
「間に合って良かった。無茶をするものだな、君は」
広い背中、その背中よりも広くデカイ金属の盾。第2席さんが俺の前に立っていてくれた。文字通り盾と成って。
お礼の言葉を口にするより早く、マシンガンの連続する銃声が鳴り響く。飛んでくる弾を物ともせず、ジレーザの紳士は全て弾き返した。
「馬鹿な!」
屈強な男どもの動揺した叫びが聞こえる。直後に同じ声で悲鳴が上がった。
盾の端から覗き見る俺の目に、飛び降りてきたイケメンさんが黒い大鎌を振り回すのが飛び込む。
「瞬殺かいな……」
後ろからお宝ティンはんの感想が聞こえた。
ホントその通りだった、ほぼひと振りで敵を全滅させてジレーザ第3席は俺達の方へと歩いてくる。
そのイケメンさんの後ろに、夜空から二人の俺の同一人物が落ちてきた。煙を吹き上げる、サーフボードにプロペラファン付けたような機械と一緒に。
「おぉ、終わったなぁ」
「出る幕は有りませんでしたね」
異世界の時保琢磨、棗のオッサンと銀八さんも俺を追って、この廃墟の屋上に来てくれたらしい。
「無茶するにも程が有るぞ、少年」
巨大な黒い鎌を手の平に吸い込んで、刃って通り名どおりのイケメンさんは俺に言う。
「ったくだぁ! あれほど無茶すんなって言っただろうがよぉ!」
一琢こと棗のオッサンが怒鳴りつけてくる。いやいや、俺の方が怒鳴りたいよ、巨乳地下アイドルの暴走を。
「これで作戦計画は全て白紙だな、致し方有るまい」
淡々とダンディー紳士は語った。責められてないから余計、反省の念が沸くね。
「済みません。俺達のせいで」
「ウチ関係無いで! このクソガキが、しがみついて来たせいや」
ティンはん。俺のせいって、それは無いでしょう?
情けない気持ちに成る所に、第2席さんの声が。
「第3波が直にやってくる、ここから突入するしか無いな。作戦は各自が立てて、最善の行動をするしか有るまい」
「そんなん知るかいな、ウチはリタイアや、こんなトコに居れるかいな」
ほな。そう言って跳んだ巨乳地下アイドルに向かって、銃撃の雨が横殴りに。
「もう来たか、第3波」
静かなイケメンさんのセリフを聞きながら、俺は既に走り出していた。
どこへ?
「くぉら! そんなヤツぁ放っとけよぉ。何度、騙されりゃ目が覚めんだぁ、ボウズ!」
後ろからオッサンの声が聞こえる。判ってるって。俺は多分、馬鹿だ。
マシンガンの洗礼を受けて叩き落とされた泥棒女子に向かって、俺は今、全力疾走中。
「ティンはん! 大丈夫か?」
「喧し……傷に響くわ」
頭を振りながら、お宝ティンはんが体を起こした。あれ? 流血は?
「アホか。ウチの体、ラバー筋肉やて言うたやろ? あの程度の弾で穴開くかいな」
良かった。とは言え、激痛は走ってるらしい。痛いを繰り返して、立ち上がれそうに無いみたい。
「まさか、反対側の出入り口からも来るなんて……」
「読み甘かったわ、ウチとした事が」
そんな事を言ってる間に、俺達の前には、マシンガン構えたマッチョ丸出しの男が立っていた。
他のみんなは? 両方の出入り口から殺到した海兵隊崩れ相手に、乱戦に突入している。
援護なんて期待できるわけ無い。ここは俺一人で切り抜けないと。
身動きできない戦友を、俺が守らないと。
「でけぇ」
あ、この筋トレオタク。どこ見てるか判ったぞ。
俺は、逃げられそうに無い巨乳地下アイドルを庇って、マッチョの前に立ちはだかる。
「あ? ガキ、邪魔」
マシンガンの銃口が、俺の眉間に向けられた。トラウマを刺激され、冷や汗が背中を流れ落ちる。
「どけ」
どけるか! ティンはんが何されるか、ガキの俺でも想像つくぞ。
両手を広げた俺に、マッチョ野郎はニヤケた笑いを浮かべ、引き金を引かずに長い銃を振り上げる。
余裕丸出しだな、こいつ。相手がタダの高校生だから当たり前だけど。
「どけよぉ、ガキが」
あ、俺をぶん殴るつもりか。あれで殴られたら眼鏡が吹っ飛ぶな。
そう冷静に判断できる、老師のおかげかな。ただ、咄嗟に動けない。場数を踏んでない事が、とにかく悔しい。
「クソガキ……逃げんかい」
弱々しい巨乳地下アイドルの呟きが、背中から聞こえる。前にもこんな事が有ったなぁ。
できれば、あの時みたいに背中に密着してもらえると……ってイカンね、何考えてんだ。このピンチに、俺。
「何だぁ、その目は!」
俺って相当、目つき悪いんだろうか?
これも以前に言われた気がする。多分、あの全て始まりの夜、ニセ総理にだ。
それでも逃げない俺に、ついにマッチョは切れたらしい。唸り声を上げてる。
その声を遮るほどの甲高い笛を吹き鳴らすような音が、廃墟の校舎屋上に響き渡った。
「な、何や? この音」
俺に判る訳ないって言おうとして、目の前の男の変化に気付く。激痛を堪える野郎の顔だ、これ。
「痛ぇええええええ!」
直後に絶叫を上げ、マッチョ野郎はマシンガンを放り出して自分の太ももに両手を伸ばした。
何も無い?
いや、目を凝らすとマッチョの分厚い太ももに細い細い線状の物が。あれ、太もも串刺し状態だよ。間違い無く。
「矢、なのか?」
海兵隊崩れは両手で、矢と呼ぶには細過ぎるそれを抜き取ろうと必死になっている。
「抜けねぇ、っくそ!」
確か、こいつも金営さんやピンモヒと同じ異世界の住人のはず。それならこんな細い物、簡単に抜け落ちるんじゃないのか?
陸自駐屯地跡で、ピンモヒが足に刺さった第8席さんの矢を落として逃げたように。
「ひっ、ひぃいいいいい」
耳を塞ぎたくなるマッチョの悲鳴が、考えに耽りそうだった俺を引き戻す。
弾き飛ばされそうな空気の振動が甲高い音を伴って、男の太ももから伝わって来る。同時に、矢を握り締めた男の両手もガクガクと揺れだした。
「なんか、ヤバい。これ」
何かが記憶の奥から警告する。この振動、ホント弾き飛ばされそうな……弾き飛ばす?
「ティンはん、見るな!」
そう叫んで、俺は巨乳地下アイドルを抱えてできる限り跳んだ。もちろんお宝ティンはんみたいには行かないよ。
それでも、マッチョ野郎からは少しでも離れられたと思う。
屋上のコンクリートの床に倒れたままティンはんの上に覆いかぶさった俺の耳に、さっきより悲惨な悲鳴と共に、巨大なよく詰まった缶詰が爆発するような音が飛び込んできたんだ。
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