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赤い絆と緑の襷 第14話 幕間その4

幕間はサイドストーリー。


主人公の行動とほぼ同じ時間に、別の場所で別の登場人物達が織り成す物語。あるいは同じストーリーを別の人物の視点から描いた物語。それは主人公が紡ぎ出す本編へとつながって行く支流のような展開。


その為、外伝と同じく通常とは違う三人称形式となります。ご了承ください。

 ユリア?

 怪訝けげんそうな顔で自分を見る光井栄美を気にする事も無く、姫君は画面の向こうの女性にうやうやしく頭を下げた。


 「殿下に於かれましては、ご機嫌きげんうるわしゅう。ユリア・アナスタシア・メドヴェージェワただ今、帰還いたしました」

 「何を他人たにん行儀ぎょうぎな……その御方おかたは?」


 隣に座る栄美以上に怪訝けげんそうな表情となった画面の向こうの女性に問われ、自ら本名を名乗ったスタリーチナヤは更に頭を下げる。


 「こちらは1500番宇宙のトップエージェントにして自由石工同盟の重鎮じゅうちん、光井栄美殿で御座います」


 そのセリフにモニターに写る女性は、表情を明るくした。


 「それでは、私の頼み事は……」

 「申し訳御座いませぬ、未だ親書を交わす事は出来ておらず。ただ、ここに彼女を連れてくる事のみで」


 姫君の回答に、殿下と呼ばれた女性は、やや落胆の色を見せる。


 「そう、ですか。貴女あなたの自室よりの通信、もう少しプライベートな話かと思っていましたが」

 「御冗談を。私よりの報告をお待ちになっておられただけでは? 我が主様」


 ジレーザの頭領の言葉に、相手は表情を引き締めた。と言うより気分を害した。の方が適切かも知れない。

 怒りを宿した。いや、圧倒的な威厳をまとった? 栄美はモニター越しに、殿下と呼ばれた女性の雰囲気が変わった事に気付く。

 そもそも主とは誰だ? 自分は何か見誤ってはいまいか? 心に浮かんだ疑念に栄美は囚われる。


 「私におおやけ向けの顔をせよ、と。そう申すなら、良かろう。応じてやろうぞ。報告致せ、スタリーチナヤ」


 御意。と短い返事の後、姫君はこの数日間の出来事を端的たんてきに述べた。


 「宜しい。親書を交わすまで引き続き交渉を続けるように。1962番宇宙の依頼に関しては、そなたに任せる」

 「有り難き幸せ」


 そう言ってユリアと呼ばれた姫君は更に頭を垂れる。ここまで彼女は一度も画面の向こうの女性と目を合わせてはいない。


 「ただし、月末には収支決算報告書を提出するように。良いな?」

 「殿下、それは」

 「ローザ・ヴィクトーリヤ・ロマノフの名に於いてジレーザの主に命じる。良いな?」

 「心得ました」


 苦い声音で姫君は応じる。

 モニター越しに厳しい表情で告げる女性の名前を耳にして、栄美は初めて相手が誰なのか気付いた。


 「第1帝位継承者……」


 その余りにも屈託ない最初の対応に、相手が殿下と呼ばれていた事を失念した。そしてあらかじめ姫君から、自分の主に会えと言われていた事が、それを加速したと理解する。


 「よく御存知で」


 光井栄美に向けてまばゆい笑顔を向けると、皇女殿下は続ける。


 「さて、ユリア。我が名に於いて今ひとつ。その端末からのセキュリティレヴェル解除をしておこうと思う。その御方おかたをそなたの自室に招いたなら、必要でしょ?」


 最後の一言は、初めてモニターに映った時と同じ声色に戻っていた。


 「姉上、それは!」


 顔を跳ね上げて驚愕と言った表情の妹に、ローザと名乗った女性は少し残念そうに笑って言う。


 「貴女あなたは昔から、そう。私相手には遠慮ばかりする子だから。私の威厳を保つ、なんて事は必要無いのよ、多元宇宙のどこから来られた御仁ごじんが、そこに居られようと」


 そして付け加えた。


 「望んだ存在を見つけたなら、思うままに。少しくらいのままとがめたりしないから」


 御意。と言いかけてスタリーチナヤは素直に謝る。


 「次は首都に来なさい。ボリス叔父様、貴方もですよ。何か月、可愛い娘に会っていないのかしら?」


 急に話を向けられて、ジレーザ第2席の背筋が伸びた。


 「アドリアーナも待っているのよ、そう素直に言える子では無いけれど。家族一族みなで集まれるのを楽しみにしているわ」

 「殿下、しかし……」


 初めてダンディー紳士が困ったように答えた。姫君に至っては言葉も出せない。


 「では、光井栄美様、我が妹を宜しくお願い致しますね」


 再び眩い笑顔で別れの挨拶を済ませると、皇女殿下は通信を切った。


 「姉上には勝てぬな」


 溜め息と共にスタリーチナヤは呟く。

 そんな彼女に、トップエージェントはボヤいた。


 「最初から姉に会え、あんたがそう言ってたら間違えなかったわ。主ねぇ……皇女ヴィクトーリヤ様とは」

 「姉上は、あの御方おかたは、常に太陽の如く在らねばならぬのだ。我らが大望、いや悲願の為に」


 そう呟いてから姫君は栄美の方を向いて、電源を入れ直したモニターを指さした。


 「ともかく了承は得た。お言葉に甘えさせてもらう。ここで私の個人情報を開示するゆえ、好きなだけ見るが良い」

 「ちょっと、いきなり何なの」

 「敵を知り己を知れば百戦危うからず、そう言うのでは無いのか? 確か1500番宇宙では」


 交渉相手に自分を語る手間を省くか。栄美はそう判断する。面白い、何らかのライバルになるかも知れない。そう思っていたのも事実だった。


 「そうね。では遠慮なく」

 「ふむ。好きに使うが良い。見終わったら言え、1500番宇宙に向かう便に乗せてやろうぞ」


 先ほどの、皇女殿下と同じ眩い笑みを浮かべ、ジレーザの主は部屋を出ていく。第2席は穏やかな笑顔で一礼すると後を追った。


 「敵、ですか。不器用は変わりませぬな」


 そう、小さな呟きを残して。

 一人残った光井栄美は不敵な笑みを浮かべ、モニターに映るユリア・アナスタシア・メドヴェージェワの文字に目を向けた。


 「いいわ。見せてもらおうじゃないの」




 そして時間は今、現在へと繋がる。

 1500番宇宙の東京。


 夕闇が迫る中、陸自駐屯地跡の廃墟で彼女、ユリア・アナスタシア・メドヴェージェワはこの世界の高校生が走り去った方を見詰めていた。

 その背中を見るでも無く、ジレーザ第2席はフェイスマスク状の汎用機で、じっと何かに耳を傾けている。

 小さな溜め息の後、第2席ボリス・ザギトワが姫君に呼びかけた。


 「姫様、先ほどの小……」


 語尾が消えていく、振り返った主の瞳に溢れる水滴を目にして。


 「今、お時間よろしいでしょうか……義父上ちちうえ


 その言葉に第2席は頭上を静かに見上げ、それから口を開いた。


 「今、ここで、か」

 「ご心配なく。あれは私が撃墜げきつい致します」


 スタリーチナヤの使った単語で、相手が正確に理解している事を知った彼は了承する。


 「判った。来なさい、ユリア」


 長い触角を生やしたまま、姫君はダンディー紳士の胸に飛び込んだ。嗚咽おえつは生まれなかったが、滂沱ぼうだの涙が流れ落ちる。


 「私は、やはり子供なのです。最強の称号に相応しくは有りません。今日も己の感情を制御できず、大切な者達を傷付けました」

 「急ぐ事は無い、そなたは未だ二十歳の若さではないか」

 「年齢は関係有りません。もっと強き心を持って居ればターシャは……」


 自らの半身とまで呼んだ女性の名を口にし、ジレーザの主は義父の顔を見上げた。


 「あの小僧の如く、凡ゆる精神支配すら覆して動く強さは、私には有りません」

 「あれは……いや、あれこそが多元宇宙の別人だとしても時保琢磨で有ると、私は思うのだが」

 「知っておられたのですか、あの小僧の事」

 「今朝、報告書を読んだ。信じられなかったが、まさか今日、ここで再会しようとは」


 ダンディーな横顔に、不思議な感慨を込め彼は、そう言う。


 「それは……しかし、所詮しょせんはこの世界の」

 「確かにそうだ、我ら1221番宇宙の時保琢磨殿とは雲泥うんでいの差。されど、あの少年には初見しょけんより何かを感じていた。違うかね、ユリア」

 「そのような事は……」


 どこか恥じらいのような物を醸し出し、異世界のロシアの姫君は項垂うなだれる。


 「先程も申したが、アレクサンドルの報告書を読むと良い。あの少年の事が良く判る。そうだった、一つ耳に入れておくよ。先ほど彼の電話を傍受ぼうじゅしたものでね」


 何やら、そっと耳打ちされた姫君は、目を見開いた。


 「あの小僧……なんと命知らずな」

 「それこそ真骨頂しんこっちょうだろう? 時保琢磨と言う人間の」


 うなずきながら溜め息を付く彼女の頭を、子供のように撫でて第2席は穏やかに告げた。


 「それはさておき。何よりもユリア、まずそなたらしくれ」


 心を落ち着かせるその笑顔は、父たるが所以ゆえんか。


 「O2の力とてそなたの物、いずれ使いこなせよう。決して急ぐ事は無い、今は、そなたらしくジレーザの主たれば」

 「義父上ちちうえ……」

 「さあ、もうスタリーチナヤに戻る時間だよ。愛しい我が義娘むすめ


 静かに頷くと、瞳を閉じて深呼吸をしながら姫君は一歩下がり、ダンディー紳士から離れた。

 再び開かれたその目には、第2帝位継承者の自覚と覚悟が宿っている。スタリーチナヤは上空に向かって、ゆっくりと首を巡らした。

 ただ一点を見詰め、彼女は小さく息を吐き出す。と、同時に何も無かった暮れなずむ空から落下してくる物が生まれた。

 地面に激突するかに思われたそれは、スレスレで止まる。


 「やはり1580番宇宙の探査機でしたか」


 部下に戻ったボリス・ザギトワの言葉に答える事無く、姫君は探査機の大きなレンズの正面に立った。


 「見ておるのであろう?」


 先ほどの、可愛らしいとさえ言える声音と正反対の、ドスの効いたと言えそうなトーンで姫君は問いただす。


 「貴様らの主に伝えよ。のぞの代償は高く付く、とな」


 それに対して、内蔵型ファンを全開にして楕円形のドローンは逃れようとする。


 「沈め」


 短い一言で、ジレーザの主は戦略探査機を轟音と共に地面にめり込ませた。

 土に埋もれながら、ドローンの頭頂部に付けられた小さな砲塔が回転する。数秒後に発射されたレーザーは、しかし姫君を傷付ける事は出来ない。


 「光は重力で曲がる。知らぬのか?」


 自らが放ったレーザーを受けて、小さな砲塔は煙を上げて沈黙した。


 「キンジャールを付けたが故、あの鶏頭にわとりあたまめを運ばねばならぬのに、このピロシキまでも増えようとは」

 「されど姫様。2177宇宙の使役用機械に加え1580番宇宙の戦略探査機も入手できました」

 「大漁豊作。そう申すか、ザボール」


 御意。とだけ答える第2席の前で、姫君は初めて自分専用のメカニカルなフェイスマスクを顕わにする。

 同時に、黒い触角は急速に細く小さくなって額に消えていった。

 角が無い故に尚更、仮面舞踏会の方が似つかわしいようなデザインの専用機械を使って、彼女は一般の電話回線に割り込む。


 「わらわじゃ」


 切るわよ。と電話の相手に言われ、仕方なくスタリーチナヤは自らの呼称を変えた。友人に電話するが如く。


 「私だ、急ぎ車を手配して欲しい。この世界で言う2トントラックと言う物か」


 何に使う。と、聞かれ姫君は即答する。


 「面白いが、無駄に大きな荷物が二つ手に入った。お前にとっても有益だと思うが」


 今は急患が入って無理。そう答える電話の向こうの声に、姫君は顔色を変えた。

 両腕粉砕骨折の患者だから、これから緊急手術。もしかしたら肋骨ろっこつも。

 そう言われて、ジレーザの主は口角を際限さいげんなく引き下げる。何度か首を振った後、彼女は努めて感情を抑えて言った。


 「我が過失であるゆえ、ナース姿でお前自身が来い、とは言わぬ。あの眼鏡女で良い。お前の姉妹弟子では無かったか?」


 頼んでみるわ。そう返す相手に、なるべく急いでもらいたい。と言うと姫君は真顔で続けた。


 「ビューレットめの監禁場所が割れた。明日の夜、作戦を決行する。故に大規模な陽動が必要でな、あの眼鏡女には会えた方が良い」


 あんたねぇ。そう言う事は、と文句を言い出した相手にスタリーチナヤは溜め息と共に電話を切る。

 切ってから彼女はマスクを消して、目を細めながら独り言ちた。


 「お前も来た方が良いぞ。何と申しても突入するのは、あの子。であるゆえな」

お読み頂きありがとうございました。


厳しい御批評・御感想、そして御指摘、お待ちしております。


今後とも宜しくお願い致します。

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