赤い絆と緑の襷 第11話
一瞬の事で、俺に止める術なんて無かった。
たった5メートルほどの距離、鉄製の矢は秒単位でお宝ティンはんを貫く。
事は、無かった。
「な、何!」
矢を放った第8席さんが、珍しく驚きの声を上げる。
そのデカ過ぎる胸の間を真っ直ぐに貫くかに見えた矢は、ティンはんの前で急カーブして外れた。
「な、なんで?」
俺の呟きは安堵って言葉が似合うものだったと思う。ちょいホッとしたよ、ホント。
でも、どうやってあんな事を?
そう思うより先に、今日これで何度目かの小汚い絶叫が耳に飛び込んできた。
「ぐぶぇえええ!」
巨乳地下アイドルを逸れた矢は、気絶したままだったピンモヒの足に突き立っている。
「痛でぇええええ!」
悲鳴を上げながら異世界のテロリストは、ジタバタと逃げ出した。その足からポロリと矢が落ちる。
それを見て、社長秘書風美女が叫んだ。
「待て! 貴様……」
「捨て置け、あのような小物」
しかし姫君様は冷酷に言い放つ。その後に、あれも素粒子生命体かと呟いた。でも、瞳はティンはんから外らさない。
「それよりも」
ピンモヒなんかよりも重要なのは、ジレーザ第8席の攻撃を、どうやってお宝ティンはんが避けれたか?
それに答えてくれたのは、やっぱりジレーザの主様だった。
「やはりな……秋葉原での妾の初撃、躱したのでは無かったのじゃな」
「痛ぁ!」
姫君様のセリフの直後に、巨乳地下アイドルの悲鳴が響いた。
「1円玉やて? 何のつもりやねん!」
お宝ティンはんに向かって、姫君様が弾き飛ばした1円硬貨が地面に転がる。
「鉄製で無くば外らす事は出来ぬ、な。妾と同じく、重力に干渉し制御するものかと思うておったが」
姫君様は首を振りながら、こう続けた。
「我らジレーザは体内の鉄分を武器に変える。それを彼方へ外らす斥力、そちの異能は磁気に依るものか」
「けっ! 手の内お見通しかいな」
さっきまでビビって逃げ惑っていたのに、いきなり居直ったって感じで、お宝ティンはんは地面に胡座をかく。
「けど、おかげで思い出したわ。あんたらの攻撃はウチには届かんてな」
「そうよな。されど、鉄製であれ手にした物をそちに突き立てれば如何に?」
薄笑みを浮かべてスタリーチナヤ様が、そう言う。今までになく怖い。本気度が違うって感じ。
「な、なんやて……」
「しかも、そちの能力は操るとは言い難い気がするが?」
うわ。姫君様、圧倒的上から目線だよ。その言葉を聞いて巨乳地下アイドルが、小さく舌打ちするのが聞こえた。
「悪かったなぁ。確かにウチらの場合、地磁気に反応して跳ねる力を増すとか、高いトコからでもキレイに降りれるだけや」
あぁ。それで、あの白い砂漠で自由に飛び回れたんだな。いや、跳ね回れたの方が正しいのか。
「けどな、あんたらにとっては天敵やでぇ」
思いっきり挑発的な笑い。ティンはん、それダメだって。ケンカ売るなよ。
「しばらくマトモに飲み食いしてへんかったから、アカンか思たけど。さっきのでイケルて判ったからな」
「ほう。まだ返す気には、ならぬか?」
「あったり前やないか! あれはウチのモンや、誰がお前らなんかに渡すか、ボケ!」
ほな! そう叫んで飛ぼうとして、ティンはん逆に地面に這いつくばる。
「逃すと、思うたか?」
これって、間違いなく姫君様の能力だよね。さっきも言ってた重力に干渉するってヤツ。
あれ? けど、あの時は浮かせるって言ってなかったっけ?
「お、重た……」
ミシミシって音が、巨乳地下アイドルの全身から聴こえてくる。ヤバイってこれ。骨の軋む音じゃないのか?
「このまま、押し潰しても良いが」
え? スタリーチナヤ様の髪の生え際、左右が盛り上がってる? いや、尖った何かが内側から生えてきてるみたいな?
「姫様! 天牛は御母上様より禁じられし御技。開放しては為りませぬ!」
第8席さんが悲壮な声で叫んだ。それを聞きつけてボリス・ザギトワって呼ばれてたダンディー紳士が駆けつけて来る。
「姫様! 今は、O2の力は為りませぬ。私に免じて……」
「下がれ」
今までの第2席さんとのやりとりとは全く違う、情け容赦ない短い一言。そしてダンディー紳士までもが膝をついて動けなくなった。
「姫様、なにとぞ……」
「くどい。動くな!」
その一言に、俺もまた動いてはいけないと瞬時に身を固くしてしまう。
第2席さんを一喝して今まさに、二本の角にしか見えない突起物が姫君様の額に生えてきてる。
動けない俺の視線の先、今にも泣き出しそうな顔で、第8席さんが姫君様に呼びかけた。
「お怒りを……お鎮めくださ……」
「黙れ!」
背中から自分に、しがみつこうとした社長秘書風美女を振り返る事なく触れる事もなく弾き飛ばして、スタリーチナヤ様は鬼のような表情に変貌していく。
騒ぎを聞きつけ近付こうとした小学生くんも、地面に押し付けられて動けない。
ホントにヤバい気がしてきた。
動けるのか? 俺。今この瞬間に。
姫君様に命じられたら、動けなくなる俺に、何ができる? でも今、必死で体を動かさなきゃ、きっと後悔する事になる。
「姫君様! スタリーチナヤ様!」
叫ぶと同時に、ティンはんの前に立つ。とりあえず動けた。
「下がれ、小僧」
そうしなきゃイケナイ、脳みその奥から言われたような気分になる。
でも引き下がらない、俺しか居ないんだ。今、動けるのは。手を広げて盾になるんだ、それしかできないから。
瞬間、姫君様の目が大きく見開かれたんだ。
「何故、動ける……」
僅かな動揺が伝わる。しかし、この行為は怒りに油を注いだ。
「私に歯向かうか!」
トンデモない重しが頭の上から、ズシンとのしかかって来て俺は地に這いつくばる。そしてそのまま、土下座した。
「お許しを。ティンはん、いえティン・ユーリーをお許し下さい。必ず俺が、あの卵を返させますから!」
「何故、そちが我らが秘宝を知っておる?」
ほんの一瞬、重圧が弱まる。けど、更なる重しが姫君様の声と共に。
「答えよ、小僧!」
「姫……様……アレクサンドルの、報告書は……お読みに……なられました、か?」
俺以上の重圧のせいか、苦しげなダンディー紳士の切れ切れのセリフが割って入った。
「近頃は忙しかった故、未だ読んでおらぬ。それは何時の物か?」
意識が他に向いたせいか、一気に重しが軽くなる。正直、助かった。この期を逃さず、俺は一気に畳み掛ける。
「ティン・ユーリーとは腐れ縁になって、戦友みたいなもので、だから、俺が説得して必ず返させます」
「ほう、戦友とな?」
「はい、異世界で苦労して、一緒に戻ってきたんです。だから死なせたくない! 俺、時保琢磨がお約束します。必ず卵を返させますから……」
一瞬で、ナゼか重圧が消えてなくなった。代わりに別な意味での緊張感に包まれる。
固唾を呑むってのが一番合ってるんだろうか? この雰囲気。
周り全てから視線を向けられてるような感じに、恐る恐る顔を上げた俺は、姫君様と向き合う事になったんだ。
「小僧。今、何と申した?」
元の、美し過ぎる御顔に戻って、ただ額から伸びる黒い長い綱が見えたけど、姫君様はその問い掛けを俺に呟かれる。
「卵は必ず、俺が返させます」
再び地面に額を擦り付けて、俺は繰り返す。
ただ、その返事はスタリーチナヤ様を満足させは、しなかったみたいだ。それでも姫君様は大きく深呼吸して、こう言われた。
「良かろう、小僧。そちに任せる」
「ありがとうございます!」
これでティンはん助かる。額を地面に付けたまま、俺は安堵の溜め息を漏らした。
その刹那、俺の股間に猛烈な打撃が。
「何、勝手な事ぬかしとんねん!」
「痛ぅううう、ってティンはん?」
痛みに耐えながら振り向いた俺の目に、怒り爆発中の巨乳地下アイドルの姿が。
「こいつらウチの家も会社もメチャクチャにしよったんや! 何で、こいつらの言いなりにならなアカンねん!」
「い、いや、だから……」
「誰が返すか、ボケ! あれはウチのモンや!」
憤りに巨大な胸を揺らせつつ、お宝ティンはんが俺に向かって怒鳴り続ける。
「ウチをこいつらに売るんか、クソガキ! お前もウチの敵や!」
俺は命懸けでティンはんを助けたつもりだったのに、結果は真逆。泣けてきそうだ、いや股間の痛みで涙出てるけど。
「お前のツラなんか、二度と見た無いわ!」
そう叫ぶと同時に、今度こそ巨乳を揺らせてティンはんは跳んだ。廃墟の奥に向かって。
「キンジャール、追え!」
当然、姫君様は命令を下すよね。でも通常なら命令を待つまでもなく走り出しそうな、あの小学生くんが何時までも動かない。
わずかな時間をおいて、俺の耳は派手にガラスの割れる音を聞いていた。
ティンはん、逃げたんだね。俺は溜め息を付く。
「何をしておるか! キンジャ……」
少々ご立腹って感じの声音で、そう叫びつつ振り返って、姫君様の語尾が消えていった。
「姫……様……」
俺も姫君様と同じ方を向いて、その視線の先を追う。
そこには倒れ伏した社長秘書風美女と、その女性の側にヘタリこんで既に泣き出してる小学生くんの姿が。
「タ、ターシャ!」
その時スタリーチナヤ様の今まで聞いた事の無い絶叫が、黄昏の廃墟に響き渡ったんだ。
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