赤い絆と緑の襷 第9話
顎の砕けた口が開いて、聞き取りにくい言葉が流れ出した。
「海兵隊の後、追っがげで来て正解だっだぜ。ガギ、でめえを見つげる事が出来だんだからよ」
そんなテロリストのセリフに、ちょい動悸が激しくなってる。
「なんで、ここにあいつが……」
そう口にしたのは、俺じゃなかった。
いつもの金営さんと明らかに違う表情で、ピンモヒを睨みつけたまま動こうとしない。
驚きを隠せない俺の視線に気付いて、優男さんは首を何度か振った。
「あいつっす、サンたく君。あいつが突然やってきて、班長を監禁したっすよ」
「そんな、どうやって……」
いくらテロリストで軍人崩れでも、こいつよりビューレットさんの方が圧倒的に強いって。それは素人の俺でも感じ取れる。
疑問符が俺の頭の上に浮かんだ所で、夕日が透けるピンク色のモヒカンを揺らしながら当の本人が笑いだした。
ドサって感じで、地面にあの金属製のケースを放り出して。
「バガか? あの野郎の正体バラじちまえば、簡単じゃねぇがよ」
相変わらず、顎が歪んで聞き取りにくいな、ピンモヒの話は。
でも、ビューレットさんの正体?
俺の興味は、そっちに傾く。当然だよね。
「あの野郎ばなぁ、ザツの犬だっだんだぜぇ。バレりゃ第一部隊の奴らにボゴられんに決まっでんじゃねぇが」
「雑の犬?」
この場で俺は、かなり間抜けな声を出してしまった。
あ、サツか。聞き取りにくいな、ホント。けど、ビューレットさんが警察?
「潜入捜査っす」
隣から自称魔術師さんの呟きが。そうか、だから班長って呼んでるんだな。
「部下って事?」
金営さんは。俺の問い掛けに、軽い返事が戻る。
「そうっす。班長のお世話係っすよ、僕は」
いやいや、なんか情けなくない? それ。思わず吹き出す俺に、優男さんは笑いかける。
「そうそう、肩の力抜いて。緊張してると筋肉が動かないっすよ」
そういう問題じゃ、って言いかける俺の耳元で金営さんは囁いたんだ。
「僕が囮になるっす、サンたく君は全力で逃げるっすよ」
「できる訳ない、そんなの」
割とすんなり言葉が出てきた。ケガ人を置き去りにして、一人で逃げられるはず無い。
ましてやピンモヒが相手じゃね、これで三度目の対戦なんだ。そして三度目の正直ってヤツ?
「今度は、今度こそ……」
勝つよ。その言葉を飲み込んで、俺は金営さんを下ろした。
「痛たたたた」
もうそれだけで、こんなに痛がってるし。まだ無理だよ。
「そんな状態で、捕まったらダメだって」
きっと拷問が待ってる。
「相手はテロリストっすよ、サンたく君。どうやって……って、それは!」
優男さんの驚きは、俺の構えに有ったらしい。老師から教えてもらった功夫の型。様になってるといいなぁ。
「あ? 俺とヤルってがよ? 舐めでんじゃねぇぞ、ガギが」
少し前、オリンピック公園のスケートパーク前で、この男にフルボッコされた時の事を思い出してしまうね。
テロリストの脅しなんて聞かされたら。でも、思ったほど恐怖を感じてない、俺。
「何かガジっだ程度で、俺に勝てるどでも思ってんのがよ」
そう言いつつ、ピンモヒはシャドーボクシングって感じの動きで俺に近付いて来る。
一、二、三。ジャブ二回でストレート。同じタイミングの繰り返し、か。ストレートの戻りが遅い、腕が伸びきってるし。
ああ、囓ってきたとも。しっかりとね。
老師の教え、思った以上に身についてるのかな、俺。まだ1週間くらいで基本の基本しか教わってないけど。
意外と相手の動き、見えてる。
命に関わるような事態になった時は迷わず今のを使え。って老師の言葉を思い出した。まさか、あれから何時間後かで本当に使う事になるとは思わなかったけど。
「ビビっで動けねぇのがよ、ガキが」
構えたまま動かない俺を見て、ピンモヒが煽ってくる。同じタイミングでパンチを打ち出しつつ。
舐めきって、油断しきって。
「来ねぇんなら、行ぐぜぇ!」
叫びながら、一気に間合いを詰めてきた。
老師から教えを受けたカウンター、チャンスは一度。相手は腐っても軍人崩れだ、躱されたら絶対、二度目は無い。
ジャブ二回を必死で避ける、そして三つ目、やっぱり伸びきったストレートが俺の顔に近付いて来る。
「はっ!」
老師には遠く及ばない呼吸で、俺も同時に前に出た。
さぁ、老師の動きを思い出せ。
伸びてくるピンモヒの腕に、俺の手が蛇が巻き付くような動きで触れ、相手の腕を外へと流す。
ガラ空きになった脇腹が見えた。小手先の攻撃なんて余裕の無い俺に、できる訳ない。
「何!」
ピンモヒの絶叫と同時に、俺は肩から全体重を乗せて体当たり。肋骨に当たる感触を確かに感じた。
「ぐぶぇえええ!」
何だかトンでもなく汚い悲鳴を上げて、異世界のテロリストは崩れ落ちた。
「やった……」
勝った。初めて。
「凄いっすよ、サンたく君」
後ろから金営さんが抱きついてくる。ガチガチに固まってた体が、何だか今ので解れたみたいだ。
「今のうちに、脱出っすよ」
そうだった、ピンモヒがこの程度でやられるわけ無い、か。ビルから落ちても生きてるような奴だからね。
「行こう、金営さん」
自称魔術師さんに肩を貸して、俺は早足で廃墟を後にしようとする。
「ホントすごかったっすよ、サンたく君。まるで班長の動き見てるようだったっす」
「え、ホントに?」
ビューレットさんと同じって、何だかメッチャ嬉しいぞ。
「いや、マジで。班長は武術の達人す。その動きに、ほんのちょっとだけ似てたっす」
えー、ほんのちょっと?
ちょい悲しい批評に落ち込みそうだけど、そんな余裕は無いね、急がなきゃ。
「いつ習ったっすか? あの……うぅ、うわぁあ!」
叫びと共に金営さんが倒れ込む、俺を道連れにして。
「大丈夫?! 金営さん!」
体を起こし、そう呼びかけつつ、倒れた金営さんに目をやると太ももから血が。
「やられたっす、油断してったっす」
優男さんの絶叫の前に、俺の耳は乾いた音を捉えていた。あれって銃声?
振り返る俺の目に、向こうも倒れたまま手にした銃をこっちに向けてるピンモヒの姿が飛び込んでくる。
「ガギが……舐めやがっでぇ!」
舐めて俺にやられたのは、あんたの方だろ。そう言いたいけど、向けられた銃口にはトラウマを刺激される。
昨年秋のニセ総理事件以来、苦手なんだよ。
「やばいっす、飛び道具は無しっすよ! 僕ら身を守る物が無いっす」
そう叫びつつ目を固く閉じて蹲る優男さんの前に、俺は両手を広げて立つ。そんな事くらいしかできない。
銃は怖い。それでも、ケガ人の後ろに隠れるなんてできない。
「でめぇから先に、くだばれぇ!」
聞き取りにくい絶叫を上げて、ピンモヒは俺に銃を向けた。
その声を聞きながら、俺は目をまん丸にして見詰めている。
何を?
空中をすっ飛んで来て、ピンモヒの後頭部に迫る膝小僧を。
「ぐぶぇえええ!」
さっきと同じ汚い悲鳴を上げて、異世界からのテロリストは前のめりに倒れた。
頭の後に強烈な膝蹴り喰らって。
倒れたショッキングピンクのモヒカン頭の上を転がって、膝小僧の主、お宝ティンはんが地面に倒れ込む。
その横を俺は駆け抜けた。
ピンモヒの落とした銃を、廃墟の奥に向かって思いっきり蹴り込む為に。
「これで、お互い丸腰だ!」
叫んで振り向く俺の目に、頭を振りながらヨロヨロと起き上がろうとする巨乳アイドルが飛び込んできた。
「ティンはん大丈夫か!」
駆け寄る俺に彼女は、酸っぱいのに加えてゴムの焼けるような臭いを撒き散らしデカ過ぎる胸を揺らしながら、やっぱり憎まれ口を叩く。
「なんでお前いっつも、こないな面倒に首突っ込むねん。思わず助けてしもたやないか、クソガキ!」
ホント変わらない。でもイイ奴なんだ、この異世界から来た地下アイドル兼泥棒は。
それをジレーザの皆さん、特に姫君様に判って欲しい。そう思わずには居られない。
「とにかく、ティンはんも逃げるよ、俺達と一緒に」
「行かせるがよ……ガギが」
「うわぁ、もう起き上がるっすか」
自称魔術師さんの悲鳴が耳を打つ。
その言葉通り、テロリストは満身創痍って感じだけど、しっかり起き上がってきていた。
「使いだくばぁ無かったがなぁ」
うめき声と共にピンモヒは、地面に落としていた金属製のスーツケースらしきものに手を伸ばす。
「おぎろ!」
テロリストの呼びかけに、スーツケースが音を上げて変形していく。
美術室で見たデッサン人形とか言う、のっぺりした木の人形に似た金属製の骨組み、ただ頭のテッペンに鶏冠が付いてる。
「ピンモヒ・ロボかよ……」
思わず呟いてしまったけど、そんな可愛いモンじゃなかった。両手には指の代わりに10本の出刃包丁みたいな刃が。
「殺戮専門っすよ、あれは」
「どないすんねん、クソガキ。あんなん相手にできんで」
俺の後ろで好き勝手言う二人を尻目に、機動を終えたロボが両手を広げ、更に10本の出刃包丁を突き上げて夕日を反射させる。
「やれ! 皆殺しどぁ!」
ピンモヒの雄叫びに合わせて殺戮マシーンが声無き咆哮を上げた瞬間、俺は違う音を聞いていた。
続けざまに響いた四つの、風を切る音を。
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