赤い絆と緑の襷 第8話
どうして?
ジレーザ御一行に守られて、この1500番宇宙から脱出したんじゃなかったのか?
「逃げられる訳、無いっす……班長、放ったらかして」
俺の問いに、自称魔術師さんは弱々しく、そう答えた。
「とにかく、血を止めなきゃ」
「大丈夫っす。すぐに……」
そのまま優男さんは気を失ってしまう。同時に遠くから、叫ぶ男達の声が。
「隠さないと」
ベンチの下に金営さんを転がして、鞄や学生服を脱いで上から掛け終えた頃に、声の主達がやってきた。
「はい?」
俺に向かって何か叫んでいるのは、やたらマッチョな野郎ども3人。どこかで見た事あるんだけど。
それ以上に、何語しゃべってるんだか全く判らない。
「きゃのっと、すぴーく、いんぐりっしゅ」
かなり危ない発音だっただけに、相手も俺と会話できない事に気付いたらしく、肩を大袈裟にすくめて去っていった。
誰も居ない事を確認して、俺は服を着直しつつ優男さんに手を伸ばす。が、いきなりその手を金営さんに、しっかり握られた。
「サンたく君、助かったっす」
「気が付いたんだね、良かった」
さっきと違って、優男さん平常運転って感じ。いつもの調子で話し始めたよ。
「いやぁ~それにしても君、よくあの連中を追い払えたっすね。翻訳機も付けずに」
「え? あのマッチョ、まさか……」
「僕を追ってきた、1962宇宙の連中っす。何しゃべってるか全く判らなかったすよね?」
そうか、アメリカ人っぽかったから、てっきり英語で話しかけられたと思ってた。道理で聞き取れない訳だよ。
「あいつらは海兵隊崩れ。窃盗団第一部隊の連中っす」
どこかで見たような気がしてたんだ、あの連中。
なるほど、ニセ坊主事件の寺カフェで銀八さんが持ってた写真に写ってたマッチョ達だった訳ね。
「とにかく逃げないと。また戻ってくるかも知れないし」
「いやいや。班長が監禁されてる場所、目星がついたっす。ジレーザに伝えないと」
マジで?
「上野駅を降りてすぐ、台東区役所の裏にある旧台東区立下谷小学校って廃墟っすよ」
ホントすごいよ、金営さん。でもね……
「まずは隠れないと。さっきの奴らに捕まったら身も蓋もないって」
「それは、そうっすけど……」
いつの間にか血が止まってる。やっぱ俺達の1500番宇宙、この世界とは違うんだな。体の構造が。
「どこか、いい場所は……」
無い事は無い、いや有る。だね。
ここ、昔は溜池が有った場所にできた公園から東へ向かえば。
「金営さん、動ける?」
「もう大丈夫っすよ。走るのは、まだ無理っすけど」
「動けるならオーケー」
そう言って俺は立ち上がり、鞄を持って優男さんの手助けをする。
「ここから東に行くと、陸上自衛隊の駐屯地の跡が廃墟になってるんだ、そこなら」
駐屯地を含む、かなり広い一帯が廃墟のまま放置されてる。北側の大学が敷地を広げるとか、隣のマンションが増築するとか噂は流れてるけど。
もしかしたら、多元宇宙の他の世界では今も陸上自衛隊の駐屯地のままなのかな。ふと金営さんを見て、そんな事を考えてしまった。
「こっちも廃墟っすか。まぁ、連絡とる手段が有ればイイんすけど」
「携帯、貸すよ」
「なら問題ないっす、行きましょう。サンたく君」
もう完全に俺、三琢な訳ね。まぁイイけど。
一琢こと棗のオッサンや二琢こと銀八さんは、今頃どうしているんだろう。
いやいや、心細くなってなんか居ないぞ、俺。今は、とにかく金営さんを安全な所に、だよ。
「急ぐよ、魔術師さん」
「そう言われてもっすね、痛たたた」
「治ったんじゃないのか……」
本人の説明によると、表面の傷は隠せるけど実際の怪我は治った訳じゃないらしい。
「肩貸すから、頑張って」
「了解っすよ、サンたく君」
二人して、空が染まりだした道をひたすら急ぐ。
そして、どうにか陸自駐屯地跡の廃墟まで、追手に見付からずに俺達は辿りつけたんだ。
「ここなら、見付からないと思うんだ」
「相当、広いっすね。あり? 何だか灯りが?」
確かに金営さんの言う通り、廃墟の奥にボンヤリと。誰か居るんだろうか?
「テントかな、あれ」
そう言いつつ、俺は自称魔術師さんに肩を貸しながら、廃墟の奥へと進んで行く。
「やっぱ、テントだ。しかもボロボロじゃないか」
俺の声に答える気力が金営さんには、もう無いみたい。膝から崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「浮浪者でも良いよね、とにかく間借りさせてもらおう」
ただただ頷く優男さんを背負って、俺はテントの中に転がり込む。
「うぅ!」
入った途端に背中で金営さんの呻き声が。俺もつられて吐きそうになる。
「酸っぱいっす、思いっきり酸っぱい臭いが充満してるっす」
更に元気が無くなるような呟きに、俺も鼻を押さえて頷くしか無いよ。
何日も風呂に入っていない人の体臭って、こんな感じなんだろうな。
「耐えられないっす、出ましょうよぉ」
そんな泣き出しそうな優男さんの悲鳴に俺が返事するより早く、このテントの主が反論した。
「喧し! 嫌なら出てかんかい!」
「え? ティンはん?」
「げっ! クソガキ?」
ズタボロの毛布を跳ねのけて俺達に怒鳴ったのは、紛れもなく異世界から来た巨乳地下アイドルだった。
「何やってんだよ、こんな所で」
「放ときぃや! 好きでこんなトコに居るかいな」
そりゃ、そうだろうけど。
「だって、アイドルやってんだろ? これじゃまるで……」
「喧し! こんな目に遭うたんも全て、ジレーザのせいや」
ジレーザって、あの姫君様が?
「あれからな、家は荒らされるわ、会社はぶっ壊されるわ、散々な目に遭うたんや。アイドルなんか、やっとれるかい」
「それで、こんなトコに」
「せや。卵な、返さんかった仕返しや。ジレーザの連中、無茶するにも程が有るで」
そんな、お宝ティンはんの語る事を耳にしつつ俺は、ずっと違和感を感じてる。
あの姫君様が、そんな回りくどい事するだろうか?
「で、でもさ。ジレーザの人達なら、直接ティンはんを追っかけるんじゃ……」
「知らんわ! あいつら以外に誰がウチを狙うねん。もう5日も野宿生活や、我慢の限界やっちゅうねん」
道理で。さっきから鼻つまみながら喋ってるんだよね、俺。
金営さんの言うとおり、かなり酸っぱい臭いが充満してるから。
「また臭いてかぁ? このクソガキ!」
いやいや。今回のは、ちょい違うよティンはん。そう言いたいけど、怒りを爆発させた異世界から来た地下アイドルの罵声に、俺は敗北する。
巨乳揺らしながら怒鳴らないで欲しい、目のやり場に困るじゃないか。
「そない臭いんやったら、出て行かんかい! またウチの家に不法侵入したんやからな、お前が!」
うわ、無茶苦茶な言われよう。流石に言い返そうとする俺を、優男さんが引き止めた。
「出ていきましょうよ、サンたく君。僕、限界っす」
鼻を押さえて涙目になってる金営さんを見ては、もう頷くしか無い。
「ティンはんさ。あの卵、返した方がイイよ。こんな生活、続けられないだろ?」
自称魔術師さんに肩を貸しながら俺は、あの白い砂漠から共に脱出した戦友に言った。
もちろん、耳を傾けてなんかくれない事は知ってるけど。
「喧し! ジレーザの肩持つんかいクソガキ。お前もウチの敵や!」
やっぱりね。罵倒されて俺は金営さんと二人、テントを出て廃墟の入口に向かって歩いて行くしかない。
「ここ以外を探すよ、もうちょい我慢して」
「了解っす。あの酸っぱい中に居るくらいなら、何処だって良いっすよ」
よっぽど嫌だったんだね、あの臭い。まぁ判るけど。
「やばい、日が暮れる」
陸自駐屯地跡の廃墟を出たら、空が赤く染まり出していた。そのプレ夕焼け空を背にして、長身の人影が立っている。
最初、誰か判らなかった。
帰宅途中の、金属製のスーツケースか何かを手にした、廃墟マニアのサラリーマン。かな、とか。
その声を聞くまでは。
「見づけだぜぇ」
「うそぉ。まさか……」
まさか。あの時、棗のオッサンに奴は逮捕された。って銀八さんに聞いたんだ、俺。
「そんな、バカな……」
動転してる俺の目の前に立っていたのは、金営さんと同じ1962番宇宙の住人。そして異世界のテロリスト。あのピンモヒだったんだ。
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