赤い絆と緑の襷 第5話 幕間その1
幕間はサイドストーリー。
主人公の行動とほぼ同じ時間に、別の場所で別の登場人物達が織り成す物語。あるいは同じストーリーを別の人物の視点から描いた物語。それは主人公が紡ぎ出す本編へとつながって行く支流のような展開。
その為、外伝と同じく通常とは違う三人称形式となります。ご了承ください。
時間は少々、巻き戻る。
イルカショーの終了間際、突然入った知らせに、光井栄美は通常とは異なる階段を駆け降りていた。
誰一人、通らない廊下の先に、彼女を待つ二人の姿が見える。
「お栄!」
彼女の姿を見るなり、同じバイトの制服に身を包んだアラサー女性が叫んだ。
「何が有った? 弁天」
「その呼び方やめてよね」
「今は、どうでもいい!」
「デート中に呼び付けて悪かったわね、だからってカリカリしなさんなっての」
アラサー女性の物言いに、瞬間、栄美の瞳から感情が消え失せる。
「教頭先生。それは今まさに、どうでもいい事ですよ。それよりも」
「そうでした、済みません。花板さん」
傍らに居た壮年の男の仲裁を受け入れ、女性二人は互いに向き合う。
「ジレーザ御一行様に会わせろって、小学生が来たのよ。この施設の表向きの方の事務所にね」
「小学生、だと?」
感情を取り戻した光井栄美の視線が、壮年の男に向かう。
説明を求められて、男は口をへの字に結んでから言葉を選びながら語りだした。
「私も、月紫さんもですが、実際に会っては居りませんので、詳しくは申せませんが」
「ストリチナヤって単語も飛び出したらしいの、その小学生から」
「馬鹿な……最上級機密だろうが」
驚きを隠せない自称美大生は、微かな不安が胸に宿るのを感じる。国際問題に発展しかねないかも知れない、と。
「お国元からの刺客か、と私も考えたんですが……」
「その子の容姿容貌がね……班長のお子さんに、そっくりだったのよ」
「班長? ダーティーブレットの事か? え? 妻子持ち? 嘘!」
栄美の、別な驚きにウンザリしたような表情で、月紫と呼ばれたアラサー女性は首を振った。
「だったら、どれほど良かったか……」
「と、ともかく。居るはずの無い子供が、知るはずの無い相手を探しに来た。異常事態なんですよ、今」
やや慌てたように、花板さんと呼ばれた壮年の男は、八景島シーパラダイスの地下三階に造られた特別な部屋の扉を開けながら言う。
「その子は今どこに? ジレーザ一行には見張りは?」
緊急呼び出しで、現場を離れた事に微かな苛立ちを覚えつつ、栄美は二人に尋ねた。
「済みません。どちらもロスト、です」
「だから、ここを使わせてもらうのよ」
1962宇宙の二人のどこか切迫した感じに違和感を覚え、彼女は更に問いかける。
「お今日、何が有った?」
「そう呼んでくれるのは嬉しいんだけどね」
答え難そうな月紫女史に代わって、壮年の花板さんと呼ばれる男が答えた。
「実は、昨日から班長と連絡が取れないのです。班長付きの若手とも」
「あぁ、確か自称魔術師って」
「そう、潜入中の二人とも消息を絶った。それが現状なのよ」
栄美に、お今日と呼ばれたアラサー女性、月紫今日子は嘆息と共に、そのセリフを吐き出す。
「佐川さん、この八景島で妙な反応や動きは有りましたか?」
状況を理解した光井栄美は、1500番宇宙のトップエージェントの顔になる。
「数時間前から所属不明のドローンが、島の各地を飛行中です、フェロークラフト。あっ!」
彼女が信頼を寄せる人物が、モニターの変化に気付き、声を上げた。
「たった今、僅かですが重力震を感知。多元宇宙間移動が行われた模様です。この特殊な反応は……1221番宇宙からのものです」
佐川は更に続ける。
「それと、ドローンが島の一カ所に集結しつつ有ります」
「場所は特定できますか? できれば映像を」
尊敬する上司の指示に、エージェント佐川は即、対応する。
「あれは、鞠亜ちゃん?」
「金営? 何で、あそこに?」
1962番宇宙の二人の驚きの声を聞き流し、栄美はモニターを凝視していた。
そこに映っていたのは3人。鞠亜と呼ばれた少女、自称魔術師、そしてシーパラダイス6階に置き去りにしてきたはずの……
「何で、あそこに……」
土下座する少女の少し後方、この1500番宇宙の普通の高校生、時保琢磨の姿にトップエージェントは心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
「出ます。佐川さん、後をお願いします」
部下の返事を待つ事なく、同盟の二人の呼ぶ声さえ聞き流し、栄美は地上への階段を駆け上がる。
「また、巻き込まれて! あの子は」
彼女の直感が、あそこにジレーザ一行も居る事に気付いた。そしてこれから起きるであろう事も。
降り出した雨が胸騒ぎを増殖していく。
八景島を東から西へ、ほぼ横断して光井栄美は島巡り船の桟橋に続く公園に辿り着いた。
「あれは……」
降りしきる雨の中、肩で息をする彼女が見たものは今まさに始まろうとする、修羅場。
大剣を手にした大勢の男達に向かって、高校生を片手に髪を振り乱して走り出すロングドレスの女性の姿だった。
「そんな……」
振り下ろされる大剣が女性に、そして時保琢磨に当たる直前、盾に弾かれたかの様に跳ね返る。
その後に、目で捉えきれない高速で動いている何かによって切り裂かれた男達の四肢が頭部が、宙を舞った。
「全滅?」
瞬殺という言葉しか、脳裏に浮かんでこない。それほどの速度でジレーザの主は敵勢力を壊滅させた。
呆然と見ていた1500番宇宙のトップエージェントの目に、吊り下げられていた高校生が水たまりの生まれた地面に落とされるのが映る。
「琢磨くん」
ようやく我に返った彼女は、何か不思議な雰囲気を漂わせる男女を目の当たりにする事になった。
深い悲哀を漂わせたロングドレスの姫君と、見上げる少年の瞳に映る思慕に似た感情。
瞬間、激しく青い炎が自分の内面で吹き上げるのを感じて、光井栄美は我知らず再び駆け出していた。
二人が自分に気付き、こちらを見る。再び高校生の体が浮かび上がるのと同時に、ジレーザの主が吠えた。
「返すぞ!」
20メートル近い距離を、体育会系のよく鍛えられた体が吹っ飛んでくる。
「だから、何」
呟きながらトップエージェントは、しっかりと受け止めて傍らに下ろした。自分が失策を犯した事を痛感しつつ。
呆然と自分を見つめる時保琢磨の視線が、今は堪らなく痛い。それが更に彼女の怒りに油を注ぎ、その瞳から感情を失わせる。
「ほう、そなた面白いな」
離れた距離に有りながら、ストリチナヤの声が耳元で聞こえる。回線に割り込んできているのが癪に触った、相手の方が技術力が上だと認識させられる。
しかもジレーザの主は、この雨の中わずかさえも濡れていなかった。彼女の頭の上で、ドーム状に雨粒が弾き返されている。
自分より能力的にも上か。光井栄美の思考は既に敵対に傾いていた。
「さて、言いたい事が有りそうじゃな」
再び聞こえた姫君の言葉に、栄美は切れた。後先考えずに走り出すなど、エージェントである自分とも思えぬまま。
しかし、彼女がストリチナヤに辿り着く事は無かった。
二人の間に、近くの遊戯施設さえ突き破るほどの勢いで、高級車が割り込んできたから。
「邪魔を……」
言いかけて栄美のセリフは途絶える。
「小僧、また会おうぞ」
車から降りた人物と会話した後の姫君の言葉で、自分を凝視しているであろう琢磨の視線を、彼女は思い出させられる事になった。
走り去る車を見送る形となり雨の中、彼女は口を開く。
「バイト残業になったから、一人で帰って」
「え?」
「じゃ」
琢磨の声を無視し、一言を残して彼女は再び走り出す。泣き出しそうになる自分が可笑しかった。
「何で、こんな事に……」
吹き出そうな怒りを押さえ込んで、走りながら彼女は優秀な部下に連絡を入れる。
「佐川さん、私です。バイクを用意してください。ジレーザを追います」
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