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赤い絆と緑の襷 第4話

 姫君様の一言で、クレアと名乗った少女の肩が震えだす。


 「私に、夫を見捨て、逃げ帰れと……」


 すすり泣く合間に声を絞り出す少女に、ジレーザの主は切り出した。


 「それを娘御むすめご似姿にすがたと申したな、そなた」


 今度はクレアさんも、うなだれたまま頷くのみ。


 「父を囚われ今また母に、もしもの事あらば……そなたの娘御はどうなる?」


 いきなり反り返った、って感じでクレアさんは顔を上げた。


 「失念、して、おりました……」

 「致し方有るまい、されど娘御の事を今は何よりとせよ。母親ならば」


 姫君様の後ろに並ぶジレーザの面々が、始めて和やかな表情を浮かべた。俺も何だか温かい気持ちになる。


 「今はただ、無事に娘御の元に帰る事だけ考えよ」


 再びうなだれる少女を前に、一旦そこで言葉を切ってスタリーチナヤ様は、こう続けたんだ。


 「わらわよりの一報を、待て。しかして希望せよ」


 その一言に、少女姿のクレアさんが本当に反り返るって感じで頭を上げた。


 「姫様、それは!」

 「やっぱ、そう成りますかぁ」


 社長秘書風女性と小学男子が真逆の反応を見せる。あのダンディー紳士が静かに姫君様の横に立った。


 「国元くにもとには、如何ように……」

 「姉上には私自ら直談判する」


 私? えっと妾、じゃなくて?


 「姫様、まこと、我が願いを……」


 え? 何、クレアさんの嬉しそうな声。

 俺は展開について行けず、かなり間抜けな顔で呆然と見ていたらしい。


 「そなた知っておったか? 妾としては、そこな小僧のような顔で呆然と見て欲しかったのじゃがな」


 あ、俺、少年から小僧に格下げ?

 スタリーチナヤとお呼びした時と同じ、満面の笑顔で俺を見てから、姫君様は自らの襷を外そうとする


 「姫様、何と言う事を!」


 沈着冷静だったダンディー紳士が、大慌てでそれを止めようとした。


 「この者にこそ必要であろう、これは」


 そう言ってジレーザの主は部下を黙らせ、直立不動にさせた。凄いね、本物の姫君。


 「待て、然して希望せよ。そうおっしゃられた以上、我らに是非はございませぬ」

 「我らジレーザ、依頼承認の御言葉、確かに承りました」


 ボリス・ザギトワって呼ばれた紳士のセリフの後、ジレーザ第8席の女性と小学男子の声が重なる。


 「ご指示を、姫様」


 そして三人揃って敬礼したんだ。


 「今この時より、作戦行動に入る。これを外さば皆を見る事は叶わぬ、声も聞こえまい」


 え? そんなに凄いのか? 遮蔽装置とか言う緑の襷は。なのに何故、俺には見える? 聞こえる?


 「オホートニチヤ、並びにキンジャール。クレアと、そこな腰を抜かしておる従者を国元に送り返せ。脱出戦となろう、好きに暴れて良い」


 姫君様は、そう言うと自らの緑の襷を外して少女に掛けた。

 同時に、金営かなえいさんの悲鳴が。無理もないね、何も無い所に突然、ドレス姿の姫君様が現れたら。


 「クレア、もう言葉を交わす術とて無いが、娘御の為に息災であれ」


 姫君様がそれを言い終わる前に、あのダンディー紳士が自分の襷を外しながら、俺の後ろに向かって歩み去る。

 尻餅ついたままの金営さんを抱き上げるように強引に立たせつつ、彼は主に習って襷を掛けた。


 「ザボール。そなたへの指示は、まだであるが?」


 幾分、声のトーンを落として姫君様が告げる。怒ってるんじゃないかな、これは。


 「この者も遮蔽すれば、脱出は容易くなりましょう。それに、私は姫様の御側を離れる訳には参りませぬ故」


 優しい笑みを浮かべてダンディー紳士は答えた。けど主様の方は、そっぽを向いてしまう。う、何か可愛いぞ、姫君様。


 「言うても聞かぬか、致し方有るまい」

 「御理解いただき久悦至極。さて姫様、我らに僧会が気付いた模様。如何いたしましょうや?」


 ザボールと呼ばれたダンディー紳士が、あのイケメンさんと同じようなのを装着してる。顔半分覆ってるよ、よりイカツイね。


 「二人とも、疾く行動に移れ」


 意外にも見えないはずの部下の方を見て、姫君様は命じた。二人が敬礼しかけて相手に見えない事に気付き、足で地面に何か描く。


 「ダー? 律儀な」


 とだけ、ジレーザの主は微笑んで口にする。そこには記号みたいな物が描かれてた。

 それがロシア語でイエスを表す文字だと知るのは、もっと先の事なんだけど。


 「さて、小僧。そちは妾の傍に」


 二人のジレーザがクレアさんと金営さんを連れて走り去るのを見ていた俺を、スタリーチナヤ様が呼んだ。う~ん、少年に戻らないな、俺の評価。


 「では、お先に参りまする」


 ダンディー紳士がそう言って歩き出す後ろ姿に、姫君様は声をかけた。


 「過半数は妾の為に残せ。良いな」


 振り返って穏やかな笑みを浮かべて一礼すると、紳士は走り出す。瞬く間に姿は見えなくなってしまった。


 「近こう寄れ、小僧。離れていては守れぬ」


 そう言われて近付いて、俺は気付いてしまった。クビレすごい! 姫君様のウエスト、細い。メッチャ細いんだ。


 「何やら良からぬ事を考えておるな?」


 俺の視線は釘付けになっていたらしい。さっきと同じくトーンを落とした一言で、我に帰らされた俺は慌てて両手を振り回す。


 「な、何も! 考えてません! 絶対」


 あの白い砂漠で、異世界から来た地下アイドルお宝ティンはんに抱きついてた役得な記憶が、俺に再現を求めてた。なんて言える訳が無い、姫君様に。


 「では、背を向けよ」


 鼻で笑ってスタリーチナヤ様は、俺の服の背中を摘んだ。


 「え? えぇ!」


 摘まれた所を引っ張り上げられるに従い、まるで子猫が首の後ろを持って引っ張り上げられるように、俺は空中に浮いた。


 「妾の母方の遺伝でな、意とする物をこのように浮かせる。重力干渉と言う……聞いておるか? 小僧」


 はい、そうですか。なんて言ってられない。前から何人もの男どもが、大型の剣を振り回しながら走ってくるのが見えれば。


 「過半数残せ、と申したものを。わずか23人しか居らぬではないか」


 やや憤慨したように言う姫君様は、そのまま走り出した。

 俺は網に入ったバスケットボールか何かのように、姫君様に吊り下げられたまま、大剣振り回す連中の群れに飛び込む形となる。


 「魔女めっ!」


 口々にスタリーチナヤ様を罵りながら斬りかかってくる男どもの間を、固まった俺と髪の毛振り乱した姫君様は高速ですり抜けた。


 「何だ、この音」


 そう呟く俺の耳を、今も俺と姫君様の周りから聞こえる音が打ち続ける。

 何かが俺達の周りを飛び交ってるような? でも早すぎて全く見えない、ただ風を切る音だけが聞こえ、その後に男どもの悲鳴が上がった。


 「速っ!」


 思わず俺は、そう口にしてしまう。

 棗のオッサンに勝るとも劣らないって感じのスピードで駆け抜け、男どもを正面突破していた。

 体ごと振り向く形になった俺達。そんな俺の目に、信じられないほど凄惨な絵が飛び込んで来る。

 腕飛ぶ、足飛ぶ、頭飛ぶ。胴体だってズッタズタ。秒殺ってこれを言うんだ。


 「肩慣らしにさえ、ならなんだわ」


 静かにそう言う姫君様は俺を解放した。摘んでいた指が開き、俺は血だまりが目の前に広がる大地に落ちる。

 膝から地面にぶつかり、そこで俺は初めて小雨が降り出していた事に気付いた。


 「うっ、うぅう……」


 あたり一面に漂う強烈な血の匂いに、俺の胃袋は中に有る物を押し上げ、口から全部出してしまおうとする。


 「この世界、1500番宇宙の住人よ。恐ろしいか? これが我らジレーザを雇うと言う事よ」


 判ってるつもりだった、イケメンさんを白い砂漠で見てるんだから。でも目の前で、化け物じゃない同じ人間相手に、同じ事が行われたら。

 今それを、思い知らされた。厳し過ぎる現実を。


 「腐っても僧侶、か。骸と化した後、国元への帰還装置くらいは持たせておったな」


 ジレーザの主の言葉通り、散乱するバラバラ死体が揺らめきながら消えていく。微かな重力震を感じて、姫君様の言った意味を俺は理解した。


 「立ち篭める血臭、散乱する遺骸。妾は、見飽きるほど見てきた」


 重い口調の中に含まれた物が、俺の嘔吐を止めた。それって悲しみ、みたいな?

 見上げた俺を、静かに姫君様が見下ろしている。何だかドキドキしてしまった、美し過ぎるって、この御方。

 吸い込まれるような瞳に魅入る俺の耳に、好きでやっている訳では無い。そんな声が、聞こえたような気がした。無論、空耳ってやつだよ。きっと。


 「小僧、我らと対峙する事は、覚悟が必要になる、そう言う事ぞ?」


 姫君様の声に反応しようとして俺は、声を出せずに振り返った。

 スタリーチナヤ様も黙ったまま、多分その音の方を見ていると思う。

 そこに、水たまりを踏み鳴らして駆けてくる女性の姿が。


 「お姉さん……」


 いつの間にか激しくなっていた雨の中、走ってくるのは、俺にとって誰より大事な人。

 その姿が下から上に移動する。姫君様がまた俺の服を掴んで持ち上げたんだって気付くのに数秒かかった。


 「あのショーの折、並んで座っておったな」


 俺の耳元で、姫君様の囁きが。昇天しそうな瞬間、しかしそれは正に一瞬だった。


 「返すぞ!」


 珍しく怒鳴って、駆け寄ってくる光井栄美さんに向かって、俺は放り投げられた。

 20メートルくらいの距離を飛んで俺は、お姉さんに体当たりする羽目に。


 「え? まさか……」


 今日、何度目の「え?」なんだろう。

 体育会系の俺の体を倒れる事なく、がっしりと受け止めた後、栄美さんはそっと下ろしてくれた。

 だけど、どうして?

 こんな華奢なお姉さんが、どうやって俺との体重差を? 呆然と俺は栄美さんを見つめる事しかできない。


 「ほう、そなた面白いな」


 不思議な事に、遠く離れているはずの姫君様の声が耳元で。

 更に不思議な事に、全く雨に濡れていない。


 そんなスタリーチナヤ様は、とんでもなくダークな笑みを浮かべて俺達を、いや栄美さんを見詰める。

 無言で見詰め返す、じゃないな……全く感情の無い視線で、栄美さんは姫君様を見てる。

 でも、俺には判る。以前、初デートの帰りにも有った。この雰囲気。

 表に出てないだけだって、今まで見た事無いほどお姉さんは怒り狂ってるって。


 「さて、言いたい事が有りそうじゃな」


 ジレーザの主が口にしたセリフが終わらない内に、栄美さんが走り出す。その二人の間に、遊戯施設を突き破る勢いで、いきなり高級車が割り込んできた。


 「なにゆえ、ここに居る。そなたら」


 車の中を眺めて姫君様が言う。対する答えはドライバーシートから降りた、あのダンディー紳士から出た。


 「姫様の御側が一番、安全であると皆が申します故」

 「左様か。では同乗いたそう」


 車に乗り込む前に、スタリーチナヤ様は確かに俺の方を見て、こう言った。


 「小僧、また会おうぞ」


 思わず硬直する俺には目もくれず、姫君様を乗せた高級車は走り出す。

 後には俺と栄美さんが雨の中、二人きり。


 「あの、お姉さん……」


 しまった、また何時もの癖が。そう思う前に彼女から感情の一切ない声が返ってくる。


 「バイト残業になったから、一人で帰って」

 「え?」

 「じゃ」


 短い別れのセリフを残して、光井栄美さんは来た道を戻って行く。後には途方に暮れた俺が一人、雨の中に取り残されたんだ。

お読み頂きありがとうございました。


厳しい御批評・御感想、そして御指摘、お待ちしております。


今後とも宜しくお願い致します。

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