Kaleidoscope、枯れ井戸(かれいど)すこ~~プッ! 第21話 付記その2
付記はサイドストーリー。
主人公の行動とほぼ同じ時間に別の場所で別の登場人物達が織り成す物語で有ったり、主人公が紡ぎ出す本編へとつながって行く支流のような展開で有ったりします。
それは次章、更にその先へとつながる、誘う、この物語の外伝。章の最後に付け加え。
その為、通常とは違う三人称形式となります。ご了承ください。
ビニールハウスの前に、周りの風景とは不釣り合いな高級車が止まった。
開いた後ろのドアからパンプスと呼ばれるワインレッドの女性物の靴が覗く。スラックスと呼ぶには、余りにも体に密着したスーツの上下を着こなした足が続く。
車を降りると、その女性は腕時計に視線を落とした。
「18時過ぎか、着替えに手間取ってしまったかな」
彼女を送ってきたリムジンの運転手に指示を出し、目の前の農場を眺めた後、いつまでも動き出さない車に気付く。
「お帰り頂いて構いませんよ、佐川さん。あ、迎えは必要ありません。おそらく泊まりになると思いますから」
「こ、これは、し、失礼いたしました。フェロークラフト」
流石に彼女の見事なまでにボディラインを強調したスーツの後ろ姿に見とれていた、とは言えず、運転手は文字通り首を縮めてリムジンを走らせた。
「お変りになられたものだ」
かつて半年前に、彼女に同行してコンビニ惨殺事件を捜査した時とは別人のようだと、運転手を務めた人物は思う。
素顔を見せるようになった、先ほど見とれてしまったような優れたスタイルを隠す事も無くなった。
何よりも、笑顔で会話してくれる。
「良い事だ、本当に。それにしても……」
今日は何か良い事が有ったのだろうか。いつに無く、艶やかであったように思う。
長く共に事件に当たった今日の運転手に、そんな風に見られていたとは、その女性は知る由もない。
去っていく車を見送った後、彼女自身は少しづつ茜色に染まり始めた西の空へと目を向けていた。
ここは、西側を東京外環自動車道が走り、すぐ横に山と名の付く小高い丘の公園が有る、名目上は都の区民農園となっている。
ビニールハウス横の直売所に向かって歩き出そうとして、彼女はそこから出てきた人物を見て足を止めた。
「遅いわね、白蛇伝説」
先に声を掛けたのは、直売所から出てきた人物の方。
ショートカットの髪に細身の眼鏡がよく似合う、やや面長のアラサー。その人もまた、よく似たスーツ姿の女性だった。
「何故、蹴りの弁天がここに居る」
感情の全くこもらない声で、白蛇伝説と呼ばれた女性は問いかける。
「私、今その二つ名で呼ばれてないの。チーム・ワンウイークの一員だからね」
「ダーティーブレットの手下か」
「班長を愚弄すると、貴女でも許しませんよ。白蛇……」
言い終わる前に、地面が鳴った。ほぼ同時に振動が足に伝わる。
それを感じた瞬間、蹴りの弁天と呼ばれた女性は鼻を狙って突き出された必殺の拳を、最小限の動きで避けた。
「鈍っては、居ないようだな」
「相変わらずね。自分の二つ名を嫌うの」
「当然だ」
「じゃぁ、どう呼べば良いのかしら?」
とてつもなく大きな舌打ちの音が、黄昏の区民農園に響く。
「それも相変わらず。舌打ちは止めなさいって言われなかった? 光井栄美さん」
「まったく。ダーティーブレットの手下になんかなるから、更に性格が悪くなったな」
地下鉄千代田線、乃木坂駅でこの1500番宇宙の時保琢磨と別れてから約2時間後、トップエージェント白蛇伝説こと光井栄美は全く違う出で立ちで、ここに居た。
「機嫌悪いわね。デート邪魔されたから?」
風が、唸った。
今度は大きく飛び退いて、自分の頭の有った場所を通り過ぎていく栄美のハイヒールを彼女は息を整えながら見詰める。
「まさか、高校生相手に本気になってるとはね。怖い怖い」
再び、信じられないほど大きな舌打ちが響き渡る。
「そんな、体のラインが露わになったスーツで誘惑するほどなの?」
「これは貴様の親玉の趣味だよ、私が選んだ訳じゃない。こんな物着て、あの子に会えるか!」
恋人扱いされた高校生に会いに行ったリクルートスーツも、決して体のラインを隠した物では無かったのだが、彼女にその意識は無いようだった。
「あの子、ねぇ」
楽しげに含み笑いをするアラサー女性に、栄美は三度目の凄絶な音を響かせる。
「また舌打ち? 老師に叱られるわよ、私としても姉弟子のそんな所、見たくないわ」
「誰のせいだ、誰の!」
そう怒鳴った刹那、再び直売所の引き戸が開く。中から出てきた見覚えの有る壮年の男に、栄美の視線が動いた。
「教頭先生、再会を懐かしがられるのは判りますが、時間が有りません。ほどほどに」
「そうね、ここは花板さんの顔を立てましょう」
「貴方は、確か」
まだ一週間と経っていない。彼女も忘れては居なかった、その穏やかな表情と声音を。
「まだ4日ほどですが、ご無沙汰しております。私、日笠山と申します者でして、こちらの月紫さんとは同業と言う事で。ご納得いただければ」
「その節は、お世話になりました」
「はて?」
「勢いとは言え、あの男に暗器を投げつけてしまいました。その後の手当ては貴方がしてくださったでしょう、それに部下の女性の件でも」
その話を耳にしたアラサー、つくし。と呼ばれた女性が目を釣り上げる。
「貴女、なんて事を。許せないわ」
「別に。貴様に許しを請う必要は無い」
睨み合う二人の女性を眺め、ひがさやま。と名乗った壮年の男性は溜め息を付いた。
「棟梁が居なくて正解でしたね。ともかく来ていただけますか? すでに3時間近く経っておりますので」
そう言いつつ、日笠山は出てきた直売所の中に戻っていく。
「嫌そうね」
「当然だろうが、極秘施設に突然の乱入者、あとは任せた。そう言われりゃな」
「貴女、言葉遣いが悪くなってきてるわよ」
「知るか、こちとら江戸っ子でぇ。頭に血が昇りゃこんなもんよ」
普段の、美大生としての姿しか知らない高校生が見たら仰天、と言ったところか。
「まぁ、理解できるけど」
「第一、うちの最高機密なんだ、ここはな。あっさりバレてるたぁ、どう言う事だよ?」
狭い直売所の中で、もう完全に江戸前べらんめぇ口調になって、光井栄美は不満をぶちまけた。
「同盟を結んだ私達でも、ここを知ったのは最近ですからね」
先行する日笠山が野菜をどけながら、会話に参加する。何も無くなったテーブルの天板がスライドすると、タッチパネルらしき物が窪みの中に見えた。
「では参ります」
壮年の男が操作すると、直売所の床が静かに沈み始める。地下に向かって降りていく速度は意外に早かった。
「まぁ、やってきたのが2177宇宙の破壊工作部隊とかで無くて良かったじゃない」
「他人事だと思いやがって」
「125ヌクレオチド連合からの、言わば除名宣告は、つい先日ですからなぁ。あの逃亡犯を捕らえた直後に聞かされようとは」
日笠山の言葉に、トップエージェントと渾名される女性は肩をすくめた。
「独立する手間が省けましたけどね」
「お栄! 何なの、貴女。花板さんには、その言葉遣い?」
「貴様相手に遠慮は要らん」
身も蓋もない言い方に、月紫と呼ばれたアラサー女性は憤慨する。
「にしても、1221番宇宙からとはねぇ」
話を変えようと、花板さんと呼ばれた日笠山は殊更、大げさに首をひねる。
「あそこも帝政廃止で揉めてるはずですからなぁ。来たのが帝国存続派か僧会なら、味方欲しさだと思うんですが……」
「ジレーザ、ですものね。帝政廃止、民主化運動の最先方に属する組織なら、国民が味方だからその必要も無いでしょうし。それがわざわざ接触してくるとなると……」
二人の感想を聞きつつ、栄美は眉間に皺を寄せていた。
「ジレーザ……今ひとつ、いい評判を聞かないような気がするんですけど。1962番宇宙の方々なら何か有益な情報をお持ちですか?」
「通り一辺倒な事しか、判りませんねぇ。絶賛する者も居れば酷評する者も、ですからね。芸能人と同じですな」
「現皇帝代理たる継承権第一位、の名代って肩書きで来たんですもの。私達じゃお相手できないわ。この1500番宇宙の代表者でないとね」
白蛇伝説の通り名を持つ女性は更に、眉間の皺を深めて視線を下げる。
「名代、となれば……第2席、ザギトワ司法長官か、第3席ヴォルドリン枢機卿、それとも」
「いえ、どちらでも有りません」
第4席の名を思い出そうとした矢先に、日笠山からそう言われ、栄美は顔を上げた。
「ストリチナヤ、御本人よ」
月紫女史のセリフに瞬間、頭が付いて来ない。首を振りながら、トップエージェントと言われる彼女は辛うじて言葉を絞り出す。
「だから、私か」
「そう。継承権第二位にしてジレーザのトップ、戦闘力ではナンバー2と噂の御方。普通の人じゃ、暴れられた時に対処できないでしょ?」
あのクソ養父。
そう栄美が呟くのを、1962番宇宙の二人は聞き流して顔を見合わせた。
「長い夜に、成るかも知れませんなぁ」
日笠山のボヤキに近い声に、白蛇伝説の通り名を持つ女性は無言で頷いた。
第五章 了
お読み頂きありがとうございました。
厳しい御批評・御感想、そして御指摘、お待ちしております。
今後とも宜しくお願い致します。




