Kaleidoscope、枯れ井戸(かれいど)すこ~~プッ! 第20話 付記その1
付記はサイドストーリー。
主人公の行動とほぼ同じ時間に別の場所で別の登場人物達が織り成す物語で有ったり、主人公が紡ぎ出す本編へとつながって行く支流のような展開で有ったりします。
それは次章、更にその先へとつながる、誘う、この物語の外伝。章の最後に付け加え。
その為、通常とは違う三人称形式となります。ご了承ください。
「何でしょうか? ジレーザ・リェーズヴィエ」
1637番宇宙の時保琢磨、通称ガス人間8号はミニバンの後部ハッチの前で、空中に浮いている担架に横たわるロシア貴族に問いかけた。
「呼び止めて、済まなかった。貴殿の耳には入れておいた方が、良かろうと思ってな」
淡い金髪に砂漠の砂の名残を付けたまま、翡翠色の瞳で彼は少し離れた所に居る、先ほど共に命懸けの生還を果たした者達を眺める。
「あの蟷螂眼鏡では貴殿に正確には伝えられまい、さりとて少年では裏事情を知らぬ故、起きた事実の羅列にしか成らぬだろう」
端正な容貌をやや曇らせ、鉄の刃とロシア語で呼ばれた青年は銀八に、そう告げた。
「それ程の事が有ったのですか?」
「貴殿、この1500番宇宙の現在、或いは現状を存じているか?」
「2177宇宙からの侵略、でしょうか?」
ロシア貴族は目を閉じ、静かに頷く。
「その情報が伝わるや否や、連合首脳部は当初、援護支援を発表していたが……」
気化生命体の青年を真正面から見据え、感情を込めずに語りだした。
「2177宇宙が千単位の大艦隊を建造中、そして1500番宇宙が独立を画策しているとの噂が流れると同時に、だったな」
初めて皮肉な笑みを浮かべ、淡い金髪を揺らして首を振る。
「先日、125ヌクレオチド連合はいきなり不戦を表明、この1500番宇宙に相互不可侵、事実上の切り捨てを通告した」
「酷い話です。ここが連合からの独立を模索していたのは確かですが、こんな形でしっぺ返しとは」
「貴殿、この1500番宇宙に思い入れでも有るのかな?」
思いがけない問いに、ガス人間8号は咄嗟に答える事ができない。
「私は、結構好きだがな。何より水が旨い、特にこの島国はな」
話が逸れたな。笑いながらジレーザの青年はそう言った。
「こことは違いますが、私にとっては故郷ですから。この島国は」
「そうか。では、本題に入ろう。この1500番宇宙は近々、戦場になる」
一瞬、言葉を失い阪本銀八こと1637番宇宙の時保琢磨は、目の前の翡翠のような瞳を凝視する。
「事実だ。平和目的の通商同盟を唱えながら、125ヌクレオチド連合の奴ら軍事同盟を幾つかの多元宇宙間で結んでいる」
「そんな、ここを……見殺しに? 侵略者相手に戦争を?」
「我々が跳んだ先の詳しい話は、あの二人から聞くが良い。ただ、そこは砂漠の惑星で、人造生命体の放牧場のような所だった」
「人造生命体?」
「ホムンクルスと呼んでいた。そう呼ばわっていた奴らが使っていた言語がゲール語だった」
その一言に、再び銀八は言葉を失った。
「まさか、ゲール語と言えば……」
「知っているか。貴殿、事情通だな。政界に顔が利くのか?」
「父が少々。ですが1580番宇宙は連合の事実上の最上位。その暗部となると」
「暗部、そうだな。奴らが公表しない軍組織の公用語。それを使う機動兵器が人造生命体を狩っていた、増え過ぎを理由に。準備万端、そう考えるのが妥当だろう」
見てきた訳では無いガス人間8号にとって、生体兵器や機動兵器を思い描く事は至難の業であるらしい。苦悩が顔に出た。
「詳細は二人に聞け。その機動兵器で1580番宇宙は迎え撃つ気だ、ここを戦場にして。エドワード・T・T・ランカスター、食わせ物だな。現ブリテン王め」
「エドワード黒太子ですか? 噂に聞く」
銀八の問いかけに、ロシア貴族の青年は眉をひそめる。
「それは現国王から5代ほど過去の人物だな、300年近く前の話だと思うぞ」
「え? そ、そうでしたか……」
「貴殿、歴史とか地理は苦手か? あの少年と同じく」
琢磨くんと同レベルですか、失望感満載ですね。と、心で呟くも決して落胆する様子など見せずにガス人間8号は苦笑いに徹した。
「流石に、別世界の他国の歴史までは……」
苦しい言い訳にしか聞こえないが、相手は担架に横たわったまま、静かに頷いてくれる。
一国の国防省にも匹敵する組織のナンバー3で有り続けるなら、その程度の知識は当然なのだろうが、とも思うが銀八が口にしたのは別の件だった。
「あと、お礼を」
「はて、貴殿から礼を言われる?」
「誰一人欠ける事無く、連れ戻してくださいましたから」
「私の力では無い、皆の、努力の結晶か。強いて言えば、あの少年の力かも知れん」
「彼が、ですか? 第三席」
ガス人間8号の問いに、思い出し笑いを浮かべて、ジレーザのナンバー3は呟く。
「思えば、不思議な少年だったな」
共に視線をくぐり抜けた戦友に向けるような眼差しを、ジレーザの青年は、少し離れた場所に居る高校生を眺めた。
「何も出来ない、所詮ただの学生だと思っていたが……あの少年の言動が全ての起点になっていたように、今にして思うな」
その言葉を受けて同じ方を見詰めつつ、1637番宇宙の気化生命体は思うところを口にする。
「我々は彼を巻き込まれ型だと、いつも言うんですがね。リェーズヴィエ」
「巻き込まれ型……」
「しかし本当は彼が先陣を切って、文字通り真っ先に突っ込んでいくんです、様々な出来事に向かって。巻き込まれるのは、実は周りに居る者達の方で」
「なるほど」
「悪い方に傾けば、はた迷惑なだけなんでしょうね……ですが、その彼を中心に不思議と何かが動き出すんですよ。奇跡も起きるかも知れません」
「ここが焦土と化すかどうかも、あの少年次第とでも言いたいのか? 貴殿は」
「貴方ご自身の体験では、如何でしたか?」
「ふむ。判る気も、するな」
「そう言う子なんです、彼。この1500番宇宙の、時保琢磨とは」
多元宇宙での異なる世界の自分自身である高校生の名を口にした途端、息を呑む気配がロシア貴族から伝わった。
驚きを隠せず銀八は、ジレーザの第三席と自分が呼んだ青年を振り返る。
「ときやす……たくま。今、そう言ったか。貴殿」
「え、ええ。それが何か?」
思い直したように鉄の刃は、静かに首を振った。
「いや、何でも無い。気にしないでくれ。あぁ、長く引き止めて済まなかった」
「いえ、こちらこそ。一刻も早く病院へお連れすべきでした」
答えながら、銀八は運転手となるべき人物、彼が万事屋と呼ぶ1438番宇宙の時保琢磨の所へ向かう。
「これは、只事では無い反応でしたね」
振り返るとジレーザのイケメンは、己が思考に埋没しているように見えた。
「少し調べてみますか」
自身にしか聞こえない小さな呟きと共に、阪本銀八を名乗る青年は多元宇宙における3人の自分自身の元へと歩み寄って行った。
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