Kaleidoscope、枯れ井戸(かれいど)すこ~~プッ! 第19話
結論から言えば、火球は俺達を包む防御壁ってヤツを直撃した。
でも、ジレーザのイケメンさんがプラズマ兵器と言った火球をモノともせず、卵はカウントダウンを終えて多元宇宙を渡ったんだ。
「どぉわっ?!」
オッサンの奇妙な叫びで、俺は意識を取り戻す。今、俺達6人は空中に居た。
夜明けが近いのか? 薄明かりの中、ぼんやりと見覚えのある風景が開いた眼に飛び込んできた。
すぐ下にあの枯れ井戸が見える、って事は。そう思った刹那、俺達は重力に引かれて落っこちた。
「痛ててて」
卵を抱えたまま尻餅をつき、我ながら情けない声を出した俺の横で、呻き声が。
「地表約2メートルと言った所か……肋骨が折れてさえいなければ」
情けなさげに呻くジレーザのイケメンさん。相当痛いんだろうな、折れた脇腹を地面にぶつける形で落ちていた。
そんな俺達に、いや、俺に呼び掛けてくる人が。
「琢磨くん?」
銀八さん? 棗のオッサンの言った通り来てたんだな。いやいや、これはまた説教が待ってたりするのか?
そんな事を考えながら立ち上がろうとする俺の前に、立つ人影。お宝ティンはんの素足が目に入った。
「立てんやろ? そんなん持ってたら」
言いながら俺が抱えてる卵に手を伸ばす。俺は水かきの付いた手の平に、イケメンさんのお国の秘宝を置いた。
「おおきに。で、な……かんにんや」
かんにん? って確か……考えてる俺に、オッサンの雄叫びが。
「馬鹿かよぉ! そいつぁ広域窃盗犯なんだぜぇ!」
そんな事、無い。有る訳無い。そう思いたい俺は目の前の、巨乳地下アイドルの顔を見上げる。
けど、彼女は目をそらした。俺の視線から。
「ティンはん?」
「ホンマかんにんな、これはウチのモンなんや」
「嘘だろ?」
「待てや! 広域窃盗犯81号!」
棗のオッサンが飛びかかるより早く、お宝ティンはんは壮絶なゴムの焼ける匂いを残して跳躍した。
「ほな!」
驚異的なジャンプ力に何度も助けられた俺だけど、最後の最後で裏切られるなんて。
「やられちまったぁな。ボウズよぉ、悪い女にゃ気ぃ付けなきゃよぉ」
「16~7の少年に、それを言うか? 貴殿、何様だ。」
「あ? ガキが女に騙されんなぁ普通だろうが? まぁだ知らねぇだろうしよ、色々と」
くそっ、言い返したいのに言葉が出ない。オッサンの言う通りだった。
「済みません。イケメンさん」
「私の事か? 少年」
怒るでも無く、少し苦しげに脇腹を押さえたままロシア貴族のイケメンさんは、倒れたまま俺を見上げる。
「卵、盗られて……」
何とも情けなくて、その後のセリフが出てこない。ちゃんと謝らなきゃ、いけないのに。
「こうなる事は判っていた。故に卵には発信機を付けてある。逃げられはせぬさ」
「は! 流石は鉄の刃だぜぇ。恐れ入ったってのぁ、この事だぁな」
「当然の事だ」
イケメンさん、ティンはんの事を全く信用してなかったんだな。多分、俺の事も。
若干、情けないけど。それが事実なんだって、受け入れるしか無い。俺はまだまだ子供だったって事だ。
「お話中、失礼します。第三席リェーズヴィエ、差し出がましいとは思いますが……病院の手配をしております。宜しければ」
俺達の会話が途切れるのを待って、銀八さんがジレーザのイケメンさんに話しかける。
「世話になろう」
それだけ言うとロシア貴族は目を閉じた。
「では。万事屋さん、宜しくお願いします」
「はい。お任せ下さい」
そう言いながら、空中に浮かぶ担架を押して林の向こうから現れたのは、ニセ坊主事件で我が母に銃を突きつけた人。
「なんでぇ、透け兵衛じゃねぇかよ」
スケベぇ? なんてコードネームになってんだ、1438番宇宙の時保琢磨さん。
「済みませんが、その渾名は止めて頂けませんか」
かつて従業員に裏切られ、密輸入の片棒を担がされた個人貿易商は伸び放題だったヒゲなど剃り落として、あの時に感じた通りのナイスミドルになっていたんだ。
「ちょいと脅かしゃ透明になんだろうがよぉ、透け兵衛でイイじゃねぇか」
いや、幾ら何でもあんまりだろ。って俺でも思うぞ、棗のオッサン。
そんな話をしつつも銀八さんと二人、担架にジレーザのイケメンさんを乗せていく。意外と手際がいいよ、この人。
「あと二人分、必要ですね。見覚えのある子達ですが」
そうだった、我が友二人ともアキバのテロ事件で銀八さんに病院に連れて行ってもらったんだった。今回もまた、お世話になります。
夜明け間近い薄明かりの中、みんなで浄真寺の紫雲楼って呼ばれてる仁王門の前に留められたワゴン車へ。
死んだように眠り続ける我が友二人とロシア貴族を空中に浮く担架で運びつつ、歩ける者は付いて行く事に。
「二人とも息してるよな……」
ここまで全く身動き一つしない二人が心配になって、俺は呟いた。
「大丈夫だぜぇ、ジレーザの野郎が首の後ろに針なんぞ打ちやがったたからよぉ。意識取り戻さねぇだけだ」
「それって、大変な事じゃぁ……」
「抜きゃ、すぐに戻るってよぉ。それまでは死んだみてぇに眠り続けるんだそうだ」
溜め息が出たよ。何でも出来るんだな。イケメンさん。
「あの二人の事よりよぉ、ボウズ。オメェは何回、ヤベェ事に巻き込まれりゃ気が済むんだぁ?」
いや、まぁ、確かに。二人に引っ張られてトンデモナイ冒険に、巻き込まれたのは事実だけどね。
でもそのおかげで、俺は多元宇宙を渡った。こんな経験そうそう出来ないって。
「とりあえず、お守りくれぇは持ってろよぉ。オメェに預けてあんだろぉ? あの青い石をよぉ」
そうだった。ピンモヒに襲われた時も、俺はアレを持ってて、偶然通りかかった二人に助けられたんだ。
確かにお守りかも知れない、俺にとって……って、何か忘れてるような気が、何か聞こうと思ってたような?
そんな会話の間に、車に乗せられていく我が友二人、って普通のミニバンじゃないよな、絶対。多元宇宙の別世界から来た人の乗ってる物なんだから。
「貴殿、少し良いか?」
「私ですか?」
ロシア貴族が銀八さんに声を掛けた。気化生命体の、1637番宇宙の俺は個人貿易商に頷く。
「少しの間、こちらへ。あの時の、無礼の数々、どうかお許しください」
1438番宇宙の貿易商が、俺達に頭を下げつつ車から離れていく。俺としてはイケメンさんの話に興味が有るんだけどね。
「本当に感謝しているんですよ。あなた方のお陰で私、人生をやり直す事ができました」
大げさ、じゃあ無いのかも知れない。確かに、あのままだったら大変な事に成ってたと思うし。
もう、母がひどい目に会わされた事も過去の話だし。
「気にすんなよぉ、お互い様だぜぇ」
棗のオッサンの言葉に、俺も笑って頷ける。
その時、いきなり俺のガラケーが鳴った。うわっ。何だよ、この物凄い着信履歴は。
「母さん、いったい何回かけてるんだ……」
今まで全然鳴らなかったのは、俺が異世界に行ってたからか。本当に俺は多元宇宙を渡ったんだな。実感、無いんだけど。夢見てたみたいな感じで。
「うっ、栄美さんまで。どうしよう……」
こっちの方がマズイよね。せっかく電話もらってたのに出なかったなんて。
「どうしたぁ? ボウズ顔色悪ぃぜぇ」
「え、いや、その……」
デートの誘いが有ったかも知れない。なんて事オッサンに言える訳が無い。どう答えようか迷ってる所に救いの声が。
「万事屋さん、お待たせしました。指定の病院に3人を運んで頂けますか」
「お任せ下さい」
短い返事で1438番宇宙の時保琢磨こと個人貿易商さん、またの名を透け兵衛さんは自分の車に戻っていく。
今度会うまでに、もう少しマシな名前を考えてあげよう。
「どうしました? 琢磨くん。顔色が悪いですよ」
うわっ、銀八さんにまで同じ事を。今どんな顔してんだろ、俺。
「いや、実は……これ」
母からの着信履歴を見せる。銀八さんの対応は予想通りだった。
「自業自得ですね。謝るしか無いでしょう」
まぁ、判っちゃいたけどね。でも、その後のフォローも流石、ガス人間8号さんだった。
「私も一緒に行きましょう。始発は動いているはずですから」
「んじゃ、オレ様も行ってやるかぁ」
いや、オッサン来たら、ぶち壊しそうだろ? そう言おうと思った途端、今度は革ジャン男のポケットが鳴った。
「おう!」
なんて出かたするんだ、電話で。ってオッサンいつの間かスマホの機種変えてるよ。何故だか敗北感を味わう俺、未だガラケーだからね。
「何でぇ、オメェかよ。あ? しゃぁねぇな、わぁったよ。すぐ戻るぜぇ」
って事で、帰る。と言い残して棗のオッサンは歩き出す。
「どなたからですか? 緊急の用件で?」
いやいや銀八さん。ここはスッキリ見送ろうよ。って……えぇ?!
「敗北感満載ですね。まさか、あの人にそんな事を感じるとは」
さっきのも含め二重に感じてるんだけどね。未だ、そう言い切れない俺としては。
「まさか、なぁ……」
俺と銀八さんに向かってニタッと笑いつつ小指を立てて去って行った、1398番宇宙の俺、ここでのコードネーム棗武志を二人は暫し呆然と見送っていたんだ。
長い一夜が、やっと明けた事さえ忘れて。
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