Kaleidoscope、枯れ井戸(かれいど)すこ~~プッ! 第15話
メスライオンに跨って、俺達を追ってくる少女。
それを確認したのと同時に、俺を抱き抱えた巨乳地下アイドルが苦しげに呻いた。
「アカン、もう着地も……」
「え? ちょい待って、今のままじゃ」
斜めの軌道を描いて俺とお宝ティンはんは、サラサラと流れる砂漠の砂の上に突っ込んでいく。
今までのような体重を感じさせない着地じゃなく、二人で不時着した飛行機みたいに砂を吹き飛ばしながら十数メートル突き進んで、体半分ほど砂に埋まりながら、ようやく止まった。
「うぇ、砂が」
顔の砂を叩き落としながら、俺は立ち上がろうとして、俺より深く埋まった巨乳地下アイドルに気付く。
「ティンはん、そんな」
最後の瞬間、体を反転させて自分が下になるように彼女は動いてくれたんだ。
「あほ……生きとるわ」
「良かった」
うっすらと涙出そう。抱えたままの卵を砂の上に置いて、俺はティンはんを引っ張り上げる。
トレーナーがボロボロ、足なんて膝から下が剥き出し……って。何でこんなに足が長いんだ?
「な、何だよ。足が」
普通の三倍近くまで伸びきった彼女の足は所々、紫色に、いや青黒く染まっていた。これって内出血起こしてるんじゃ?
「連続で、跳んださかい、回復、間に合わんかったんや」
「か、回復って……」
「毛細血管、ブチブチに、切れとる」
「ごめん、俺の為に……」
そう言った途端、無防備な額にお宝ティンはんの容赦ない手刀が。ジレーザのイケメンさんだったら俺の頭は真っ二つ。
「痛ぇ!」
「あほか。卵の為に、決まっとるやろ」
う、真顔で言われると悲しい。
「ひど過ぎだろ、全く」
「調子に、乗るからや。お前なんか、どうでも、エエねん。このクソガキ」
そう言うティンはん、やっぱり本調子じゃないみたいだ。まくし立てるってスピードじゃない、喋りが。足は少しずつ元の長さに戻ってきてるみたいだけど。
溜め息を付いた俺の後ろで、獣の唸り声が聞こえた。え? もう追い付かれてた?
咄嗟に巨乳地下アイドルを後ろに庇って、俺は唸り声のする方に向き直る。
「で、デカい……」
動物園で見たヤツの2倍弱くらい有りそうな巨体が、俺達の数メートル先に居た。
「これは、アカンって」
確かにティンはんの言う通りだった。凶暴さ剥き出しのメスライオンは鋭い眼光で俺達を睨んでる。
「こんなん、どないもならんって。お前、卵かかえて逃げ」
え? 何、言い出すんだ。お宝ティンはん。
「ティンはんは、どうするんだよ」
「ウチは何とでもなるわ、早よ逃げや、クソガキ」
まだ足が回復してないくせに、さっきは卵の為に俺を助けたって言ったくせに。
「放って行ける訳、無いだろ!」
「お前、足手纏いなんや。私一人やったら何とか成るて」
成る訳無い。こんな凶暴丸出しの野獣、前にして。
「お前が食われるトコなんか見た無いんや」
それは俺だって同じだよ。何だよ、さっきと言ってる事が違うだろ。俺なんか、どうでもって言ったろ。
「ティンはん、乗って」
おんぶの体制で、俺は声を掛け直す。
「誰がやねん!」
「卵、預かって。で俺が、おんぶするから」
「お前一人で……」
「逃げるなら、二人で逃げる。見捨てたりなんかしない!」
言い切る俺に、あほ。の一言を投げつけて巨乳地下アイドルは黙ってしまった。でも、ゆっくりと俺の背中に体を預けてくる。
「卵、落とさないでくれよ」
後ろ手に回した右手で、ジレーザのイケメンさんが秘宝って言ってた卵型の機械を、俺はお宝ティンはんに渡した。
「ウチがドジる訳、無いやん。あほぉ」
何だか嬉しそうな巨乳地下アイドルを持ち上げる為、失礼して両手の平をお尻に。
「あれ?」
思ったより……すごく小さい。胸ほどの迫力が全然無い。これは、貧弱。のレベルだよ。
「何やねん」
「いや、何でも」
答えつつ俺は、もっと大きくて美しく丸い迫力あるヒップを思い出していた。
いつから俺は、お尻派に? なんてバカな事を言っても笑い飛ばしてくれるんだろうな。お姉さんなら、きっと。
会いたい。あの人にもう一度。だからこんな所で……
「食われてたまるか!」
俺の咆哮をあざ笑うかのように、巨大なメスライオンが唸り声を上げ、俺を睨む。
でも、それ以上の凶悪なまでの鋭い視線をライオンに跨った女の子が、俺に向けていた。こっちの方が心が折れそう。
「な、何で?」
俺なんだよ。そう問いかけたい。この女の子に見覚えが無いんだ、俺。
スケコマ師と違って一度見た女の子を絶対忘れない、なんて事は言えないけど。でも何度見ても思い出せる相手じゃない。
「知らないぞ、こんな子」
思わず出たセリフが通じたのか、彼女の視線が険しさを増す。非難? 何だか責められてるみたいな気になるんだ、この子の視線。
でも、キレイな子だと思う。もちろんお姉さん、いや栄美さんはキレイだよ。あ、お宝ティンはんだってね。
ただ、二人は親しみやすいって言うか、下町感が有るっていうか。俺との距離感が余り無い。
けど目の前の、メスライオンに跨った俺より年下、中学生くらいに見える彼女には何て言うか……そう、気品。気品が有るんだ。
きっと成長したら東大とかに合格して、語学堪能とか俳句で世間を驚かすとか、そんな才女ぶりを発揮しそうな感じがする。
「何で、そんな目で俺を見るんだよ」
俺の呟きに後ろから声がかかった。
「何や、知り合いか?」
「な訳無いだろ。こんな砂漠で」
よく見ると、顔は日本人ぽいんだけど、いや完全に日本人の顔立ちなんだけど。髪の色は脱色なんかじゃない明るい栗色。
瞳は……青に褐色が入り混じる、万華鏡みたいな不思議な色合い。なんだか引き込まれてしまいそう。ハーフなのかな?
「こんな砂漠に似合わん、ヒラヒラのロングドレスなんか着よってからに」
ティンはん、ライバル意識丸出し? 今ボロボロだもんね、服。
まぁ確かに全然、背景に合ってないし。ライオンに跨ってて足が見えない程のロングドレスって。ライオンの後ろ足も半分以上隠れてる。
「何もんなんや、こら」
かなり回復してきたのか、お宝ティンはんの喋る速度が上がってきてる気がする。
それに応じるように、彼女の視線は危険なレベルに。彼女の乗るメスライオンも俺達を殺る気満々って感じだよ。
そのライオンが吠えた。いよいよ飛びかかってくる。流石に今度ばかりは無理。
覚悟を決めた刹那、また俺は後ろからハグされた。今度は卵が二人の間にあるから、あの圧は無いけど。
「これで最後かも知れんから、一回しか言わんから、よう聞きや、クソガキ」
はいはい。もうクソガキでいいです。で、何?
「ウチの事こんな風に庇てくれて、おおきに。ちょっとだけ嬉しかったんや、ちょっとだけ、やで」
「えっ……」
おおきに……って、ありがとうって事だよね。突然の、えっと……懺悔ってやつ?
「今も、ジレーザん時もな。感謝、な。ちょっとだけや」
ティンはん、俺の方こそ感謝だよ。体張って良かった、踏ん張って良かった。誰かの役に立つなら、誰かに感謝なんてしてもらえるんなら。
「諦めんなよ、ティンはん。何度も言ってくれたろ、俺に」
「あほ、今度は相手が悪過ぎや」
ティンはんの言う通りなんだけどね、このメスライオンからは逃げられる感じがしない。
だからこそ、俺は全身全霊で背中の巨乳地下アイドルを庇うんだ。
ただそれが余計、ライオンに跨る彼女を刺激したのか、ついに咆哮と共に巨大な肉食獣が飛びかかって来る。
「あ、アカンて」
「これ……」
二人の呟きと同時に、風が鳴った。
今、俺達の目の前を砂漠のサラサラの砂を舞い上げて風の横断幕が通り過ぎる。
CGでできてるのかってくらい、乱入者を避けて後ろに引き下がったライオンを霞ませる程の風が、前を通り過ぎて行くのが目で見て判った。
「カマイタチかいな」
後ろからの指摘で俺も気が付いた。風の通り過ぎた地面には、くっきりと裂けた跡が。
風で、こんな事が? できるとしたら、それは……
「うぉい! 大丈夫かよぉ!」
少し遅れて、馴染みのある声が聞こえた。
「オメェら、何が何でも帰りてぇ訳が有んならよぉ、諦めんじゃぁ無ぇぞ! もちろんオレ様もだがよぉ!」
相変わらずの瞬足で、俺達とメスライオンの間に走り込んで来る。
「イッタク推参!」
「オッサン!」
イケメンさんから借りっぱなしの、黒い大鎌を肩に担いで救いの主がやって来たんだ。
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