Kaleidoscope、枯れ井戸(かれいど)すこ~~プッ! 第14話
来てくれた? 俺を助けに? お宝ティンはんが?
すとーんって感じで全く重さとは無縁で、黒ずくめのトレーナーの地下アイドルは俺の前に降りてきた。
「さっさと立ちぃや、跳ぶで」
卵を抱えたままの俺を正面からハグして、お宝ティンはんは、すぽーんって感じで今度は跳び上がる。
あ、卵……邪魔だ。なんて事が頭を通り過ぎていった。いやいや、煩悩退散! だよね。
呆気に取られて動けないままの魚人どもの頭の上を、俺達は何度か飛び越えた。
「どこもかしこも、魚ばっかりやん」
「ここに集まってきてるんだから、仕方ないって」
「喧し! あの丘から離れてしもたやないか。アカンって」
確かに棗のオッサンの援護を期待できない。このままだと、いつか囲まれてしまう。
「しゃーない。ここは大ジャンプや」
辛うじて空いている場所に降り立ち、俺を離すと若干辛そうに巨乳地下アイドルは、そう言った。
「さっきの砂丘、あっちで間違いないな?」
「う、うん。多分」
「多分かいな。頼りにならんなクソガキは」
う~、もう何とでも言って下さい。って感じの俺を、お宝ティンはんは今度は背中から抱き締めてくる。
「卵、落としたら承知せぇへんで。ほな、思いっきり腰落としぃや」
言われるままに俺は膝を曲げ、思いっきり低姿勢になった。
「行くで!」
ティンはんが口を開いた瞬間、目の前の砂が音を立てて凹んでいく。すり鉢状に。
「やばっ! アリジゴクここにも居た!」
俺の叫びと同時に、巨乳地下アイドルは俺を抱えたまま跳んだ。丘とは逆方向、後ろに。
前に跳ぼうとしてたら間違いなく、バランス崩して落っこちてたろう。ティンはん咄嗟のナイス判断。
そして二人は後ろ向きのまま、突き抜けるような青空へ一直線に。
まるでドローン撮影の動画を見てるみたいに、風景が一気に遠ざかって行く。しかも急上昇、百メートルどころじゃない高さに。
「どや、すごいやろ」
頂点に達した瞬間の束の間の静止状態でそう言いながら、お宝ティンはんは俺を抱えたまま360度見渡せるように回転する。
「凄いなんてもんじゃないって、最高……う、うぅ」
息ができない、ものすごい匂い。ゴムが焼けるような?
「くっさ」
思わず、声が漏れた。吸い込む息が更に匂いを鼻の中に充満させる。落ち始めた俺達を匂いが包んでる?
「お前、今……臭い言うたなぁ」
何だ? ティンはん突然の重低音。
「人が必死で助けたったちゅうのに、臭いやて? 落とす!」
「え? うわっ!」
いきなり手を離され、俺は空中に放り出された。
「た、助けて!」
我ながら情けない声が出てしまう。その声に応じる様に伸びてきた足に、俺は抱えられて引き戻された。
え? 今……足が二倍以上長くなかった?
「どや、びびったか?」
当たり前だ! そう怒鳴りたいけど声も出ない。心臓バクバク、今もし口開けたら飛び出てきそう。
「助けてもろてる事、忘れんなやクソガキ」
「は、はい……」
正直怖かった、百メートル以上の空の上からの落下なんて二度と御免だよ。でも、やっぱり今も臭いって。
「助けてもろたら、感謝すんのが常識やろ? ちゃうか? このクソガキ」
「は、はい! ありがとう、ございます!」
ゴムタイヤが焦げるような匂いに耐えながら、俺は感謝の言葉を口にする。
「正直で、えぇねぇ。いつも、そうでないとな」
機嫌を直したティンはんに俺は後ろから、思いっきり抱き締められた。う、これは煩悩再開だよ。
「まぁウチも助けてもろたしな、これでお相子や」
さっきと違って何だか優しい。これが本当の丁雨麗。ティン・ユーリーなのかも知れないな、なんてホノボノした刹那、またあの視線を感じて俺は硬直した。
棗のオッサン達が言ってたジト目の視線。
この、胸が苦しくなるような切なさ。何だろう、ちょい後ろめたさを感じてしまうのは。
ところがお宝ティンはん、俺が身を固くした理由を勘違いしたらしい。
「なんや、お前。また硬なっとんのか? ははぁん、男の子やのぉ。このお姉さんに任しとき」
耳元でのそんな囁きの後、後ろから再び猛烈なハグ。卵抱えてるから押し出された状態の肩胛骨に、ティンはんの重量級の胸が。
で、デカい。しかも、なんて弾力。
「お、お姉さんって17歳なら同い年だろ」
「アホか。アイドルが年サバ読まんで、どないすんねん。今な、ウチ19歳や」
2歳、年上? んじゃ栄美さんの方が上なのかな、ティンはんよりも。
な事、考えてる暇も無く、背中にとんでもない圧力が。
「どや、感じてんにゃろ? 正直に言え!」
そんなセリフと共に、肩を交互に前後に揺らす巨乳地下アイドル。ダメだって、密着状態でソレやられたら。煩悩が東京スカイツリーを建ててしまう。いや、もうスカイツリーは建ってるけどね。
多分、顔真っ赤。そして喉カラカラ、声も出せないよ。思わずため息が。
その瞬間、俺を見ている謎の視線が変わった。あからさまに。
俺でも判る。燃え上がるような怒り、いや……これは嫉妬だ。
「これ、やばい」
「そーか、やばいか。ふふぅん」
いやいや違うって、勘違いだよぉ、お宝ティンはん。って、俺が言葉にするより早く、それは起きた。
「な、なんや、あれ!」
巨乳地下アイドルも気付いた。
サラサラの砂だらけの砂漠で、空の上からでも見えるような壮絶な土煙……じゃなくて砂煙を上げて、何かが地平線の彼方から駆けて来る。
どこへ?
真一文字に、俺達二人の着地予想点に向かって。
「大丈夫や、こっちの方が早いわ!」
さっきと同じく、すとーんって感じでサラサラの砂の上に降り立った。でも衝撃が、ほとんど無い。ティンはん何者?
「もっかい行くで。今度こそ戻るからな」
何だか若干、苦しそうに聞こえる声に俺は心配を告げた。
「ホントに大丈夫なのかよ? 何だか苦しそうだけど」
「だぁいじょうぶ、や! 行くでぇ。腰、屈めや。クソガキ!」
相変わらずのクソガキ呼ばわり。仕方なく言われた通りに、俺は腰を落として再び低姿勢になる。
一瞬で、また俺達は空に向かって跳ね上がった。けど、ガクンって感じの違和感。あれ? さっきほどの高さに跳んで無い?
そして、さっきの倍くらい猛烈なゴムの焼け焦げるような匂いが。
「ティンはん、やっぱり調子悪いんじゃ……」
匂いに耐えながら振り返ろうとする俺を、巨乳地下アイドルは一喝する。
「喧し! あんなんに追い付かれた無いやろ?」
俺を抱いたままティンはん、器用に体を回転させた。
密着状態だから背中への圧が、とんでもなく凄い。あぁ……また煩悩再来だよ、スカイツリーも再建。
「見てみ、大群やろ」
その声に、我に返って見渡す砂漠の上。魚人の群れで溢れかえってる。しかも今度は喰らい合わずに、木の巨人や三角牛までがあの砂丘に押し寄せようとしていた。
「あ、あれ……」
「何やクソガキ……げっ!」
俺の見る方向に、お宝ティンはんも視線を送ったらしい。
さっきの砂煙が俺達の見てる彼方で一瞬、ピタリと止まり、それから方向転換した。
空中に居る俺達の方へ、と。
長い放物線を描いて、オッサン達が待つ砂丘に向かって飛んでいる俺達の後を追って、再び壮絶な砂煙を上げて何かが追って来る。
「あれ、酷くないか?」
俺は思わず呟いていた。返事は返らなかったけど。
砂漠を埋め尽くす手足付き直立した魚の行進を、それは完全に無視して、凄まじい勢いで跳ね飛ばしながら駆けて来ていた。
「あぁ! 木の巨人まで」
今、木っ端微塵にされた木の巨人が何体か、砂漠の上に飛び散って行くのが見える。更に、この世界最強だと思われた三角牛までもが体液を撒き散らしながら崩れ落ちた。
「一体、何が……」
俺達を追い掛けて来ているんだ?
「アカン、砂丘まで届かん」
考えに耽りそうになった途端、後ろからお宝ティンはんの消え入りそうな声が。
「え? それ、やばいって」
「アカンもんはアカンのや」
そんな巨乳地下アイドルとのやり取りの間にも、一直線に砂煙は近付いて来る。
どんどん、どんどん、砂煙が大きくなってきた。しかも、さっきよりも凶悪な嫉妬の炎を宿した視線が、俺を見据えたままで。
ジレーザのイケメンさんが黒い大鎌を振り回した時と同じように、魚人どもが真っ二つになりながら宙を舞う。
その後ろに、何かが駆け抜けた一本の道が彼方から伸びていた。同時にぐちゃぐちゃに潰されたキマイラ達の骸が、道の両側に街路樹のように並んでいる。
そんな光景が確認できる距離まで、砂煙の主は俺達に近付いて来ていた。
「え? 女の子?」
魚人の群れを突き抜けた砂煙の主が、俺の視界に入った。
躍動感いっぱいに俺達を目指して駆け抜ける、とてつもなく獰猛なメスのライオン。
その背中に見た目、俺より年下の中学生くらいの、この砂漠に不釣り合いなドレスを着た女の子が乗っていたんだ。
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