Kaleidoscope、枯れ井戸(かれいど)すこ~~プッ! 第13話
鳥女や魚人の群れを残骸に変えながら、オッサンは砂漠を駆けて来る。相変わらず、とんでもないスピードで。
「おぅ! ボウズ、無事だったかよぉ!」
俺達が居る砂丘の上まで、ほんの数秒。どんな脚力してんの、棗のオッサンは。
「さっきのアレ、オッサンなんだろ? 三角牛ぶった切ったヤツさ、凄ぇよ」
駆け上がって来たカマキリみたいなサングラスをかけた暑苦しい皮ジャンの男に、俺は声を掛ける。
結構すんなりと、俺は本音が出た。確かに凄いよ、1398番宇宙の時保琢磨。
「まぁな」
何だよ、反応薄いな。と、思ったら……オッサン、照れてるな。
「自分でもよぉ、んな事できるたぁ思って無かったんだがよ」
「あれは、確かに、見事だった」
ジレーザって呼ばれてるイケメンさんが、声を掛けた。かなり参ってるのか、あの卵を抱えて砂の上に座り込んだまま。
その隣に、気を失ったままの我が友二人が並んで寝かされている。と言うより放置されていた。
「気流使いとしちゃぁ、ワンランク昇格ってトコだぁな。コイツにゃ感謝してんぜぇ」
そう言いながらオッサンは手にした黒い鎌を、イケメンさんに差し出す。
「とりあえず返しとくぜぇ」
「まだ早かろう」
座り込んだまま、イケメンさんが我が友二人が寝てる向こう側を指さした。
「まだ、あんなに……」
俺は愕然として、そう呟いてしまう。
「さっき来た奴らより、もっと増えてるやん、あれ」
巨乳地下アイドルも、どこか他人事みたいな呆然とした感じで指さした。地平線を埋め尽くす手足つき直立魚の群れを。
更に、その後ろからやって来る木の巨人達や、さっきの三角牛ども。
「ここで暴れりゃ、餌が居ますってかぁ?」
「自己申告しているのと、同じようだな」
絶望的状況でも、クールなんだな。こちらのイケメンさん。
「んで、オレ様にこの鎌まだ持っとけってぇ事かよ? ジレーザ・リェーズヴィエ」
「そう言う事だ」
え? ジレーザ……リエー、何?
棗のオッサンが何と言ったのか、全く判らない俺。
顔にモロ出てたんだろうな。隣の巨乳地下アイドルが見かねたって感じで口を開いた。
「ジレーザは鉄、リェーズヴィエは鋭利な刃先、とか裁断道具やな。くろがねのやいば、ちゅう所やろ。ロシア語や」
「ロ、ロシア語?」
このイケメンさん、ロシア人だったのか。それにしても……お見それしました、お宝ティンはん。
「よく、知っているな、貴様」
若干、苦しそうだけどロシアのイケメンさんが、苦々しげに巨乳地下アイドルを見上げる。でも貴様は無いよね、女の子に。
「その卵使えるようになんのに、いろいろ調べたわ、どんだけ苦労した思てんねん」
眉間にシワ寄せないで欲しい、アイドルが。そう思って見てたら、怒りの表情のまま俺の方に。
「ウチの苦労が、コイツのせいで水の泡やで。たった一回で、どないして使えるようになんねん、このクソガキ!」
「そぉりゃ八つ当たりってモンだろうがよ」
「あ? デカが割り込んでくんなや! あんなバケモンが迫って来よって、イラついとる時に」
呆れたって感じで声を掛けたオッサンにも、お宝ティンはんは、遠慮なく噛み付く。
「そこの殺し屋に追われて来た時ゃ、怯えてて大人しかったがなぁ」
「私は衛視だと、言ったはずだがな」
えいし? また顔に出たかな、俺。
「こちらさんの世界じゃぁな、警察の事らしいぜぇ」
「それが、一番近い」
段々、言葉少なくなって来てる気がする、ジレーザのイケメンさん。
「どいつもこいつも、デカばっかりかい。お前も子供デカとか言わへんやろな、このクソガキ!」
もうクソガキで決定ですか? 俺。でも何でアイドルが、そこまで警察を毛嫌いするのか、俺には判らない。
「広域窃盗犯81号が、好き勝手言いやがんなぁ」
オッサンの発した単語に、俺はオウム返ししかできなかった。広域窃盗犯?
「じゃ、じゃあ泥棒って……」
「って事だぁな、つまり」
「この、我が国の秘宝を、利用してな」
「うっさいんや、お前ら。泥棒て言うな!」
怒りの矛先が俺にしか向いてないよ、この泥棒兼地下アイドルは。いきなり俺の頭をヘッドロックって。
「い、痛い」
でも、ちょい気持ちいい、かも。脇に抱えられ締め上げられる俺の頭には、当たってるんだよね、ホントにデカい。
鼻の下が伸びそうな刹那、俺は刺すような視線を感じて我に帰った。
「何やクソガキ、急に大人しなって。まだ落ちんやろ」
「いや、視線が……」
「あ? 見られて恥ずいんかい」
「じゃぁねぇよ。確かに、こっち見てやがんなぁ」
この砂丘の上から遥か遠くを見詰めて、棗のオッサンが告げる。流石はオッサン、見えてるのか、相手が。
「見えるのか?」
「オメェも気付いたかよ、ジレーザの」
「何とも切ない、悲しみに満ちた視線だな」
ロシアのイケメンさんも気付いてた。しかも、そんな感情上乗せだなんて、俺には判らなかった。大人だね。
「てかよぉ、恨みがましいジト目ってヤツだろうが。胸くそ悪いぜぇ、こりゃ」
オッサン、身も蓋もないだろ、それじゃ。
「化物どもがやって来るより右側の、あの地平線の辺り、楕円形の。見えるかよぉ?」
「遠いな」
「ありゃ砂山じゃなくて、でっかい岩だなぁ。その前ぐらいに居やがんな、多分」
「化物だな、貴殿も」
うん。俺も以前、そう思いました。ジレーザのイケメンさん、貴方は正しい。
「確認はできねぇが、居るな」
「ホンマに見えるんかい、そんな遠く。それより視線や。感じへんで、ウチ」
一人除け者にされたようで、お宝ティンはん機嫌が悪い。だからまだ俺はヘッドロックされたまま。
「ボウズよぉ、鼻の下伸びてやがんぜぇ」
「またかい! このクソガキ!」
あぁ、オッサン。余計な事を。
ヘッドロックを解いて、またも頬に平手打ち。痛いって。
そっちが押し付けて……じゃない、締めてきたんだろ、とは言えないお宝ティンはんの怒り方。八つ当たりだよ、堪らんってば。
改めて、この水かき付きの手の平は凶器だね。でも水泳選手のそれとは違う気がする。
さっきジレーザさんが言ってた通りなら、あの卵で多元宇宙を渡って泥棒してたって事になるよね。
だとしたら、お宝ティンはんも多元宇宙のどこか別世界の人って事なのか?
「痴話喧嘩か」
呟きながら、鉄の刃と言われたイケメンさんは疲れたって感じで、抱えていたあの卵を砂の上に置いた。
その瞬間、今まで大人しく寝ていたヲタ平が寝返りを打つ。けっこう突き出た小太りなウエストラインが卵を直撃した。
「あ!」
みんな同時に声が出る。卵はラグビーボールみたいに不規則に転がり、砂丘の坂を転がり落ちていった。
「やばっ!」
叫ぶと共に、俺は卵を追って駆け出している。こう言う時の反応速度は、部活やってた時に顧問から褒められてたんだよね。
坂道に飛び出して卵を追う。でも、卵は俺より速く彼方を転がって行く。
「待ってくれ!」
機械の卵が止まってくれる訳無い。判っているけど声が出る。
卵が転がる坂道の先は、魚人の大群が向かって来る方向なんだから。
「このままじゃ……」
焦る焦る。魚人どもが近付いて来てるのが判るから。
一気に坂道を駆け下って砂の上、ほぼ平坦になってるのに卵のスピードは全く落ない。ひたすら卵だけ見て、俺は追いかけ続けた。
「もうちょい!」
卵まであと少し、転がる速度が落ちてきたインエペリアル・エッグとかヲタ平が言ってた飾り付けられた楕円形に、俺は必死で手を伸ばす。
「取ったぁ!」
スライディングタックルみたいに前のめりで、両腕の中に卵を抱きかかえ、俺は叫び声を上げた。
その卵の向こう。地面すれすれの俺の視線の先に、毛の生えた向こう脛が見える。
「うそぉ」
もう来てた。俺の、ほんの数歩先まで。
後ろに下がりつつ、体起こして正座状態になった俺を今、ゆっくりと魚人どもが遠巻きに囲んでいく。
横も後ろも、手足付き直立した魚ども。
「ドーナツの真ん中に落ちたみたいだろうな、今の感じって」
そんな他人事みたいな感想が、勝手に口を突いて出てきた。パニック寸前って事か、現実認識したら喚きだすしか無いって。
「こんな所で……」
見渡す限り、ヨダレ垂らした手足付きの直立した魚。
「終わってたまるかぁ!」
再び天を仰いで絶叫する俺。それを引き金に動き出す魚人ども。でも、今回は逃げ場が無い。
「ここまでかぁ……」
呟いて、見上げたままの青空、俺の視界に飛び込んで来る黒い点。
「諦めんな言うたやろ! クソガキ!」
「え?」
巨乳地下アイドルの雄叫びが轟いて、魚人どもは一斉に足を止めて空を振り仰いだんだ。
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