Kaleidoscope、枯れ井戸(かれいど)すこ~~プッ! 第12話
人間の顔が付いてるだけで、後は全てアリジゴクのでかい奴。いやぁ気持ち悪い事この上ないね。
「こんな奴、ワンパンチで倒せたら最高だよなぁ」
そしたら俺はヒーローになれるんだろうか? レンジャー隊員で様々な人を助けて感謝された、俺にとってのヒーロー、死んだ父さんのように。
でも実際はパンチ繰り出すどころか、小太りお公家な我が友を支えるのが精一杯。油断したら二人で、すり鉢の底に落ちて行きそうなんだ。
「時保、俺、もう、無理……」
隣で消え入りそうな、もう一人の我が友の声が。って、おい。倒れ込むか? 今。
「おい! スケコマ師、起きろよ!」
そう叫ぶけど、完全に気を失ってる我が友は砂の上を滑り落ちていく。何とか片足を捕まえたけど、俺も引き摺られそうだ。
「二人も支えきれないって」
とりあえず手は離さない。こちとら体育会系だ、握力はそれなりに有る。
そんな俺達三人をあざ笑うかのように、でかいアリジゴクは砂の塊を投げ付けてくる。まともに狙えてないから当たらないけど。
「やばい、このままじゃ……」
徐々に俺は掴んでいる我が友二人と共に、すり鉢の底に向かって滑り落ち始めていた。
とりあえず、膝まで砂に埋まって滑り落ちるのを遅らせる、けど何時まで耐えられるか。
「濃いメン面でヨダレ垂らすなよ!」
アリジゴクの大顎の下に付いた、俳優みたいな濃い顔が、食欲むき出しで笑う。
こんな所で化物に喰われてたまるか! 必ず元の世界へ帰る。絶対、お姉さん……いや、栄美さんの所に戻るんだ。
でも、どうやって?
「くそっ! 諦めてたまるか!」
天を仰いで雄叫びを上げる俺。そんな俺に天から返事が返ってきた。
正確に言えば、仰ぎ見た空の上から。
「せや! 諦めんな! クソガキ!」
ひどい言われ方だ。そんな巨乳地下アイドルの暴言が、抜けるような青空に響き渡る。
同時に、黒い小さな点が。
見る見る内にそれは大きくなって、ヤバいイケメンさんを抱き抱えたお宝ティンはんが、空から降って来た。
「行ったれ! ジレーザ!」
再び巨乳の地下アイドルが怒鳴る。声がする方を見上げようとした巨大アリジゴクの後ろに、二人は消えた。
「え?」
思わず俺は声を上げる。大顎の下に付いてる濃い顔の真ん中に、縦に筋が入ったかと思ったらパックリ真っ二つに。
その後ろを再び、空へと舞い上がるイケメンさんとお宝ティンはん。
「すげぇ……」
顔が左右に分かれながら前のめりに倒れ込む巨大アリジゴクの背中に降り立った二人に俺は、そんな言葉しか出てこない。
カッコ良すぎだろ、二人とも。空飛んで登場なんてさ。
俺は我が友を両手で支えて、ただただ踏ん張るしか無かったって言うのに。
「うぐっ」
そんな声が、ヤバいイケメンさんの口から漏れた。その口元を隠す右手の握り締められた拳の、手刀と呼ばれる所から鎌と同じ黒い刃が生えてる。そして左腕には、あの卵がしっかりと抱きかかえられていた。
「あれで真っ二つかぁ」
そう言いつつ、手から鎌と同じ物が突き出てるヤバいイケメンさんは、間違いなく多元宇宙のどこかから来た人だと思った。
俺の住んでる1500番宇宙には、手から刃物出せる人間なんて映画の中にしか居ないからね。
そのイケメンさんが今、ヨロヨロって感じで巨大アリジゴクの背中から下りてくる。
「臭う、とは伺っていたが、これ程とは」
「あ? 頭下げるさかい、ここまで連れて来たったんや! 失礼なやっちゃな」
「頭を下げたのは貴様の方だろう」
何か雲行きが怪しいって感じ。さっきまでのコンビネーションは、どこ行ったんだよ。
「胃液が逆流しそうだな」
「胃袋裏返しで飛び出てくるようにしたるわ! 腹出しいや、蹴り喰らわせたる!」
そう叫びつつ、巨乳の地下アイドルが片足を振り上げた途端、彼女の乗っかった巨大アリジゴクが崩れるように溶けた。
「わっ、わわわ!」
お宝ティンはんが砂の上に転倒する。うわっ、キャッチフレーズ通り、思いっきり揺るがすよ。目が釘付けになってしまうね。
同時に、いきなり砂が動き出した。さっきまですり鉢状の底だった場所が、今や丘の頂辺に。
「どうなってんの?」
二人の我が友を掴んだまま棒立ちの俺も、膝から下を砂に埋もれたまま丘の上に。見渡せば、さっきのすり鉢を中心に周りはアリジゴクの巣だらけになっている。
「きゃぁああああ!」
立ち上がろうとした巨乳の地下アイドルに、砂の塊が命中した。バランスを崩して、彼女は丘の斜面を転がり落ちそうになる。
「危ない!」
落ちる心配の無くなった友二人を放して、俺は砂の上に飛び出し、新しいすり鉢の底に向かって落ちそうになったティンはんの腕を掴んで引き上げる。
再び巨乳を揺るがせて、お宝ティンはんが俺の上に倒れ込んできた。
「はぁ、デカい」
思わず漏れ出た俺のセリフに、台湾生まれの巨乳アイドルが吠える。
「何、鼻の下伸ばしとんねん! このクソガキ!」
頬に鳴り響く一発。痛い、ものすごく痛い。
「もう一発、喰らわしたろか!」
振り上げたティンはんの、その手の平に俺は目が点になった。指の間に膜のような物が……水かき?
「人前で巨乳やの、揺るがすやの言われんの、ホンマ恥ずかしいんやからな!」
「え? やっぱ本物のティン・ユーリー?」
そう口にした瞬間、また一撃。反対側の頬も腫れ上がりそうだよ。
「いい加減にしろ。その少年が手を伸ばさねば、ああ成っていたぞ、貴様」
ジレーザって呼ばれてるイケメンさんが見かねたって感じで声を掛けてくれた。
倒れたままの俺と、その上にのしかかるティンはん、二人はイケメンさんの指差す方に視線を向ける。
「げっ! 食われとる」
地下アイドルの言葉通り、俺とスケコマ師を追ってきた魚人どもが今、巨大アリジゴクの餌食になっていた。
幾つものすり鉢の底で、次々に手足付きの魚が貪り食われていく。そこに晴天の空に輝く太陽を遮る影が。
「さっきの巨人?」
ヲタ平を食おうとした穴だらけの木で出来た巨人が、今度は三体も並んで現れた。
そいつら、すり鉢の底に手を突っ込んで巨大アリジゴクを引きずり出すと、柔らかそうな腹の部分にかじりつく。
アリジゴクの大顎の下の濃い顔が苦痛に歪んでるのが判る。
更に巨人の穴だらけの木のボディから、鳥の羽を生やした半裸の女の人が飛び立ち、魚人どもを捕まえると空中で噛み付き始めた。
何か悲惨だ、まさに地獄絵図って感じ。
「何なんだよ、ここは」
俺の呟きが聞こえるはずも無いのに、木の巨人達がこっちを向いた。
「お前が変な事、言うからや!」
俺の上にのしかかったまま、お宝ティンはんが怒鳴る。
「いや、違う。あれだ」
イケメンさんが俺達の反対側を指差す。巨人達が見ていた物がそこに居た。デカい、巨人よりデカい。
「牛、か? 三本角?」
一角獣って居たけど、これは三角牛だね。そんな下らない事を口にして、また巨乳アイドルに引っぱたかれる。
普通の角付き牛の、額の真ん中から長い角が伸びていた。ただ、どう見ても山刀って感じなんだけどね、角。その牛が角を振りかざして、いきなり木の巨人の一人に向かって突進する。
「げっ! 一撃で粉砕かいな!」
ティンはんが驚くのも無理ない、闘牛の突進をテレビで見た事有ったけど、その比じゃ無かった。
木の巨人はバラバラに砕け散る。その破片を三角牛がノンビリと喰み始めた。
「まんま牛やな、あの喰らい方」
「巨人側は喰らわれるつもりは無いようだな」
イケメンさんの言う通りだった。残る二体の巨人は両側から三角牛を挟み込もうと動き出す。
「しかし、牛の方が、早いな」
冷静に解説してくれるイケメンさん。でも、かなり苦しそう。大丈夫なのか?
「ホンマや、意外に早いな。牛のくせに」
確かに、木の巨人より三角牛の方が動きが早かった。山刀みたいな角で巨人を串刺し。返す刀って感じで反対側の巨人を薙ぎ払う。
「強ぇ。この世界最強?」
巨乳アイドルの下敷き状態のまま、俺は三角牛を見上げて言う。その声が聞こえるはずも無いのに、牛はこちらを見て牙が並ぶ口を開けた。
「また、お前かい! このクソガキ!」
「確かに、災いを呼び込んでいるな」
今度はイケメンさんまで。今回の俺、全く良いトコ無しかよ。
「来るぞ!」
ヤバいイケメンさんが再び、手刀から黒い刃を生やした。でも、緑色の宝石みたいな瞳が苦しげに揺らぐ。
「おい、大丈夫なんか?」
あんなに恐れていたお宝ティンはんまでが、ジレーザって呼ばれる人を覗き込んだ。
「やるしか無かろう。食われたくなければ」
そう言って、淡い金髪を揺らせながらイケメンさんはヨロヨロと立ち上がろうとする。
そこに、砂漠の空を吹き渡る風に乗って大音響のセリフが轟いた。
「三千世界の理! 物理法則の全てにおいて我はこの地に顕現す! 気は我に答えよ!」
一瞬の間を置いて、砂嵐が迫り来る三角牛を通り過ぎる。
「何だ、今の叫び。今の突風は……そうか、風……」
ジレーザのイケメンさんが、風に煽られて片膝を付いた。俺もお宝ティンはんも、風の巻き上げた砂を避けて隠していた顔を晒す。
三人が見上げた先に、牙の並んだ口を大きく開けた三角牛が。
「え?」
俺の声と共に、その三角牛の首が、徐々にずれ始める。ついに派手な音を立てて、魚人や巨大アリジゴクが群がる砂の上に落下した。
体液を撒き散らしながら、首から先を失った巨体が横倒しになってすり鉢の中に突っ込んでいく。
「何やねん……何が起こったんや」
黒づくめのトレーナーを着た巨乳アイドルが、俺の横で呟いた。
「オッサンだ、間違いない!」
拳を握り締め、ガッツポーズで俺は宣言する。あの決めゼリフ、オッサン以外に口にする者なんて居ないよね。
そう思っていたら、やっぱり来たよ。
イケメンさんに借りた黒い大鎌を振り回して、三角牛の死骸に群がる魚人や鳥女どもを切り飛ばしながら、オッサンが俺達の居る丘に向かって走ってくるのが見えたんだ。
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