Kaleidoscope、枯れ井戸(かれいど)すこ~~プッ! 第11話
流石に百を越える化け物どもを切り捨てた後だけに、ヤバいイケメンさんもグッタリ。
肩で大きな荒い息をしてるのが判る。
「かぁなりヘバッてやがんなぁ」
そう言うと、棗のオッサンは足早に、大鎌を支えに何とか立ってるって感じのイケメンさんに近付いて行った。
「そや、革ジャンのおっさん。今がチャンスや、いてまえ」
俺の隣で、黒づくめのトレーナーを着た地下アイドルが呟く。
ダークだ、かなりダークだよ、この子。巨乳揺るがせながら、とんでもない事を口走る。
「トドメ刺したれ!」
お宝ティンはん、こと丁雨麗。ティン・ユーリーが、そう叫ぶ。
突然、オッサンがダッシュした。イケメンさんに向かって。
同時にイケメンさんの左右の化け物どもの死骸の中から、無傷の生き残りが立ち上がる。
「イケメンさん、危ない!」
思わず叫んだ俺の目の前で、棗のオッサンの拳が手足付きの魚の巨体にぶち込まれた。
「フンッ!」
拳法漫画でお馴染みの呼吸が、砂漠の空に轟く。喰らった魚人は体液を撒き散らしながら吹っ飛んで行った。
「ハッ!」
もう一体にも地響きと共に強烈な一撃を叩き込み、オッサンは敵を粉砕する。
こんなにも強かったのか? 棗武志さんこと、1398番宇宙の俺。
思えば、撃たれて砕けたとか、足に大ケガしててヨロヨロ歩いてたとか……そんな所しか見てないな、俺。いや、最初に出会った時はカッコ良かったよ、それなりに。
そんな感想を抱きつつ追いついた俺の目の前で、あのヤバいイケメンさんは崩れるように膝を付く。
黒い大鎌のおかげで倒れこんだりはしなかったけど、かなり参っているのか顔色が悪い。
「クンフー、大八極か?」
「よっく知ってやがんなぁ」
「隣の国、だからな」
「隣ねぇ、どんだけ隣の国が有んだぁ? 全く恐ロシア、だぜぇ」
「親父ギャグ、と言う物か、それは」
イケメンさんの方からオッサンに声を掛けた、結構、厳しい状況なんだって声でも判る。
「しっかし油断大敵だぁな、ジレーザの」
「全く、だ」
肩で息をしながらも、イケメンさんは不敵に笑った。それが様になるからイケメンは羨ましいんだよね。
その足元で切り捨てられた魚どもが、崩れるように溶け始めた。イケメンさんとの対比が、また壮絶な絵だったりする。
「そのナリじゃよぉ、オメェ戦力外だぁな。って事でよ、その鎌をよぉ、オレ様に貸せや」
オッサンいきなりの申し出、んなの断られるに決まってる。と思ったら。
「良かろう。先ほどの、動きが本物なら、使いこなせるはずだな」
「当然だろうがよぉ」
あの死神の持ってるような、黒い大鎌を受け取り、オッサンは頭の上で一振りする。
「貴殿、もしや、風を操る事が、出来るか」
「あ? あぁ、魔法使いじゃねぇが、まぁ……気流使いとか呼ばれてるぜぇ」
「なるほど、な。先ほどの、大八極、威力上乗せ、と言った所、だな」
かなり苦しげに喋るイケメンさん、大丈夫なのか?
「もう、喋んじゃ無ぇよ」
「我が刃にも、その風は、乗せられよう?」
ジレーザってオッサンが呼びかける、イケメンさんその人がオッサンに、そう言った時だった。
「おい、革ジャンのおっさん。その鎌でそいつの首、飛ばしてまえや」
思いっきりダークな提案を、俺の後についてきた地下アイドルが口にする。何なんだ、この子。よっぽどイケメンさんに怨みでも有るのか?
そう言えば、最初からイケメンさんに怯えていたような気もする。
「馬鹿かよぉ、オメェ。んな事しちまったら、これ消えて無くなっちまうだろうがよぉ」
手にした大鎌を突き出して、棗のオッサンは巨乳の地下アイドルを牽制した。
「あと、ボウズ」
え? 俺?
「とにかくオメェが抱えてる、その卵よぉ、こいつに渡しな」
今や尻餅ついた形で、砂漠に座り込んでるイケメンさんを指さして、オッサンは言った。
「その女に渡しゃ、自分だけでトンズラかましやがんなぁ、目に見えてっからよぉ」
「私も、同じ事を、するかも、知れんぞ」
イケメンさんが苦しげに怖いセリフを吐く。けど、オッサンは全く動じない。
「アバラやられてる身で、んな無茶しねぇだろ? それによぉ、鉄の刃がテメェのプライド引きずり下ろすような真似すっかぁ?」
「ここは、私の、負けだな」
微かに笑ってそう言うと、鉄の刃って呼ばれたイケメンさんは、地平線を指さした。
「肋骨の折れた今の私では、あれを止める事は出来ん。戦力外と言われても仕方ない」
「はぁ? 戦力外? なら……げっ!」
悪態つき始めた黒ずくめのトレーナー姿が、ジレーザのイケメンさんの指さす方を見て絶句する。
「嘘だろ、あんなに?」
俺は呟くぐらいしか、できなかった。
「ちぇっ。さっきので終わりじゃぁ無かったか、しゃあねぇ」
地平線の向こうから、さっきの数倍の手足付き魚どもが走ってくるのが見える。つまり千以上いるって事だよね。
「ボウズ! オメェは吹っ飛んでったダチ探しに行けやぁ。ここはオレ様が何とかしてやるぜぇ」
イケメンさんから借りた黒い刃の大鎌を振り回しながら、棗のオッサンが俺に告げた。
「判った。必ず見つけて戻ってくるから」
「たぁりめぇだろ。さっさと行ってこい!」
それだけ口にして、オッサンはもう押し寄せる魚どもに向かって駆け出して行く。
早い! やっぱり棗のオッサンのスピードは段違いだ。
「スケコマ師、俺達も行こう! ヲタ平を探すんだ」
「と、時保ぅ。ヲタ平は吹っ飛んでったんだぜ、もうすでに……」
「な事、行ってみなきゃ判らんだろ!」
腰抜かして、全てから逃避するように頭抱えていた我が友の首根っこを捕まえ、俺は引きずっていく。
この砂漠の砂は重さを感じさせずに、スケコマ師を運ぶ手伝いをしてくれる。不思議な砂だ、表面は滑りが良くて足が沈み込まない。
そう言えば、砂漠なのに……ここは全然、暑くない。
オッサンは、いつも通りだけど、お宝ティンはんは黒ずくめのトレーナー姿なのに汗と無縁だし。
「これなら走れる。暑くない」
俺は腹をくくると、スケコマ師を放して砂丘の斜面を駆け上がる。
「もっと向こうなのか」
テッペンから見渡しても、また砂丘が見えるだけ。あの上まで行くしか無い、そしてヲタ平を見つけるまで、何度でも。
そう心に決めて、俺は砂丘を駆け降りようとした。その瞬間、後ろから声がかかる。
「と、時保、待ってくれ。置いて行かないでくれ!」
「早く来いよ、スケコ……」
振り返って呼びかけようとして、言葉が途中で消えていく。
オッサン達が居る所とは別の方角から、またも手足付きの魚どもが湧き出してくる。そいつらに追われてスケコマ師が、俺の後を追って駆け上がって来た。
今はとにかく、ヲタ平を見つけるしかない。
「行こう! スケコマ師。ここ駆け下りて、あの丘を越える。きっと、そこに居るから」
多分、だけど。我が友は居る、はずだ。
「ま、待ってくれよ、時保ぅ」
悲鳴に近い声だけど、俺の後ろから駒下の声は聞こえてくる。ただ、その向こうから、とんでもない数の地響きみたいな足音が。
今はただ、ひたすら走るしか無い。
俺とスケコマ師こと駒下は、炎天下に見えて全く暑くない不思議な砂漠を必死で走る。砂丘を駆け下り更に駆け上がる。
それでも、やっぱり頭がボゥとしてきたよ。
ふと、ずいぶん昔、小学生の夏休みの帰省ついでに足を伸ばして家族で行った旅行、鳥取砂丘を思い出した。
「あの日の海は、キレイだったなぁ」
でも、違うんだよな。ここは。
砂の丘に駆け上がっても海は見えない。振り返ったって車の走る道路は無い。
「どこなんだよ、ここ!」
思わず声が出た。けど、答える者なんか居ない。お前がここに連れてきたくせに、ってお宝ティンはんなら言うかな?
「知るかよ! それより俺もう無理だ! 時保、無理無理! 」
「諦めんな! とにかく走れ! 走るしか無いんだ! スケコマ師」
そんな俺達、どこにでも居る高校生二人の後を追って砂の丘を駆け上がってくるのは。
「化物、来たぁ!」
我が友スケコマ師の絶叫を耳にしながら、俺は振り返らない。あんな物、見たくない。
そして何度目かの砂丘の上に立った瞬間、俺は叫んでいた。
「ヲタ平~!」
目の前の砂丘の麓、今ゆっくりと我が友が砂の上を流れていく。
「まだ気を失ったままだ」
追い付いた駒下が俺の横に並んだ。
「どうする、時保」
「決まってるだろ、助ける!」
俺はダイブに近い感じで、斜面に飛び出す。瞬間、空中を走るように足がバタついたけど、倒れる事なく駆け下った。
ヲタ平が流れていく先が、すり鉢状になってる。嫌な予感しかしないよ、これは。
必死で追いついて我が友の足を掴んだ。
「よっし! 止めた」
叫んだ刹那、すり鉢の底が動く。突き出てくるのは二本の角、いや、ハサミ?
「な、何なんだよ、あれ」
真後ろでスケコマ師の声が聞こえた。でも俺は答えられない。俺自身が同じセリフしか出て来そうに無いから。
砂の中から突き出たのは、巨大なアリジゴクの顎。そしてその下に、お風呂大好き映画に出てたような濃いメン俳優そっくりの、巨大な人間の顔が付いていたんだ。
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