Kaleidoscope、枯れ井戸(かれいど)すこ~~プッ! 第10話
ついにトラベルF、スタートです。
続々と増えてくる人間の手足付き魚達、何だろ、どこかで見たような気がする。
「あれは、どこかで……」
我が友二人の無事を確認する為に、俺はヤバいイケメンさんの隣に。
どうもイケメンさんも、俺と同じ事を考えてる見たいだ。デジャブっての? 確かに覚えが……
「あぁ!」
思い出した。大声を上げてしまったけど、思い出したよ。
「確か、ブリューゲル!」
「そうか! あれはフランドル派の絵画」
俺の一言で、ヤバいイケメンさんも思い出したらしい。
「しかし何故、こんな砂漠に、フランドル派の絵画にそっくりな怪物どもが……」
「あ? あんな気色の悪ぃ化け物どもの絵ぇなんぞ描く野郎が、居んのかよぉ?」
「世界的巨匠に対して、無礼な奴だな」
棗のオッサンの、真っ当な感想にイケメンさんがケチを付ける。まぁ気持ち判るけど。
今はオッサンに味方したい気分だよ。
「見てみろや、ヨダレ垂らしながら走って来んだろ? 餌としか見てねぇぜ、ありゃ」
確かにオッサンの言う通りだった。イケメンさんも唸り声が出てる。ちょいマズいんじゃないかな、このままじゃ。
「ここは、逃げた方が……」
俺が小声で提案した時だった。下から、俺の足元から声が聞こえた。
「何だよ、あれは」
「あれはぁ、奇舞羅だよぉ」
ようやく目を覚ました我が友二人の、それが最初の一言だった。
キマイラ? どっかで聞いた気がする。
「そしてぇ、あれこそがぁ、我が統べるべきぃ民草なのだよぉ」
そう言うとヲタ平は、いきなり立ち上がって、すぐ横の砂丘を駆け上がって行く。
日頃からお公家体質の小太りボディが、結構なスピードで斜面を登っていくのを、俺達は呆然と見ていた。
「聞けぇ!」
砂丘の頂上で、ヲタ平が叫ぶ。
「我こそはぁ、汝らが王なりぃ! 我が民達よぉ! 我が前に平伏せぇ!」
キャラ変わってるよ、平坂登君。
「我はぁ黒乃鳥牙ぁ! 汝らが王ぉ! 我らこそ奇舞羅であーるぅ!」
くろのとりがぁ?
「白邪電切、読んでるって、黒乃鳥牙のファンだったのかよ」
隣のスケコマ師が立ち上がりながら、呆れたように言う。だから何なんだよ、黒乃鳥牙って……白邪電切?
「あの、アメリカ人が書いたとか言う?」
「あぁ、ラノベもどきな。その敵役ってかラスボスが、黒乃鳥牙って奴でさ」
そうなのか。で、ヲタ平は今、それになりきってるんだな。
「そいつの配下ってか、率いる一族が合成獣、奇舞羅軍団なんだ。確かに似てるけど」
スケコマ師は俺の方を見て、ひきつった笑いを浮かべた。
「俺さ、今、悪い夢を見てるんだよな? 時保」
ゴメン、スケコマ師。夢じゃないんだ。そう言いたいけど、今にも泣き出しそうな我が友の顔を見て、俺は何も言えない。
「我らはぁ、奇舞羅であーるぅ!」
キマイラであーる! キマイラであーるキマイラであーるキマイラであーる……
砂漠の空に、ヲタ平の叫びが木霊する。
その叫びを前に、走ってきた手足付き魚の群れが停止した。ホントに王の前の軍団みたいに。何だかカッコイイぞ、平坂登君。
「あ、あれ!」
さっきまで悪態を付きまくり、俺の胸ぐらを掴んだ黒ずくめのトレーナー女子が、砂丘の上で叫ぶヲタ平を指さす。
正確に言えば、ヲタ平の後ろ。
砂丘の向こう側から、巨大な木が立ち上がったんだ。いや、木の巨人?
こんなのも、確か見た絵に居たような気もする。6階建てのビルくらい有りそうな穴だらけの木で出来た巨人。
「魚どもよぉ、デカい奴にビビって足止めやがったな、こりゃ」
オッサンの身も蓋も無い指摘に、ほぼ全員が同時にうなずく。ヲタ平には悪いけど。
「我こそぉ、王なりぃ! 平伏せぇ!」
後ろから現れた木の巨人に対しても、小太りお公家系我が友は吠える。けど、今度は言う通りには、してくれそうに無い。
「危ねぇ!」
「逃げろ! ヲタ平!」
棗のオッサンと俺の叫びが、ほぼ同時に無音と化した砂漠に響き渡る。
「いやぁあぁ! 何でぇ?」
今度はヲタ平の絶叫。今、小太りの体を木の巨人に握り込まれ、お公家系我が友は持ち上げられて行く。
「いやぁあぁ! 食べないでぇ!」
そう。今やヲタ平は巨人の大きく開いた口に向かって運ばれようとしてるんだ。
「オッサン、助けて……」
俺が救いを求めてる最中に、その影は飛んだ。両手で巨大な鎌を振り上げながら。
よく漫画で見るような、死神の鎌そっくりの黒い巨大な刃物を、その人は振り下ろす。
テレビで見た事の有る、日本刀が巻き藁ってのをスッパリ切り捨てるように、あのヤバいイケメンさんは巨人の木の腕を真っ二つにした。
「いやぁあぁ!」
ヲタ平の絶叫が途中で消える。
木の巨人は器用に、落下する自分の腕をサッカーボールをシュートするように蹴り飛ばした。
気を失ったらしい我が友は握り込まれた木の腕ごと、二つ向こうの砂丘を越えて吹っ飛んで行く。
「ヤベェ!」
俺の隣で棗のオッサンが叫んだ。
蹴りの姿勢のまま、木の巨人の体がグルリと回転する。
まだ空中に居たヤバいイケメンさんが、巨大な木の足に真正面からぶつかり、俺達の頭の上を飛び越えて、あの魚人の群れに向かって吹っ飛んでいった。
と、同時に木の巨人の、蹴りを放った足が音を立てて落下する。
「あの野郎、カウンターたぁ、やるじゃねぇか」
オッサンの言葉で判った。イケメンさんは蹴りを喰らった瞬間に、木の巨人の足をぶった切っていたんだ。
片足になりバランスを崩した巨人は、砂丘の向こうに倒れ込み、大音響と共にバラバラに砕け散る。
「たぁ言え、痛み分けだぁなぁ」
確かに棗のオッサンの言う通り、あのヤバいイケメンさんは、口からヨダレ垂らした魚どもの群れの中に飛び込む形で落っこちた。
「あはっ、これで終いやん」
とんでもなく邪悪な笑いを浮かべて、黒づくめトレーナーさんがボソっと呟く。
よく見るとホント、アイドル顔しててカワイイのに、今の笑い方はNGだよね。って、あれ? やっぱり俺、この子どこかで見た事が有るぞ?
ちょい丸顔でセミロングの黒髪。くりっくりの大きな瞳。そしてベチャって言われない程度に低い鼻。どこかで、絶対。
そんな事を考えてる間に、イケメンさんの落ちた所に手足付きの魚どもが群がる。群がる、群がる。もう完全に見えない。
「やっと開放されたわ。さいなら、しつこいジレーザはん」
○○はん? どこかで、このフレーズ……
「あ! グラビア初! 先週号の!」
「げっ! 今、こないなトコで? 握手会なんか、せえへんでウチ」
この反応、間違いない。ヲタ平が言ってたのは、そうか、あの子の事か。
先週発売の週刊誌で初の水着を披露したって言う……名前、何だったけ?
「時保、お前もかよ。地下アイドルの丁雨麗が居る訳ないだろ? こんな訳判らん所に」
ティン・ユーリー。それだよ、それ。フルネームじゃ無かったから、ヲタ平の言ってるのにピンと来なかったんだ。
「台湾生まれの、関西育ち、京都大好き、巨乳揺るがす、お宝ティンはん17歳!」
「キャッチフレーズ完コピ? お前、全く興味無かったんじゃなかったのかよ、時保」
そうなんだよ、スケコマ師。あのグラビアを見るまでは。
「時保、巨乳好きだったんだなぁ、お前」
しみじみとスケコマ師が言う。違うって言い切れない、言い返せない自分が、ちょい情けない。
いや、俺にはお姉さんが、いや栄美さんが……忘れてない、忘れてないぞ。
「なんの話しとんねん! この房中どもがぁ! 鬱陶しいんや!」
顔、真っ赤にしながら、関西弁で怒鳴る黒ずくめのトレーナー女子。絶対、本人だよね、この反応。
ちなみに俺達、高校生ですけど。
「本物の、丁雨麗?」
大真面目で問いかける俺とスケコマ師。巨乳揺るがすお宝ティンはん、ことティン・ユーリーは真っ赤な顔を背けながら呟く。
「こいつら……この状況が判ってないんか? やってられんわ」
「全くだぜぇ、やってられねぇ。あいつぁ化物かよ」
「あ? 何の話してんねん、革ジャンのおっさ……げっ!」
黒ずくめのトレーナーの巨大な胸を上下させて、地下アイドルらしき女性は悲鳴とも絶句とも取れる叫び声を上げた。
今、あの手足付き魚どもが、真っ二つになりながら空に飛び散っていく。
「野郎、まぁだ生きてやがったのかよぉ」
オッサンの視線の先、魚人どもの塊を薙ぎ払いながら、群れの内側から突き出た黒い刃が旋回している。
見る見る内に百匹以上いたはずの手足付き魚どもは、ぶった切られて砂漠に横たわっていた。
その真ん中に、あのヤバいイケメンさんが死神みたいな黒い大鎌を支えに、ただ一人立っていたんだ。
お読み頂きありがとうございました。
厳しい御批評・御感想、そして御指摘、お待ちしております。
今後とも宜しくお願い致します。




