Kaleidoscope、枯れ井戸(かれいど)すこ~~プッ! 第8話 幕間その2
幕間はサイドストーリー。
主人公の行動とほぼ同じ時間に、別の場所で別の登場人物達が織り成す物語です。それは主人公が紡ぎ出す本編へとつながって行く支流のような展開。
その為、外伝と同じく通常とは違う三人称形式となります。ご了承ください。
完全に出鼻をくじかれる形になって、多元宇宙の警察官二人は奥沢城跡の碑の更に奥、枯れ井戸の前で立ちすくむ。
眩い光に二人の時康琢磨は、手をかざして自身の目を守る事しかできなかった。
「こ、こいつぁ……」
「発動したようです、ロマノフの卵が」
「くそぉ! 先手を打たれたってかよ」
「更なるフォースフィールドが形成されて、中の情報が全く掴めません。ましてや入るのは不可能ですね」
逃げられたってか。そう呟いて棗と呼ばれた男は、そのオッサン臭い相貌を歪めた。
「忌々しい! クソ眩しいぜぇ」
呻きつつカマキリの顔のようなサングラスを掛け直す革ジャン男に向かって、銀八は頷きながら言う。
「全くですね、計器が見えませんよ」
「貸さねえぜぇ、銀八ぃ」
「よく判りましたね。流石は剣と魔法の世界の住人。でもカマキリみたいでカッコ悪いので、それは要らないです」
「目ぇ閉じてろやぁ、こぉのガス人間8号」
棗がそう言った刹那、林の中を埋め尽くしていた眩い光が唐突に消えた。
「何だったんでぇ、今のは」
「回復しました。やはり卵の発動でやられていたようです。あぁ三人とも動いてないですね」
機械を操作しながら告げるガス人間8号に、棗は問いかける。
「卵は、どうでぇ?」
「先ほどのような高エネルギー反応は無いです、完全に沈黙した訳では無さそうですが」
「んじゃぁ、今度こそ行くか」
気合いを入れ直して、枯れ井戸を覗き込もうとした革ジャンの背に向かって、放置された落ち葉を踏み散らして駆けて来た足音の主が、派手にぶつかった。
「おわっ! 何でぃ?」
「邪魔や! どかんかい!」
無防備な背中に体当たりを食らって、棗は地面に突っ伏す。同時にぶつかった方も、その背中の上に倒れ込んだ。
「何してくれよんねん、おっさん! 邪魔や言うてるやろ!」
まだ若い女性の声で、小柄な黒ずくめのトレーナー姿の乱入者は関西弁でまくし立てる。
「オメェが! まず、どけぇ!」
おんぶ状態で倒れたような格好の二人を見下ろし、銀八は溜め息を付いた。
「早く立ち上がってください、棗さん。もう御ひと方が御待ちです」
「ほう。私に気付いていたとは」
林の向こう、乱入者が駆けて来た方向から男の声がする。
ゆらりと言った感じで近付くそのシルエットは、痩せぎすと言って良いほどにスリムで、その動きは優雅でさえ有った。
「ひっ!」
男の声を耳にした途端、関西弁をまくし立てていた女性は小声で悲鳴を上げて跳ね飛び、枯れ井戸を背に降り立つ。
重しの無くなった棗が、くるりと仰向けになり女性をその背に庇うが如く、座り込んだ。
「オメェ、アイツに追われて来たのかよぉ」
皮ジャンの背中に小柄な女性が、しがみつく。怯えているのか、微かな震えが伝わってくるのを棗は感じている。
と、同時に密着した黒ずくめのトレーナーの胸の厚みに、鼻の下が伸びそうになるのも感じていた。
「でけぇ……」
誰にも聞こえないほどの、棗の呟きが革ジャンを通してさえ判る、背後の女性のボリュームを表している。
そんな事など全く無縁な銀八は、静かに女性を追ってきたであろう人物に声を掛ける。
「どちら様でしょうか?」
あくまでも慇懃な青年の問いに、スリムなシルエットは応じた。
「故あって名乗る訳には行かぬが……リェーズヴィエ、とでも呼んでもらおうか」
その単語を耳にした銀八の顔が強張る。
「第三席、アレクサンドル・ヴォルドリン……」
ガス人間8号の呟きに、細身のシルエットが反応した。首を横に振ったのだ。
「二つ名で身元が割れるとは。だが、それが判る貴殿は、この世界の住人では無いな?」
相手の纏う雰囲気が急速に変わりつつ有る事に気付き、銀八は隣で未だ座り込んだままの革ジャン男に声を掛ける。
「厄介な事になりましたよ、棗さん。あの方、ジレーザです」
「知ってるぜぇ、銀八ぃ」
「ほう、貴殿には見覚えが有るな。全治三ヵ月以上の傷を負わせたつもりだったが?」
あくまで光の射す所に近付かず、スリムな影の状態で問う相手に、棗はサングラスを外しながら立ち上がった。
相手に向かってヒラヒラとでも言いたげに、足を振り回す。
「治りの早いたちでなぁ。悪ぃがよ、殺人狂に覚えていられても嬉しかぁ無ぇなぁ」
「我々は衛視と呼ばれる身。基本は逮捕・警護などだ。断じて殺人を生業にしている訳では無い」
「そちらでは、警察に当たると?」
銀八の問いに、リェーズヴィエと名乗った男は肯定の返事を返す。
「こちとら叩き上げの警官だぜぇ、一緒にすんじゃねぇ」
棗の声に、細身のシルエットが応じた。
「警察なら狙いは我らと同じ、広域窃盗犯81号か」
「たりめぇだろうがよ」
「なら、貴殿の後ろの女を捕えろ。そ奴が81号だ」
「な、なにぃ!」
相手の言葉に瞬間、反応が遅れる。振り向いた革ジャン男の視線の先に、跳ね飛ぶ小柄な黒ずくめのトレーナー姿が有った。
「お前ら、サツかいな! しょうもな!」
身も蓋も無いセリフを残して、関西弁の女性は枯れ井戸の中に消える。
「そいつの相手してろ! 銀八ぃ」
「棗さん!」
叫ぶと同時に革ジャン男は、小柄な黒ずくめを追って穴の中に飛び込んだ。
後に残された青年は、そろりと機械の方へと移動する。
「道を開けた、と言う所か?」
「鉄の刃、の御相手なんて私には到底できませんよ」
「賢明だな」
そう言いつつ細身のシルエットは、ゆっくりと夜の闇から銀八の元へ歩み寄ってきた。
機械のパネルが放つ淡い光に照らし出され、リェーズヴィエと名乗った男の相貌が明らかになる。
「これは……凄いな」
呟くガス人間8号の涼やかな顔が霞むほどに、暗闇から出てきたロシア人の青年は美形だった。
敗北感満載ですね、棗さんの前では口にできませんが。銀八は、その言葉を飲み込んで通り過ぎる男の横顔を見詰める。
淡い金髪に翡翠のような瞳、整った相貌に穏やかな笑みを浮かべ、アレクサンドル・ヴォルドリンと呼ばれた男もまた、枯れ井戸に身を投じようとしていた。
「済みませんが、一つお願いが有ります」
銀八の声に、表情を引き締めてジレーザの第三席は首を巡らせる。
「先ほど警察と同じ、と言われました。人死は避けて頂けませんか? この地下に、あと三人居ますので」
「ほう。81号の配下、か?」
「おそらく」
「了解した、なるべく」
それだけ言い残して、ロシア人の青年は黒々と空いた穴に飛び込んでいく。
ただ一人、地上に残った阪本銀八はジャケットからスマホらしきものを取り出した。
「なるべく、ですか……仕方ありませんね」
操作する機械を見詰めつつ、彼は電話をかける。
「あ、万事屋さんですか。お願いしたい事が出来まして。ええ、急ぎで」
その声は、夜半の林に吸い込まれていった。
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