Kaleidoscope、枯れ井戸(かれいど)すこ~~プッ! 第4話
「遅い」
スケコマ師こと駒下恭介の呟きが漏れ出る、暮れなずむ空の下、ここは集合場所。
集合時間の午後7時までには、まだ1時間近くもあるのに、ヲタ平こと平坂登と共に我が家の前までやって来て俺を連れ出すとは。
ほぼ十数分前に初デートから戻ってきた俺としては、驚き以外の何ものでも無かった。
しっかしこの二人、気合入ってるね。
とりあえず、夕食を食いっぱぐれる事が決定した時点で、弁当を用意してくれた我が母に感謝しつつ、二人と共に出発。
って所までは良かったんだけど。
電車乗り継いでやってきた九品仏駅。降りれば目の前に商店街、そのすぐ向こうに寺の参道入口が見える。
リュックを背負った私服の高校生三人、それほど珍しくもないかな? まぁ時間的にはギリセーフ?
ただ、俺以外の二人のリュックは、登山用重装備だったりするんだけどね。参道に向かって歩く姿は、ちょっとね。
「ホントだ、浄真寺参道って石碑がある」
「この参道のずっと奥のぉ、仁王門横にぃ奥沢城跡の碑って有るんだけどねぇ」
俺の声に反応して、ヲタ平が説明を始めた。
「その石碑の向こうでぇ、枯れ井戸が見つかったんだよぉ」
「それがさ、夜な夜な七色に光るらしいぜ。そう言うキレイなのって女子ウケするだろ?」
それは、そうかも知れないけど。何か嫌な予感しかしないのは何故だろう?
「夜な夜なって、毎晩光るのか?」
俺の素朴な問いに、二人が瞬間、沈黙する。
「いやぁ毎晩て訳じゃぁ」
「しゅ、週末は……けっこう」
ホントかよ。で、何時頃なんだ、光るの。と言う更なる問い掛けに、この二人はお互いの顔を見合わせた。
「えっとぉ、だいたいねぇ」
「23時から2時頃かな、まぁ、だいたい」
午後11時から? 今まだ7時前だぞ、午後の。あと何時間あるんだよ。
「も、もうすぐ女子も来るし、大丈夫」
何が大丈夫なんだ? という会話から、最初のスケコマ師の呟きに戻るんだけどね。
「遅い」
スケコマ師こと駒下恭介の呟きが漏れ出た。何回目なんだ、これで。
もう薄暗いどころじゃない空の下、ここは集合場所。九品仏は浄真寺仁王門。
「遅いよねぇ」
すでに午後8時を回ってる。よく1時間も待ち続けられるな、二人とも。
俺は一人、母手製の弁当を頬張る。そして思った事を口にした。
「いや、来ないだろ」
俺の一言に、二人して噛み付く。現実を見ろよ、二人とも。
「絶対来る!」
「残り二人はダメでもぉ、さぁやちゃんは来るよぉ」
はい? さぁやちゃん?
「1年のぉ」
「深浦紗綾。才色兼備ってのは、ああ言うのを指すんだろうな」
みうらさぁや? 知らない、1年生の女子なんて。
「その子も含めて、夜中までここで、って知ってるのか?」
「いや、そこまでは」
言ってないのかよ? 詐欺だろ、犯罪だろ、それじゃ。
「ラインしてみるよぉ、今からぁ」
そう言いつつヲタ平がスマホを取り出した。こいつもスマホなのか、すでに。
「俺も乗っかるわ」
呟きつつスケコマ師までスマホを。こいつら俺を置き去りにして。ちょい悔しい。
「お~出た出た」
「さぁやちゃん! 早く来てよぉ」
文字打ちながら声に出てるぞ、ヲタ平。
「え!」
スケコマ師が絶句する。ヲタ平は悲鳴を上げたよ。
三浦なんとかって女の子からのお詫びが、まっさきに飛び込んでくるのを、俺は後ろから覗き込む。
「そんなぁ」
彼女はネットで下調べをし、光る時間が深夜になる事を突き止め、残り二人にも教えたらしい。
「確かに才色兼備だな」
俺の言葉に二人が呻く。いや、当然だろ? この子の対応。
女の子騙してこんな所に連れてきてたら、その方が問題だって。判ってないのか、二人とも。
「うげぇ、鶴と鮫が参戦してきた」
何だよ、それ?
「うあぁ! もぉう! この二人は、どうでもいいよぉ」
二人? って事は残りの女の子って事か。それにしても、鶴と鮫? 亀じゃなくて?
ヲタ平によると、痩せ気味で首のヒョロリと長い方の子が鶴。で、歯並びに難アリで口元に視線が行ってしまう方が鮫、本人も気にしてて常にマスクをしてるらしい。
何かヒドい仇名付けてる気がするんだけど……その二人のラインを見て、我が友らの反応に納得してしまったんだ、これが。
ワシら騙して、夜中連れ出すって~
アタイら狙われてる!
「五月蝿いよぉ、この二人ぃ」
「こんなのでも、超常現象研究サークルの1年生だろ」
二人のボヤキが、夜のお寺の門に吸い込まれていくみたいだ。シミジミと。
その間にもラインは次々に流れていく。早い! 女の子二人どんなスピードでスマホ入力してるんだか。
けど、どうせ! さ~や狙いなんだろ~
それな! アタイらじゃないって!
「こいつら……」
うわ、鋭い。女の子ナメちゃいけないね。ライン見つめる二人とも、唸り声になってる。
正解
ヲタ平、それは打っちゃイケナイ文字だって。スケコマ師も流石に慌ててる。
「おい! それは言い過ぎだろ」
「別にぃ。こんなのどうでも良いしぃ」
平坂登君、気持ちは判るけどね。女の子相手にそれはダメだって。
ヲタヒラ先輩、最低ぇ~~~
いやいや、ヲタヒラ先輩、最悪ぅ!
連続で同じ文句が並ぶ、当然だよね。大炎上だよ。スケコマ師が必死で消火作業。
二人とも超常現象研究サークルの大事な後輩だって、なぁ、怒るなよー
コマ先輩は、すこ
お、駒下恭介君、好かれてるね、君は。
「おい、この……すこ、って何だ?」
マジか? スケコマ師、それは俺でも知ってるぞ。
「好き、って事だよぉ。スケコマ師ぃ」
「う~、こいつらに言われてもな」
お前もかよ、スケコマ師。泣けてきそう。
超常現象研究サークルは、すこ!
ワシも、すこ。すこ~
超常現象すこ!
すこ~ すこ~ すこ~ すこ~ すこ~
すこ! すこ! すこ! すこ! すこ!
すこ、の嵐? いや大洪水? スマホのディスプレイが、女の子二人の、すこ。で埋まる。流れ続ける。
七色に光るって枯れ井戸も、すこ!
枯れ井戸すこ~~~
「プッ!」
思わず、俺は吹き出してしまった。何なんだ、この子らは。
だから、コマ先輩。七色に光るとこ生中継してね~
アタイも見たいよ。きっと、さーやも!
ワシら期待してるからね~
それを最後に、怒涛のラインは終わった。いやぁ疲れた、こんなに疲れるとは。
「帰ろうぜ、二人とも」
そう呼びかけた俺に、我が友らは毅然と言ってのける。
「だめだ。今から枯れ井戸に向かう」
「生中継しなくちゃねぇ、さぁやちゃんも楽しみにしてるし」
いや、それは鶴さんと鮫さんが言ってただけだろ?
「行くよぉ、トッキー。七色のお宝が待ってるよぉ」
「さぁ、出発だぜ。時保」
どうなってるんだ? この二人。とは言え、放って置く訳には行かないよね。俺もその後について行く。もう午後9時前なんだけど。
「行くぜ!」
掛け声と共に、二人は額に明かりを灯す。
「なんて用意のいい奴らなんだ……」
思わず呟く。ヘッドライト? プロ仕様じゃないのかよ、それ。
俺なんて小型のLED懐中電灯くらいだぞ、これだと片手が塞がってしまうんだよね。明かりは二人に任せよう。
「ほぉらぁ、ここだよぉ」
浄真寺仁王門横の森を少し歩くと、確かに奥沢城跡の碑が有った。そこから更に奥へ。
「井戸って言うより、土盛って有るだけみたいだな」
俺の感想はスルーされ、夜空に消えていく。
「これで良し」
その間にスケコマ師は横に立つ太めの木の幹にロープを縛り付けた。
「縄梯子じゃないじゃん、スケコマ師ぃ」
「そんなの荷物になるかから、無理に決まってるだろ」
スケコマ師が持ってきたのは、ほぼ等間隔で丸く結び目が作ってあるロープ。
「いざとなりゃ、靴脱いでこれで登りゃ良いんだよ」
そう言いつつ、すでに降りようとしてる。
「ちょ待って、ここは深さ測るべきだろ?」
提案して、俺は小石を枯れ井戸に放り込む。
1、2、3、4、……え? 数えて5以上の間を空けて、小石は枯れ井戸の底で音を響かせた。
「た、大した深さじゃないよな」
いや、充分深いだろ? 今の感じ。スケコマ師の感想に俺は噛み付いたが、奴は既にロープを手にして、枯れ井戸に身を投じている。
「トッキーは殿ねぇ、しんがり、最後って意味だよぉ」
それぐらいは知ってるよ、ヲタ平。けど大丈夫なのか?
そう問いかける間に、二人目も暗闇に消えた。仕方なく俺もロープを掴んで穴へ。
先行する二人のヘッドライトが底を照らしてくれる。
「トッキー、大丈夫だよぉ。本当に枯れ井戸だからぁ」
結構、ヲタ平の声が響く。カラオケのエコーかけ過ぎって感じで。
それが序曲ってヤツ? オープニングタイトルのイントロが流れ出したって感じ。ここから俺はまた、いつものように非日常へと巻き込まれていく事になってしまったんだ。
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