Kaleidoscope、枯れ井戸(かれいど)すこ~~プッ! 第2話
病院での検査も診察も済ませた後、銀八さん付き添いのもと、全て問題無しの診断をもらって俺は無事解放された。
「明日は学校に行ってください。では」
そう告げて、ここ1500番宇宙では産休教師って事になってるガス人間8号さんは、俺を家まで送り届けて去って行く。
安堵した母から再び小言を聞かされたけど、それは仕方ない。反省はしてる。
「明日はちゃんと、学校行くのよ」
言われなくても、とは思う。銀八さんにも言われたからね。
「もう二度と、こんな真似しないでちょうだい。お父さんも向こう見ずだったけど、あんたのは度が過ぎてるわ」
「父さんを持ち出すのはやめてくれよ」
思わず口答え。流石に亡き父と比べられたくは無いよね。
「時保涼真はレンジャー隊員だったから許されたけど、あんたはまだ高校生でしか無いんだからね」
「はい、判ってます。もう無茶しないから」
まぁ病院からの帰り道、延々と聞かされた1637番宇宙の俺こと銀八さんの母上様のお話のおかげで反発する事なく返事できた。
その話は、いつかまた。って事で。
そして、その日の夜。
俺は未だに使い続けているガラケーを握り締めている。
「やっぱ……ビビってる」
何でこんな時に、頭ん中で爪沢トメオの曲が流れてんだよ! 恋は何時でも~初……
なんて、どうでもイイ!
「しっかりしろよ」
せっかく、お爺さんが背中を押してくれたんだから、俺から電話しなくちゃ。
「いや弟子入りしたんだから老師かな?」
また別の事を考えて逃げようとしてる、自分自身の頬を俺は音がするくらい叩く。
それから銀八さんにもらった紙切れのナンバーをもう一度確認して、指を走らせた。
しばらくコールする音、その後に聞き覚えのある声が。
「もしもし」
う、シンプル。せめて名乗って、お姉さん。
「あ、あの俺……時保、琢磨、です」
噛む、詰まる。何なんだ? この情けない名乗り。声、震えてるし。
「琢磨、君? あ……あぁ! 良かった! 大丈夫? ケガ酷くない? ちゃんと病院行った?」
矢継ぎ早って、こう言うのを指すんだろうな。答える暇も無いくらい問いかけが飛んでくる。
最初の、一瞬の間は怖かったけど。
「だ、大丈夫! 病院で診てもらって、何とも無いって言われました!」
そう、良かった。その言葉を聞いて俺は思わず涙が溢れそうになったよ。
この声が聞きたかったんだ、そう思ったら、もう止まらない。あの笑顔が見たい、お姉さんの、光井栄美さんの可愛い笑顔が。
「あの、琢磨君。聞いてる?」
「あ、ご、御免なさい」
興奮しすぎて、耳に入ってなかった。何だっけ?
「次の土曜日、空いてない?」
え! 土曜日、明後日の? い、イイんですか? デートのお誘い?
「国立新美術館でね、観たい展覧会やってるんだけど、一緒に、どうかなって」
お、俺、体育会系ですけど……美術鑑賞ですか? ハードル高い初デート!
「絵を見るのなんて、その絵が好きか嫌いかだけだから、そんなに緊張しなくて大丈夫」
更にハードル上がってますよ、お姉さん!
「お、俺なんかより、趣味の合う人と行った方が、イイんじゃないです?」
「私と趣味が合うかって知りたいし、それに……本当に体が大丈夫か、この目で確かめたいし。会いたいからね、君に」
更に更にハードルが上がった気がするけど。最後の一言、これが殺し文句ってヤツでしょ? 勝てる訳ないよね。
「行きます! 是非!」
「良かった。じゃあ、明後日の14時に、地下鉄千代田線の乃木坂駅で」
待ち合わせ! お姉さんこと光井栄美さんと! 夢にまで見た展開。お爺さん、いや老師! ありがとう、貴方が背中押してくれたおかげです。
心の中でそう頭を下げつつ、俺は英美さんとの電話を切った。
その後は飛び跳ねて、なかなか寝付けなかったんだけどね。
翌日、これが俗に言うルンルン気分なのかぁ。なんて事を考えながら登校。
もちろん、あの二人には言えないよね。一昨日あんな事が有ったんだから。
「さぁ、なんて言うべきか」
なんて思っていたら、校門入った途端に風紀委員に取り囲まれて職員室行き。
そのまま生徒指導室へ直行、だよ。そしてずっと午前中は説教されて缶詰め、で終わりそうなんだ。
「まったく、いち高校生の分際で、ヒーローにでもなったつもりか?」
体育教師の高圧的な態度は、どこの学校でも同じなんだろうなぁ。
とりあえず下向いてお詫び、反省なんて微塵もして無いけど。
「ま、まぁまぁ今回は、この通り本人も反省してますし、この辺りで」
担任教師の事無かれな反応も、やっぱり同じじゃないかな?
それでも、その担任のおかげで比較的早く済みそうだし。丸一日じゃかなわないって。感謝しなくちゃね。と、思ってたら……
「一昨日、校門で君を待っていた女性と共に帰ったそうだが、今回の被害者は同じ女性なのかね?」
う、鋭い。流石は風紀委員を束ねる学年主任。突っ込みどころが他とは違うね。
「いえ、別人です」
銀八さんこと別世界の俺を真似て、堂々と嘘をつく。
「そうか。で、君を待っていた女性は……」
「もう、この学校には来ません」
「そうかね。なら良い」
そう、来なくても会えるから。
学年主任の一言で、この場は解散。俺は昼休みになってやっと解放され、教室に向かったんだ。
「お、来たなヒーロー」
席に着くなりやってくる、長身の馬面男。
「何だよ、俺は別に」
「もう結構、知れ渡っちゃってるよぉ、トッキーさぁ、無謀過ぎぃ」
銀八さんは、どんな風に学校に届けたんだ? 二人の楽しげな顔、他人の不幸は蜜の味かよ?
「あのお姉さんが襲われたのか?」
「うん、まぁ」
「で、ボコボコか? 時保」
「う~ん、まぁ、そんな感じ」
「で、お姉さんは無事だったのか?」
「あぁ、それは大丈夫」
なら良かった。そう呟くスケコマ師の反応が、この馬面男の性格の良さを物語ってるね。
「ふ~ん」
興味無さげに見えて、小さく舌打ちした。
お公家系ちょい体重過多な平坂の薄い笑い顔が時に怖いよね。こいつ、絶対ロクでもない事考えてたな。
「ま、こんな事は二度三度ある事じゃなし、今日は金曜日だし、放課後……」
「悪い、スケコマ師。今夜は体鍛えに行くから」
我が友、駒下恭介の言葉を遮って俺は手を合わせる。火曜日と金曜日の夜はスポーツチャンバラの道場に通う、そう決めてるんだ。
「なんだよ、せっかく慰めてやろうってヲタ平と言ってたのに」
「そうだよぉ、あんな事が有ったんだからぁ、あのお姉さんに振られたでしょぉ? 慰めてあげなくっちゃねぇ」
う~ん。瞳の奥に暗い影が見えてるぞ、ヲタ平こと平坂登君。
「どんなセリフで振られたのぉ?」
「を~た~ひ~ら~」
思わず低音で呼びかけてしまった。振られたの前提で話、進めやがって。けど、まぁ、その方が詮索されずに済むか。明日の午後に初デートなんて言える訳無いし。
「んじゃ、時保。明日は?」
「明日は更にダメ」
「そう言わず、俺を助けると思って、来てくれ」
「はぁ? どこへ」
問い返す俺の横から、再び重量級お公家が口を開いた。
「トッキーもぉ、おいでよぉ。我が超常現象研究サークルのぉ初野外研修にぃ」
「はぁ? 超常現象研究サークル? 初野外研修?」
初めて知ったんだけど、この春からヲタ平は超常現象研究サークルなるものを立ち上げて部活にすべく活動中らしい。
「現在ぃ女の子が三人でぇ」
「男は俺とヲタ平のみ」
スケコマ師が本来の顔を覗かせ始めたね。
「土曜日の夜にねぇ、浄真寺で新しく見つかったぁ枯れ井戸探検に行くんだよぉ」
「浄真寺? って、どこ?」
「九品仏のぉ、浄真寺ぃ」
「そう遠くは無いよな。19時集合だぜ」
いや、けっこう遠いだろ? 九品仏って俺の家からだと30分以上かかるっって、バスでも電車乗り継ぎでも。
それに、行くとは言って無い。
「そこで発見された枯れ井戸がねぇ、夜な夜な不思議な七色に光るんだってぇ。これって超常現象だよねぇ」
いや、有り得ないだろ? 枯れ井戸が七色に光るって。
「女子三名も来るんだぜ。時保、お前にも是非、参加して欲しい」
「振られたばっかでしょぉ、トッキー。慰めになると思ってねぇ」
勝手に振られた、にするなよ。って否定したら面倒な事になるし。
「夜、なんだよな?」
「そうそう」
二人が声を揃える。昼で無ければいいか、初デートの邪魔にはならないし。
「判った。参加するよ」
喜ぶ二人を尻目に、俺はお姉さんこと光井栄美さんとの楽しい時間に、すでに頭が飛んで行ってた。
でもこれが、とんでもない事件の発端だなんて、その時は気付きもしなかったんだ。
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