俺がアンタで、アンタが君で、君はヤッパリ俺なのか? 第4話
住む世界が違うって、どういう事なんだ?
しかも、同一人物って……小学生とオッサンと、普通の高校生だよ? どこが同じひとりの人間なんだって?
頭の中を言葉がグルグル回っている。つもりだったんだけど、口から出ていたらしい。
「まぁ、気持ち判らんでも無いがよぉ」
「だんだん面倒になってきました。きちんと説明すべきですね」
オッサンと小学生が、代わる代わる話し始めた。
「どうせ記憶消しちまうんだしなぁ」
「話半分で聞いていて良いですよ、この世界の時保琢磨くん」
そう言う小学生の顔、言われてみれば見た事あるはずだよね。
卒業アルバムに、こいつによく似た顔の俺が写ってた。こんな皮肉でダークな笑い方して無いけど。
「ボウズよぉ、オメェが住んでるこの世界はだなぁ。千年以上昔に探検家が発見して回った、多元宇宙の中の一つ、でだ」
多元宇宙? 何だよ、それ。
そう思いつつ見てるオッサンの顔、どこかで見た事有る訳だ。毎朝、見てる鏡に映ってたよ、俺の面影ってやつか、これ。
ただ、あと十何年ほど経ったら、こんな顔になってしまうのか? 苦労が染み付いてオッサン臭い顔って……嫌だよ俺。
「この世はね、三千以上を数える世界が並んだ、近くは似てて、遠く離れるほどに違った世界で形成された、言わば異世界の集合体みたいな物なんですよ」
しょ、小学生のくせに人を小馬鹿にしたような顔して。
そうは思うけど、否定する言葉が出てこない。耳が二人の話を追いかけてる。
「簡単に言ゃあ石鹸の泡がブクブク生まれちゃ消えるように、多元宇宙ってぇな出来てんだよぉ。日々、新しい世界が生まれてるって事よ、今じゃ三千どころじゃねぇ」
「泡、そうですね……シャボン玉の方が近いかも知れませんね。その一つ一つがそれぞれの世界と考えるなら。沢山のシャボン玉が浮いてる広い部屋を想像してみて下さい」
「それが多元宇宙てぇ事だぁ、判ったか? ボウズ」
いや、全く判んねぇよ! オッサン風に言えば、こんな感じか。
「それは無理でしょう。ここ、1500番宇宙は一部の組織を除いて一般人はおろか国家規模でも、知識も情報も無いはずです」
何なんだよ、それ。隠蔽とか言うんじゃないのか、そう言うの。
俺の憤りをスルーして、二人はすでに説明を終えたって感じになった。でも俺が聞きたい事は、まだ答えてないぞ。
「俺が、この世界のって……」
どういう事だよ。まで言わさず、オッサンが遮る。
「悪ぃがよぉ。ボウズに付き合ってる暇は、無ぇんだわ」
「全くです。逃げた尾部を追わねば」
さっき逃走した総理の事を言ってるらしい。
「総理が殺人犯って……」
「さっきも言ったがよぉ、ありゃ、この世界の尾部甚蔵じゃ無ぇ。すでに何人もの人を殺めた犯罪者だぁな」
「ニセ総理って事か」
「この1500番宇宙で、奴が狙ってんなぁ、そういう事だろうよ」
手にした魔法使いみたいな杖で、自分の肩をポンポン叩きながら、オッサンは吐き捨てるように言った。
「この先に居ますね、動いていません……いや、今、動き出しましたね」
「何やってんだぁ? オレ様が追っかけてこれねぇとでも思ってやがったのかよぉ」
「貴方、足を撃たれてますね? 先程から動きが悪い」
そう言いつつ、小学生はスマホに似た何とかケーターをオッサンの太ももに向ける。ライトの灯りがGパンを照らす。
「血が、出てない?」
驚く俺の声に、元着ぐるみマンの小学生の指摘が続いた。
「銃で撃たれたら、ケイ素生命体と言えど体液か何かは流出するはずですが。貴方は何者なんです?」
「気にすんじゃ無ぇ」
「しますよ」
歩き出そうとするオッサンのGパンに手をかけ、小学生は撃たれて空いた穴に指を突っ込む。
「うわっ! やり過ぎだろ」
俺の叫びを無視して、とんでもなく冷たい声が。
「空洞ですね。貴方の体、どうなっているんです。しかも撃たれた周囲が硬化し始めていますよ、生命体と言えるんですか?」
「あ? 1398番宇宙じゃ、これが普通だぁな。尾部の野郎も含めてよぉ。それよりオメェ、さっきから輪郭がボヤけて来てんぜぇ」
オッサンの言う通りだった。小学生の体が映画のCGキャラみたいにユラユラ揺れ動いてる。
「1637番宇宙の我々は、気化生命体と呼ばれているようです。他からはね」
きか、せいめいたい?
「この世界の大気は濃密過ぎて、リミッター無しでは形を保つのが難しいですね。油断すると分散し、大気に同化されてしまいそうです」
「ガス人間8号ってかよぉ」
「失礼な、誰がガス人間8号ですか」
「オメェしか居ねぇだろうがよぉ?」
頭がクラクラしてきた。
俺、時保琢磨が三人も顔を会わせたって事だけでパニクりそうなのに、同一人物のはずの二人とも普通じゃない。
どこが同一人物なんだよ、異世界から来た俺?
片方はケイ素生命体とかのオッサンで足が空洞、いやホント足だけなのか?
もう一方は、今や輪郭どころか全体に揺らめき出して、何となく向こうの壁が透けて見えてきた気化生命体。だって?
「何なんだよ、一体」
何度目かの、同じような呟きが漏れた。俺は夢見てるんだと思いたい。
「ったく。デカでも無ぇ上に霧散しそうなガス人間8号たぁ、何の役にも立たねぇ野郎だぁな、オメェ。こりゃ参ったぜぇ」
「ひどい言われ様ですね。私も、もっと面倒見の良い頼れる方にお会いしたかったですよ。捜査チームが出来てたのなら」
さっきニセ総理逮捕に協力し合うって言ってたじゃないか、喧嘩始めそうな二人を見て俺はそう思う。
「言い争ってる場合かよ! ニセ総理を捕まえる事が最優先なんだろ?」
何だか頭にきて、俺は叫んでた。知り合いの無残な姿が、脳裏をかすめたって言うのが理由かも知れない。
「確かに、君の言う通りですね」
「まぁ、ボウズの言う通りなんだがよ」
二人の、異世界の俺、時保琢磨の声が重なる。また頭がクラクラしてきたよ。
これでホントに、ニセ総理を捕まえられるのかな?
「奴がまた、一箇所に留まりましたね。ここで追いつかねば」
「確かにな、で? どこに居やがんでぇ、奴ぁよぉ」
ここです。そう言って元着ぐるみマン、今はガス人間8号って呼ぶべきかなと思う小学生は、何とかケーターをオッサンに見せた。
「地図かよぉ、判んねぇな、こりゃ」
横から覗き込んで、俺はその場所を確認する。知ってる店だ、多分。
「そこ、多分コンビニが有るね。それほど流行ってないけど」
「コンビニエンスストア、ですか。何故」
「そこに奴が居んだろ? なぁら、行きゃ判んじゃねかよぉ」
「いや、それよりも少し遠いですね」
え? そんなに距離は無いと思うけど、ここからなら5分くらいだって。
「そろそろ危ないんですよ。先程も言いましたが、ここの大気に取り込まれそうです」
「で? どうなるんでぇ」
「文字通り、拡散して私という存在は無に帰ります」
それって……俺は恐ろしい現実に気付く。
「オメェ、お陀仏ってぇ事かよ?」
「そう、なりますね。その前に尾部を捕らえたいんですが」
「救助とか応援とか呼べないのか?」
異世界の俺自身なんて未だに信じられないけど、俺は目の前の小学生が死んでしまうなんて納得できなかった。
「無理ですね、元より警官では無いし。ここへも無許可で来てますし」
「一応よぉ、警察勤めなんだろうが?」
「言ったはずです、送り出す所だと。警察所属の時空転送局と言うのが勤務先でね」
ガス人間8号くんは肩をすくめて言う。
「元々、捜査一課希望だったんですが、父が手を回してそんな所に務める羽目になったんですよ」
「過保護だぁなぁ」
オッサン今それを言うか?
「全くです。あの男は、自分は身内を顧みず仕事しか頭にないのに。こんな所だけ父親面をしたかったんでしょうよ」
迷惑な話です。と、小学生は頭を振る。でも俺は文句を言わずには居られなかったんだ。
「父親が子どもの事を心配するの当たり前だろ? やりすぎとは思うけどさ」
「私の事を知りもしない君が、口出しする事では有りませんよ」
ガス人間8号くんの視線も声も急速冷凍って感じになった。
「例え異世界の同一人物でも、同じ暮らしはしてないでしょう? そんなのはこの1500番宇宙のすぐ近くだけ、並行世界と呼ばれる程度の距離に在るのが限度です」
「それでも、親父さんは君の事を考えてやったと思うんだ」
何だか更に難しい単語で誤魔化されそうになったから、俺はストレートに思う所をぶつける。
「そう、かも知れません。君のお父上は、そうだったんでしょう」
「ああ、そうだよ。今年の春、死んだ親父は、ずっとそうだった」
こう言うの、カミングアウトって言うんだっけ? ちょい違う気もする。
「それは、その、知らぬ事とは言え……」
沈着冷静って感じの小学生が、しどろもどろになった。
「オメェの負けだなぁ、ガス人間8号よぉ」
それまで黙って聞いていたオッサンが口を開く。
「誰が、その、いや、どうでも良いです、それは。それよりも」
落ち着きを取り戻したのか、ガス人間8号くんが俺を見つめる。
「これ以上、君は関わるべきでは無いでしょう。ここで記憶を消します」
冷たい視線を向け、俺にあの何とかケーターを突きつけようとして、その手からケーターが落っこちた。
「時間切れ、ですか……」
少し悔しそうに、小学生はつぶやいた。その手が揺らめき透け始めている。俺は落ちてる何とかケーターを拾い上げた。
「おい、どうすんだぁ、ガス人間8号よぉ。なんか手は無ぇのかよ。ボウズが言ったように、救助を呼ぶとかよぉ」
オッサンの方が何だか慌ててる。この人やっぱりイイ人なんじゃないかな。
「お守り替わりに持っていろ。就職祝いに父に渡された物ですが」
言葉と共に、銀色の万年筆くらいの大きさの、ボタン付きの金属の棒をポケットから取り出して、小学生は左手で俺に渡した。
「君が持っていてください」
え? 何で俺が?
「試してみたい事が一つ有ります。協力してくれますか?」
元着ぐるみマンの小学生は、そう言って俺を見上げた。今にも消えそうなくらい、その全身が揺らめいてる。
「琢磨くん」
「はい?」
「自分の名前に君を付けるのも、違和感満載ですが……済みません。本当に時間切れのようです。深呼吸してもらえますか?」
「あ、はい」
応じて俺は深く息を吸った。
見た目小学生に君付けされる違和感は、この際、置いといて。
「では」
「え? えぇ!」
叫ぶしか無かった。
深呼吸と同時に、小学生の姿がCGのように揺らめき細長く伸びて、俺の鼻に吸い込まれて消えていったんだ。
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